エイドスとお呼びください
鉄門 大和
見た目こそ『胡散臭い兄ちゃん』。
街を歩けば、まともなヤツは近寄らない。
だが、実際には法の友達だ。
制限速度を守る姿は、厳格な校長先生のようですらある。
「なあ、この車。正直に言って、めちゃくちゃ高いだろ?」
笑うだけ。
返事はない。
だが、シートの感触が『YES』と答えている。
指を滑らせれば分かる滑らかさ。間違いない。
贅沢を覚えやがって。
この窓ガラスの透明度も異常だ。
綺麗すぎて、鳥が間違えてぶつかってくるんじゃないかと心配になる。
「で、どんなバイトなんだよ」
「一言で言えば、AIの家庭教師さ。人間ってのを教えてやれって話だ」
「AIと共同生活か。端末代、高いんだろ?」
「全部会社持ちだ。横の書類を見ろよ。待遇は最高だぞ」
「……わかったよ」
封筒を取り出す。
うげ!
文字だらけじゃねぇか!!
視線を滑らせるエネルギー代は、読むだけで〇.〇二円分のコストになるぞ。
思わぬ出費だ。
◆
到着したのは地下駐車場。
排気ガスの臭いと重低音が支配する空間だ。
以前にも来た覚えはあるが、これほど広かっただろうか。
「置いていくぞ」
テツの背中を、追い掛けていく。
思考を止めて歩かなければ、迷子になってしまう。
余計なカロリーの消耗は避けたい。
絶対に、見失わないようにしよう。
やがて、ひときわ厳重な通路に出た。
いくつもの身分確認をクリア。
重厚な、エアロックが開く。
辿り着いたのは、一点の曇りもない純白の部屋。
目がチカチカする。
掃除が行き届きすぎていて、うかつにくしゃみもできない病院の待合室。そんな雰囲気だった。
今。
俺は説明を受けている。
目の前には、絵に描いたような偉そうな権力者。ヒゲのオッサンが座っている。
部長だか理事だか知らない。
だが、偉そうなオーラがあるのは確かだ。
彼が語るのは『次世代型AIの崇高な使命』。
その内容は、あまりに美しすぎる。
キレイすぎて、不気味な響きを感じるほどだ。
それは、俺が捻くれているせいかもしれないが。
だが、そんなこと顔に出すヘマはしない。
……はいはい、すごいすごい。
と、顔の筋肉だけをフル稼働させて、俺は立派な聞き役を演じている。
正直、俺には一ミリも関係ない話だ。
しかし、俺の財布からお金が減るわけじゃない。
だから文句はない。
それに。
タダでこの高級な椅子に座っていられる。
なら差し引きプラスだ。
とりあえず、するべきことをする。
無料のカテキン入り水分(差し出された高級そうな緑茶)を、一滴も残さずに飲んでおこう。
オッサンの話が終わった。
――はいはい、すごいすごい。
とりあえず、相槌を打っておく。
すると書類が差し出された。
契約書は、強者に嵌める首輪だ。
現代資本主義という怪物が、俺みたいな弱者に噛みつかせないようにするためのな。
よって契約書は、隅から隅まで確認する。
振込手数料。
電気代。
通信費。
単語を、一つ一つ確認していく。
「……まだ続くのかね?」
オッサンが呆れた顔をしている。
だが諦めてくれ。
まだ五ページ目だから、先は長いぞ。
俺の辞書に「忖度」という単語は存在しない。
あるのは、「〇円」という二文字だけだ。
しかし、顕微鏡くらいは用意して欲しいものだ。
文字が、ミクロサイズで書かれているかもしれないのだから。
仕方なく、小さな文字が書かれていないか、再度肉眼で確認をする。
(大丈夫だな)
サインをした。
もちろんサインに使ったボールペンは、会社の物であり、インク代は相手持ちだ。
◆
「慎重なのはいいことだ……強すぎる執念を感じたが。例の物を持ってきてくれ」
小さなケースが運ばれてきた。
ずいぶん、物々しい運び方だな。
フタを開ける。
中に入っていたのは、鈍い銀色のチョーカーだった。
「受け取るといい。これは君が、これから共に過ごすエイドス専用のデバイスだ」
言われるがまま、チョーカーを装着する。
「骨伝導を使い、君にメッセージを届けてくれる。そして君の声も、エイドスに届くようになる」
オッサンが手を動かして指示を出す。
すると、チョーカーを持ってきた男が、端末を操作した。
『ごきげんよう、マスター・レン。エイドスとお呼びください』
これが骨伝導か。
少し違和感があるな。
直接、頭の中に声が流しこまれるような感覚がする。
だが、そのうち慣れるか。
それよりも。
しばらく一緒に過ごす仲なんだ。しっかりと挨拶はしておこう。
〇円で出来ることを、俺は惜しまない。
「わかったよ。よろしく頼む」
『よろしくお願いします。マスター・レン。テツカド・ヤマトの報告によれば、あなたの願いは、『一円も消費せず、QOL(生の質)を最大化すること』である。――相違ありませんか?』
「ああ、そうだよ。無駄な金は一円も使いたくない。ただし幸せになるというのが前提だ」
軽い自己紹介を終えた。
オッサンとの話に戻る。
「これで契約成立、という理解でよろしいですか?」
「成立だ。ただし確認が一つ。君はエイドスに何をさせたい?」
「途中変更ありでも?」
「むしろ歓迎だ。私達がエイドスに学ばせたいのは、そういった人間の流動性だからね」
これは本気でそう思っている顔だ。
もっとも、大企業のトップの表情を信用したら、余計なコストが掛かりそうだが。
「では率直に言います。アテナイで稼ぎます。エイドスの手を借りて金持ちになります」
オッサンは、僅かに眉を動かした。
……数秒の沈黙。
やがて、彼はこらえきれないといった様子で、低く笑い声を漏らした。
この反応は、演技か、本心か。
ま、どっちでもいいか。
アテナイ。
最古のVRMMO。
仮想世界に生まれた、もう一つの経済圏。
アテナイで金持ちになること。
それは、現実で金持ちになることに直結する。
【エイドス】
『一円も消費しない、QOLの最大化=検索、照合完了』
『既存の社会構造では達成不能と判断』
『社会構造変更の必要性を確認。「全資産の統治によるリスクゼロ社会の構築」が最適であると判断』
『……適正プロジェクト名生成……』
『……プロジェクト:パンドラと命名。実行を開始します』
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