活きろ
「せ、先生…………」
かろうじて言葉を発した銘だが、全身の皮が剥がれ鼻や目から血が流れ続けている。
どう見ても、今から病院に向かって助かる状態ではない。
「行ってください」
「銘さん」
銘は最後の力を振り絞って、黒に伝えた。
「先生たちと私たちが一緒に生きられる世界を作ってください。先生なら、できるはずです。お願いします。先生」
「それが、あなたの答えですか」
銘がこれからの人間(自分)と怪物(黒)たちとの関係について一人で悩んでいることは黒も分かっていた。
分かった上で、黒はあえて銘に何も言わなかった。それは銘が一人で考え、答えを出すことだからだ。
(銘さんは答えを出した。先生として、生徒が出した答えは尊重しなければなりません。そうでなければ私は、この子の先生失格ですね…………)
某国Xの落とした爆弾は確かに強力だが、怪物である黒が回復に務めれば一命をとりとめる可能性は十分にある。
(人間ではどうあがいても助かることはありませんが、僕たちのような怪物であれば…………)
そこまで考え、黒は銘に近づき、自身の脆くボロボロになった左腕を引き千切った。
「銘さん、これを食べてください」
銘の意識はすでに消失していた。だが、黒は無理やり自身の左腕から絞り出した怪物の血液を銘の口の中に入れ、怪物(自分)の血を飲ませた。
(確証はまったくない。だが、あり得ない話ではない)
実際、その逆のことは起こっている。
「せ、先生、何を」
意識を取り戻した銘の、死に向かっていたはずの体が少しずつだが回復していった。
明らかに人間を超越した回復能力である。
(どうやら私の仮説は間違ってなかったようですね)
黒は自身の左腕を銘の口元に近づけた。
「これを食べてください。急がず、ゆっくりと、よく噛んで」
そうして口の中に入れられたそれはとてつもない血生臭さを放っていたのだが、それ以上に銘の食指はくすぐられた。
銘はそれを少しずつ、少しずつ、口に入れ咀嚼していった。
「銘さん、あなたは生きてください。生きて、僕たちを本来生きられなかったはずの未来に連れて行ってください」
銘が黒の左腕を食べている間、黒の左腕からは大量の血が止めどなく溢れ出していた。
(生きるということはつまり、誰かの死を喰らうこと。生き残った者は喰らってきたものたちのために必死で生きなければならない。それが己を生かすために糧となってきた者たちへの最低限の礼儀だからだ)
これが黒の、この世で最期の言葉だった
「銘さん、あなたは私たちの希望です」
黒は人類と怪物(自分)たちの未来を銘に託して、自身の生を終えた。
★★★
数ヶ月後――
(この国の)西にある、今ではこの国一になってしまった都市にある最も広い公園で今、一台の車を多くの人々が取り囲んでいた。
多くのボディガードに護衛されながら、人々に取り囲まれる車の中から出てきた仕立ての良いスーツに身を包む緑髪の男――緑間生はそのまま周囲にいる人々に愛想よく手を振りながら選挙カーの上に登壇した。
「親愛なる国民の皆様」
「「「うお――」」」
緑がマイクを握り、口を開いた瞬間、周囲にいた人々は皆、心の底から歓声を上げた。
「俺たちの救世主」
「私たちを導いてぇ」
「次のリーダーはあんたしかいねえ」
数ヶ月前に起こった某国Xによる爆撃で、かつてのこの国一発展した都市は壊滅した。シオンによるクーデターは怪物の存在ごと隠蔽され、某国Xによる爆撃も正体不明のテロリストによるテロリズムであると公表され、どちらも真実は闇に葬られた。
あまりにも深すぎる傷を負ってしまい、この国はもうダメだと思われていたのだが…………
若手のホープと言われていた緑の活躍で、沈没秒読みと思われていたこの国はあと一歩のところで踏みとどまり、ほんの少しだけだが浮上の兆しを見せ始めていた。
その最たるものが某国Xから取り付けた無利子無担保返済不要の手厚い支援である。
緑は事前に怪物の情報の一部を某国Xの要人に提供。このままでは人類が世界の主役ではなくなると脅し、事後この国に手厚い支援と自身が政治家として活躍する際の強力な後ろ盾になることを条件に怪物をこの世から一掃するため、誰にも知られずにこの国に悪魔の兵器を使用できるよう手を回した。
これにより若手政治家のホープだった緑は一気に次期総理大臣最有力候補に躍り出た。
「ありがとう、ありがとう」
今や、人気・実績共に緑に比肩する者はこの国に誰もいない。
「これからも応援よろしくお願いします」
薄っぺらい笑みを浮かべながら、自身の応援者たちと握手をしていく緑。そこへ――
「あ、あなたは」
フードを目深に被った灰色の髪に右赤色眼左灰色眼の小柄な少女が緑の前に現れた。
「まだ終わってませんから。私も、先生も」
「っ…………」
突然現れた、自身の理解が及ばぬ存在を前に緑は軽薄な笑みを貼り付けたまま、背中から冷たい汗を流した。
「…………それじゃ」
それだけ言って少女は緑と手を交わさずそのままその場から去っていった。
「あっ、(ちょっ)」
呼び止めようとして、言葉に詰まった。
恐怖が――緑の唇がそれ以上動くのを止めた。
(なんだったんだ、あれは)
そうしている間に少女の姿はいつの間にか緑の視界から消えてしまっていた…………
しばらくして、少女は瓦礫の山が乱立する、自分の育った故郷(街)に戻っていた。
ジャリッ、ジャリッ
少女は街の残骸である瓦礫を踏みしめながら、目的地へ向かった。
「あ、銘姉ちゃんだ」
「銘姉ちゃーん」
おんぼろながら、所々、数ヶ月みんなで頑張って修復して何とか住めるようになった孤児院。少女が目指していた目的地に到着するとすぐ、孤児院内の子供たちが少女を見つけ、笑顔で駆け寄って来た。
「おかえりなさい、銘さん」
「うん、ただいま」
帰る途中、仕留めてきた今日の晩御飯になりそうな野生の鳩をシスターに渡し、少女は孤児院の屋根に自身の脚力だけで跳躍して、飛び乗った。
孤児院の屋根から見える、この街の惨状。見る影もなくなった、瓦礫の街…………
「私は生きるよ。先生。みんなのために。先生たちのために」
この世で初めて、人間から半分怪物になった半分人間半分怪物の化物――桐谷銘は、化け物になった直後、亡き恩師の亡骸の前で誓った誓いを再度今、一度死に絶えた自分の故郷を前に誓った。
「…………」
彼らの残したものを守り、未来に連れて行くために。




