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……これが、未来予測か

 冒険者ギルドの隅、開放工作スペース。


 並ぶのは刃こぼれした小刀と、使い古された木槌。最低限の道具しかない。


 だが、利用料は――0円だ。


(素晴らしい)


 設備の貧弱さなど、その響きの前では些細なことだった。


「ナビゲートを頼む」


『了承。手順を展開。まずは外郭の成形から……』


脳内にエイドスの無機質な声が響く。


俺は作業を開始した。



 これから使う素材は、すべて廃材だ。


 デッド・スパイダーの糸。拾い集めた水晶の破片。


 削り、包み、固定する。


 指先に残るのは、安っぽい接着剤の粘り気と、硬い手応え。


 一時間足らずで、それは形になった。



 純白のゴーグル。


 ……と言えば聞こえはいいが、実際は酷い。


 脱皮に失敗した甲殻類のような、不格好な白い塊だ。


「……プロに外注すべきだったか?」


『否定。現段階で性能は十分です』


 エイドスの演算が、冷徹な回答を突きつける。


『今後の維持コストを考慮。自己メンテナンスによる内製化が、最も投資効率に優れると判断』


 内製化。その言葉が、妙にしっくりときた。


「わかった。プロジェクトにスキル取得を追加しろ。……これに関しては、ペルリを頼ってもいい」


 だが、と俺は付け加える。


「AN通貨は、一円たりとも使わんぞ。そこは徹底してくれ」


 出来上がったのは、もはやゴーグルですらない。


 顔の半分を覆う、歪な「白い仮面」だ。


 不安はある。


 性能面ではない。


 これを着けて街を歩いたら、不信者扱いされないかという社会的な不安が。


 しかし、ここまで来たんだ。


 迷っているわけにはいかない。


「許可は降りているな」


『肯定。二十三時間前、オデュッセウス社より承認済み』


俺は不格好な仮面を手に取った。


 0円の執念が、今、起動する。



 仮面を被る。


 視界が、一気に青白く染まった。


『同期開始。……ネットワークリンク確立』


 脳に鳥肌が立つような感覚。


『映像情報伝達……容量不足。最適化……データ圧縮適用。完了』


 不穏な警告を無視し、俺は命じる。


「準備ができたら、未来予測を始めてくれ」


『了承』


 今と未来が溶けあう。


 工作スペースを行き交う他人の動きが、多重にブレる。


 赤い残像。


 体から滲み出し、空中に描かれる軌跡。


 コンマ数秒後、人々はその赤い線をなぞるように動く。


「…………ッ!」


 喉の奥から、酸っぱいものが込み上げる。


 情報の濁流。


 エイドスが弾き出す演算結果を、無理やり意識に叩き込まれる感覚。


 論理による車酔い。世界がぐにゃりと歪んだ。


 しかし。


 静かだ。


 今は。


「……すごいな」


『恐縮です。しかし生物の動きは計算とのズレが拡大します』


 対人戦は避ける必要があるということか。


 これまでと変わらんわけだ。


「なら、モンスターや、崩落する柱ならどうだ」


『物理法則に従う物体であれば――』


 エイドスは断定する。


『最低でも、九十七%は予知可能です』


「ほう……」


 俺は足元の木片を拾い上げ、宙へ放った。


 重力。


 空気抵抗。


 放物線。


 白い仮面の内側で、未来の軌跡が鮮やかな赤色に染まる。


 『予定された未来』へ、無造作に手を伸ばした。


 乾いた音。


 掌に収まる重み。


 一切のズレがない。


 世界が、俺の手のひらで転がされている。


 視界の赤い残像と、掌に伝わる感触。


 未来と今。


 二つの時間が『一致』した。


「……これが、未来予測か」


 三%の誤差。


 それは、決して低くない数字だ。


 だが、その計算外を意識し、九十七%の正解を使いこなす。


 それさえできれば、最強の武器が手に入る。


(お得だな。とんでもなく)


「だいたい分かった。未来予測を切ってくれ。次は訓練メニューのプログラムを作ってもらえるか」


『了承しました』


 視界から赤い軌跡が消える。


 未だに吐き気は残っている。


 だが、それ以上に。


 奇妙な全能感が、俺を支配していた。


「MPの底上げも急務だな」


『レベルの低さがボトルネックです』


 モニター期間のカウントダウンが、脳裏で加速する。


 不格好な仮面の汚れを気にするような贅沢は、一秒も許すつもりはない。


「実戦で慣れる。適切な場所を探してくれ」


『大通りでの群衆観察を推奨します。人混みの中で誰にも触れないように歩いて下さい。また、変則的な動きのサンプリングを行うことも出来ます』


 荷物をまとめ、白い仮面を深く被り直す。


 ギルドの扉を押し、外へと踏み出した。


 ここが、スタート地点だ。


「勝つぞ」


『了承。演算を継続します』


 喧騒に満ちた大通り。降り注ぐ白い光。


 俺の行く末を祝福しているかのような、眩さ。


 ……まあ、間違いなく気のせいなんだが。


 せっかく0円で掴んだ、最高の気分だ。


 この高揚感も、利益として拾っておくとしよう。

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