〇円で、ギルドは大幅な利益を得られますよ
数時間後。
未だに俺は執務室にいる。
ギルマスとバッカスは、部屋の真ん中で議論を戦わせていた。
ひと通り感情を吐き出したせいだろう。
その横顔に先ほどまでの激昂はない。
だが、建設的とも言えない。
混迷。
そう名付けた方がいい膠着状態だ。
「ギルドの検品をすり抜けて、組織的に『鈍ら』と入れ替えている奴がいるというのか……!」
マスターの震える声に、コップに入れられた水もまた揺れた。
(部下を止められなかった自分に怒っているのかもな)
チェック体制の不備。
これがエイドスの推測した最大の原因。
気付いているのだろう。
ギルドマスターも。
『ギルドの台帳、仕入れルート、職員の給与データ……すべて、コピー完了しました』
相棒がそう告げた。
俺は開いていた最後のファイルを閉じる。
「なにか分かったか」
『……『黄金獅子の盾』というギルドが、このすり替えに関与している可能性が七十三%あります』
『おそらく『鉄の槌旗亭』内部の職員が買収されたのでしょう。事件の経緯を推測できますが、いかがいたしますか?』
エイドスの提案に、しばらく考える。
この情報は役に立つだろう。
だが――。
「やめておこう。経緯に関しては触れない」
『了承しました』
これ程の事件だ。
自浄能力の存在を示せないのは、あまりにも危険だ。
そうなれば、職員は軽い気持ちで、似たことをするだろう。
外部の人間が、経緯を解明するのは避けた方がいい。
しかし。
二人の話し合いは、堂々巡りになっているな。
さっきから、具体的な行動が何一つ決まっていない。
まだ、感情が抜き切っていないのだろう。
少しだけ、手を出すか。
――ま、お代は頂くけどな。
「お二人とも、犯人探しは後にしましょう」
話の区切り。
そこに割って入らせてもらった。
「今この瞬間も、鈍らを持った冒険者が怪我をし、ギルドの『信用』という無形資産が減り続けている」
二人の視線が、向けられる。
「……頭の中には、今回のすり替えの原因を回避する案があります。おまけとして、武器の品質を十五%向上させる『運用案』もお付けしますよ」
誰の頭の中かは、特定していない。
よって嘘ではない。
詐欺のような言い分。
台本はエイドス製。
だから、文句は言ってくれ。
たぶん、会えないけど。
「小僧……お前に何ができるってんだ!」
バッカスが吠える。
だが、その声に覇気はない。
かなり、参っているのが分かる。
組織の仕組みが、職人のプライドを圧し折ったんだ。
相当、キツかっただろうな。
「私にできるのは、二つの回答を用意すること」
「一つは、バッカスさんの腕を安心して振るえる工程管理の方法。もう一つは、すり替えた装備品が、どこに行ったかの答えです」
事件そのものは、このギルドが解決しなければならない。
どのようなルートで武器がすり替えられたのかも、俺が口を出してはいけない。
しかし帳簿に書かれたヒントを伝えるのは、問題ないはずだ。
「報酬はさっき言った通り、登録料の免除。……それと、今後このギルドで出る『廃棄予定の武具』を、いったん俺に預けてもらう。どうです?」
「〇円で、ギルドは大幅な利益を得られますよ」
疲れ果てていたのか。
ギルドマスターは、大きな溜め息をついた。
何かを諦めたような、感じがした。
「……わかった。君に任せよう」
頷いた。
「少し、お借りしてもよろしいですか?」
「構わない」
許可は取れた。
机の上にあった用紙とペンを拝借する。
そしてエイドス監修の「コンサルティング契約書」を作成した。
「うん? これは!」
ギルドマスターが驚くのも無理はない。
「報酬は、結果が出た後でお願いします」
成果報酬。
言いがかりをつければ、報酬をうやむやに出来る契約形式。
だが――。
「利益を受け取っておきながら、対価を支払わない。そのような事をする人間ではないと考えているので、問題はありませんよ」
時価〇円のリップサービス。
台本はエイドス製。このアドリブは俺製。
「信用を裏切られた」のなら、「信用される」ことは、よく効く。
だから確信できた。
このセリフが、よい投資になると。
「契約成立ですね」
俺は羊皮紙を掲げ、乾かないインクを眺めて口角を上げた。




