……歩くのが怖くなった
まぶしい光が収まると、湿り気を帯びた風を感じた。
眼前にそびえるのは、巨大な大理石の噴水。
表面に刻まれた精緻な彫刻は、これが電子の羅列だとは到底信じられないほどの存在感を主張している。
VRMMO『アテナイ』。
その完成度は、俺の予想を遥かに凌駕していた。
『ログイン完了。言語野への干渉、および通信プロトコルに異常ありません』
「そうか。お前と話せなかったら、この世界に来た意味がないからな。よかったよ」
『マスター・レン……恐縮です』
ノイズひとつない声。
だが、その応答にコンマ数秒の揺らぎを感じたのは、果たして俺の錯覚だろうか。
(それにしても、すごいな)
風が吹く。石が転がる。
すべてが作り物。
すべてに金が掛かっている。
「サーバー代。とんでもないだろうな。お札をシュレッダーにかけている音が聞こえそうだ」
『一秒間に、二千八百万円。年間に換算すれば、小規模な国家の予算を凌駕します』
「……歩くのが怖くなった」
『マスター・レン、今の瞬き一回で、もやし約四百袋分が虚空に消えました』
追い打ちをかけないでくれ。
まぶたを固定するための接着剤が欲しくなった。
怖くなった俺は話を変えることにする。
一秒間に二千八百万円が消えていく場所で、人生について語るのはあまりに疲れる。
「この服にも耐久値があるんだったか? 突然、服が消えてなくなったりしないよな」
『耐久値はありますが、衣服が消失することはありません』
「それは良かった。全裸で広場を歩くのは、損害が大き過ぎる。……それにしても、ここには随分とカップルが多いな」
視界の端々で、甘ったるい雰囲気を振り撒くカップル。
居心地が悪すぎる。――移動しよう。
「このリア充地獄から脱出したら、まずは何をすればいい?」
露店を眺めるふりをしながら歩く。
『視覚情報の補正を行います。移動を継続し、チョーカーのレンズを隠さないように留意してください』
「わかった……暇だし、アテナイの貨幣の仕組みを再確認させてくれ」
『了解。通貨は二種。ゲーム内でしか使えない『ペルリ』と、現実世界で支払いに使える『AN通貨』です』
「やっぱり、俺が追うべきはAN通貨一択だな」
他に選択肢があるはずがない。
『その前提で動くことをオススメします』
『AN通貨は運営から配られることはありません。オークション等を通じて得る必要があります』
『オークションに出品可能な高価値アイテムの調達。その過程におけるリソースとしてのペルリ活用を推奨します』
ペルリの方も、あまり使いたくはない。
だが、それは効率が悪そうだ。
「ペルリを消費し、AN通貨を生産するというわけか」
『肯定します』
そうか。
頷き、ベンチに座る。
ステータスを確認した。
レベル一。
防御力は皆無に等しい。
「なぜ、『シーフ』を選ばせたのか、まだ聞いていなかったよな」
『機動力のためです。全ジョブの中で、シーフの移動効率は最高です』
効率が最大。
なんて甘美な響きなんだろう。
『マスターの目的と現状から導き出される最適解は不戦です』
『装備が損傷する戦闘は一切行わず、戦場を走り抜け、高価値アイテムだけを取得します』
『これこそが、装備品の損傷などのコストを〇円に抑える最適なプレイスタイルです』
いまいち実感はない。
だが、理屈は通っている気がする。
「確認は終了だ。次のステップを教えてくれ」
『オークションにおいて、高価で落札される物の一つに、『取得条件にレベル制限があるアイテム』があります』
『これは、高レベルプレイヤーが後から欲しがっても、仕様上、自力では二度と手に入らない希少品となります。それらを狙います』
だが、俺には入手難易度は低いというわけか。
「……なら、俺は強くなってはいけないってことか?」
『肯定します。レベルは一のまま固定して進めてください。マスター・レンのプレイスタイルにおいて『経験値』は、『負債』にしかなりません』
歪な計画。
だが、節約しがいのある提案だ。
『また、より精密な情報伝達のための、特殊ゴーグルの作成を推奨します』
『これがあれば、私の演算結果を「視覚情報」として直接投影できるため、計画の精度が飛躍的に高まります』
かなり重要なアイテムみたいだな。
用意したいが問題は――。
「材料費は?」
『現地調達を行えば原価はゼロとなります。また、論理的な構成案は既に存在します』
「そうか。なら……いや……」
間違いなく、エイドスの提案は百%完璧なものだ。
だが、そこに一%の価値を加えられるかもしれない。
「なあエイドス、そこに一つ、付加価値を加えたい。ゴーグルじゃなくて『仮面』にすることはできるか?」
思い付いたのは、配信という市場だった。
「レベル一の無課金者が、運営の裏をかいて宝を盗む動画を売る。これ、商売にならないか?」
『……。マスター・レン、素晴らしい思考の拡張です。プランを再構築しました。……プロジェクト名:怪盗ゼロ。承認を』
怪盗か、ずいぶんキラキラした称号がきたな。
「ゼロは『〇円』からとったのか?」
『はい。マスター・レンの決意証明になると進言いたします』
「採用だ。最高の怪盗に俺をプロデュースしてくれよ。相棒」
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