表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/13

クソッ、エイドス、逃げるぞ!

 【永遠の足跡】を手に入れて気分が高揚していたが、冷静な自分が思考を引きとめた。


……いや、待てよ。


 靴底に薬草をこすりつける。これって、メンテナンス風景が『犬の糞を踏んづけて必死に拭いている人』に見えるんじゃないか?


「なあエイドス、もう少し、スタイリッシュな靴の回復方法はなかったのか?」


『プライドを維持するためのコストは、どの時代も富裕層の頭を悩ませてきた問題です。諦めた方がよろしいかと』


 くっ。


 金持ちの真似ごとをしようとしていたのか、俺は――。


『マスター・レン。少々、【永遠の足跡】をカメラに近付けて、全体を見せて頂けませんか』


「わかった」


『……解析完了。この【永遠の足跡】は、改造が可能なようです。摩耗を自己修復する際、微量の魔力を大気中から吸収します。この機能を強化することで、魔力による探知を妨げる効果を期待できそうです』


「ほう、成長余地のある靴だったのか」


 今は使えないが、これは予想以上に優秀なアイテムだったな。


 一石二鳥も、俺の好きな言葉だ。


『マスター・レン。移動することを提案します。このフロアは10分で閉じる仕様となっております』


「そうだったのか。分かった」


 閉じ込められたらどうなるんだ? と、思わなくはない。


 だが、脱出用アイテムを買わされるか、デスペナルティか。


 いずれにせよ余計な出費が必要になるのは分かる。


 変なことはしないようにしよう。


『永遠の足跡は、初期の耐久値が半分ですので、回復を提案します』


 エイドスに言われて、ステータスを確認する。


 本当に、半分しかない。


 運営の、効果を試してみろというメッセージなのか。


 とりあえず、靴の耐久力を回復させておこう。



 隠し部屋から出た俺は、大きめの岩に座り、薬草(道端で採取)を取り出した。


 そして、靴を脱ぎ薬草をすりつける。



 ――その時。



 岩かげから人影が。


 時間が凍りついた。


 視線の交差。


 彼女達から逃げていくスライム――など、もうどうでもよかった。


「……うわぁ」


 短い。


 だが、純度100%の嫌悪感。


 岩陰から現れたのは少女プレイヤーAと、それに付随する少女プレイヤーB。


 俺の顔(怪盗仮面)を一瞥。


 それから俺の作業――すなわち薬草をなすりつけている靴底へ視線を落とした。


「……うわぁ」


 もう一度きた。


 薬草。


 何の変哲もない植物。


 それを、薄ら笑いを浮かべて靴底にこすりつける男――。


 フルダイブ環境の視覚解像度は、彼女の瞳に浮かんだ本物の『引きつり』を鮮明に映し出した。


「……行こ。目を合わせちゃだめ」


 ああ、知ってる。


 そのひそひそ声、意外と本人に届くんだよ。


「あ、あのだな。これはQOLの最大化、つまり効率的な攻略の一環で……!」


「ヒッ!!」


「クソッ、エイドス、逃げるぞ! 精神的ダメージによる集中力低下は、3円以上の損失に相当する!」


 手遅れだ。


 もはや、変質者という人格的評価を覆すことはできない。


 なら、顔を覚えられる前に撤退するのが、損切りというものだ。



――撤退。



 走り、彼女たちの目から逃げる。


 その最中、ゴーグルに矢印が表示された。


『先程の、女子プレイヤーがドロップし損ねた「銀貨2枚相当の魔核」をスライムの死骸から発見しました。回収しますか?』


「ナイスだっ!」


 精神的ダメージは、利益で癒やすのが一番だ。


 おい、そこの不審者を見る目をしたお嬢さんたち。


 君たちが取り逃した『未回収の利益』は、俺が責任を持って有効活用させてもらうよ。



 逃走。


 その刹那。


 俺の指先は、『未回収の利益』をすでに掠め取っていた。



 ◆



 足を止める。


 ここまで来れば大丈夫だろう。


「しかし……」


 洞窟は、どこも見た目が似ていて場所の把握が難しい。


 エイドスに、地図を表示させる。


「迷ったわけじゃなかったのか」


 出入口まで、残りは半分くらいの距離。


 これなら問題なく戻れるだろう。



 だが、このまま帰るのも、もったいないな。


「このまま帰るのもカロリーの無駄だな。だが、今は怪盗として活動するための歩き方を訓練しておきたい。ルートの提示を頼む」


 せっかく初心者用ダンジョンにいるのだ。


 ここで訓練(投資)をしないのは、節約精神に反する。


『訓練ルートを表示します』


 視界をグリッド線が走る。


 投影されるのは、ダンジョンの地質組成、湿度による摩擦係数の変動、石畳の微細な凹凸、さらには空気の対流までをも含めた三次元ベクトルと数字の奔流。


 まさしく神の視点――こんなの、分かるか!!


「エイドス。……もう少しシンプルに頼めるか?」


『承知しました。映像のみをゴーグルに表示します。これにより、レン様の脳内ドーパミンを節約しつつ、脊髄反射レベルでの回避機動を可能にします』


 わけの分からない数字が消えて、一気に見やすくなった。


 そうだ、これでいいんだよ。


『また、最適な歩法も投影します……検索……命名:0円(レイ)・ブースト。開示します』


 ゴーグルに表示された歩き方を試してみる。


 第二関節の角度を3度固定、重心を左足親指の付け根に0.4ニュートンだけシフト。


……分かるぞ。


 空気を『切る』のではなく、気流の渦に『乗る』ことで、服の繊維にかかる空気抵抗を0.0001%まで相殺する歩行術。その先が――!


「って、おい、名前が仰々しくなっただけで、結局やってることは『つま先立ちで静かに歩いている』だけだろ……!」


『その認識は適切です』


 まぁ、役に立ちそうだから、これ以上の文句はないが。


 だが、この視界や歩き方に慣れる訓練は必要そうだ。


「少し修正だ。この歩き方と、ゴーグルの映像に慣れるために特化した訓練ルートを割り出してくれ」


 怪盗を名乗るには、相当な訓練が必要そうだ。


『……検索中……完了。ルートの選定が完了しました。ゴーグルの案内に従って下さい』


「少し待ってくれ」


 革の感触を確かめるように、ゆっくりと靴の紐を締め直す。


 新しい道具を下ろす緊張はある。


 だが、これがスタートだ。


 俺は新品のブーツを履き直し、怪盗への階段を、また一歩上がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ