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“欲しがりの妹”が本当に欲しいもの

作者: 春風もも

ちょっと口の悪いヒーロー、好きです。

「ねえ、お姉様? それ、要らないでしょ? わたくしにちょーだい。地味なお姉様にはこっちがお似合いよ」


俺が仕えているお貴族様、ティアラの評判は悪い。

周りから一番言われているのは ”欲しがりの妹” 。

その名の通り、今もティアラは姉であるセシリア様の指輪を取り上げて、別の地味な指輪を押し付けている。


その指輪だって以前母であるミレイユ様と共に、セシリア様から取り上げた物だ。


セシリア様とティアラは、血が半分しか繋がっていない。

生粋のヴェルレーヌ伯爵家の血——貴族の血を引き継ぐセシリア様と、元々は平民だったミレイユ様の血が混ざったティアラ。

旦那様はセシリア様が生まれて二年経った後に街で出会ったミレイユ様と浮気し、ティアラが生まれた。


十数年経ちセシリア様の母である前奥様が亡くなって、田舎町で平民として暮らしていたミレイユ様とティアラがヴェルレーヌ伯爵家に迎え入れられた。


前奥様に似た銀の髪、銀の瞳で、美しいが飾り気のないセシリア様と違って、ミレイユ様の赤髪と旦那様の金髪が混ざったストロベリーブランドの髪を揺らす、蜂蜜色の瞳をした華やかなティアラは、可愛らしい容姿もあいまって、随分と自分に自信があるように見える。


「セシリア、私の部屋の暖炉を掃除をしなさい。さあティアラ、私たちは旦那様とお茶を飲みに行きましょう?」

「ええ、お母様! ……そうだ、お姉様がサボらないようにアランに見張らせておきましょ? アラン、分かったわね」


ミレイユ様は前妻の子であるセシリア様に随分と冷たく当たる。セシリア様を罵倒し、ものを奪い、時に使用人がするような仕事を押し付けるのだ。

 

見張りという役割を任せられた俺は、二人が退出した後に小さくため息をついて、「俺がやりますから、セシリア様は休んでおいてください」と言って暖炉の灰をかき集める。

セシリア様は、「いえ、私が……」と手を出そうとしたが、「俺がやったほうが早いですから」と言い切れば、眉を下げてお礼を言ってくださった。まーこの人は、お貴族様だけど、気弱なだけで悪い人じゃない。




「お姉様。そのドレス、ちょーだい?」


ティアラはセシリア様が着ているドレスを強請る。ティアラはレースがふんだんに使われた豪華なドレスを着ているにも関わらず、セシリア様に唯一与えられた質素なドレスすら欲しがるのだ。


俺は手配していたドレスをこっそりセシリア様の部屋に置いておく。セシリア様の銀髪に合った薄紫のチュールが重なる洗練されたドレスだ。セシリア様は、それを着て社交界に現れる。そうすればティアラは顔を真っ赤にする。




「ごめんなさいね? 彼、わたくしのことが好きだって……」


ティアラが欲しがるのはモノだけじゃない。人もそうだった。セシリア様が両親にあてがわれた婚約者様は、容姿もよく爵位も金もあったが浮気性だった。ティアラが少し近付けば、たちまちセシリア様を捨てた。


「地味なセシリアより、ティアラの方が愛らしいからなあ、君が悪いんだぞ?」

「……そうですか。かしこまりました」


セシリア様が感情なく言えば、ティアラは勝ち誇ったような笑みを向ける。そして、その後すぐにその男と別れるのだ。


「またティアラ様がセシリア様の婚約者を……」

「節操のない売女の娘。あの女は贅沢したいんじゃ無い。”セシリア様から奪うこと” が目的なのよ」

「生粋の貴族女性であるセシリア様に嫉妬してるんだわ。だってほら、元々平民だから」

「奥様と旦那様に甘やかされてるからって、傲慢よね」


使用人達は、裏ではそう言うが、表では結局ミレイユ様とティアラにヘラヘラと頭を下げる。恐れからか、セシリア様を助けようとするものはいなかった。

だからどれだけティアラが傲慢に振る舞おうと、旦那様と奥様に気に入られている彼女に鉄槌が下されることはなかった。




その日もまた、ティアラはセシリア様の婚約者を奪っていた。

しかしいつもと違うのは、その男——ローデン伯爵家のエドガー様がかなりの自信家で傲慢だった事だ。


「セシリア! お前との婚約を破棄する!」


大勢の貴族が参加する、グレイウェル侯爵家主催の社交パーティーでそれは起きた。

招待されている立場で、なんとも無礼な振る舞いだ。

そして、そのエドガー様の隣にはティアラが控えていた。


ちなみに俺は、使用人なので会場の外……馬車の近くで控えていた。不自然に音楽が止まり、どよめきが聞こえたのでこっそり中を覗いた。


「セシリア、お前のようなつまらない女を婚約者にあてがわれ唯一良かったことは、ティアラと出会えたことだ! 俺の最愛のティアラとな!」


皆から冷ややかな目を向けられていることに気付かず、役に入り込んだように声を高らかに上げる。


「そうですか。……かしこまりました」


いつものように感情なく受け入れるセシリア様。

皆が不憫に思った。しかし、ついに救いの手が差し伸べられた。


「では、俺と結婚してくれ。セシリア嬢」


それは主催であるグレイウェル侯爵家のご子息、レオン・グレイウェル様だった。

俺と同じ黒髪と黒い瞳なのに、やっぱり貴族の纏う雰囲気は全く違う。きりりとした瞳に冷たさの宿った整った顔立ち。恵まれた体格に、威厳のある態度だった。


「セシリア嬢……ずっと前から、君のことが気になっていた」


そう言ってセシリア様の手を取った。セシリア様は少し目を見開いて、それから頬を赤らめた。

その様子にレオン様は優しく微笑み、そして主役を取られワナワナと震えているエドガー様とおろおろと眉を下げるティアラに鋭い目線を向けた。


「君達には二度と、グレイウェルの領地を踏ませない。誰であろうとセシリアを傷つけるものは許さない」

「セシリア! お前浮気してたのか!? 最低なやつだ!」

「それはどちらのセリフだ。恥晒しの浮気者はすぐにこの場から去れ!」


格の高いグレイウェル侯爵家に、皆の前でそう発言されれば、社交界では終わったも同然だ。貴族にとって社交界での死は家の死と殆ど同義。一生冷ややかな目を向けられ、取り引きや出世の道が途絶える。


エドガー様は退場させられたが、ティアラはその場に残された。


「ティアラと言ったな。お前のことは調査済みだ」

「そ、そんな! わたくしはただ、真実の愛を見つけただけなのです……!」

「そんなものは関係ない。他にも余罪はある。たしかに一つ一つは罪に問えるようなものではないが……俺はセシリアを冷遇したお前達を決して許さない」


そうして、パーティーは終わり、その日二つの家が社交界での噂の中心となって静かに衰退していった。

旦那様は大層お怒りになり、グレイウェル家から許しを得る為ティアラとミレイユ様を捨てた。

二人に渡される財産などない。屋敷を追い出され、ボロの服を着て質素な田舎へと戻って行った。




「セシリア様、おめでとうございます!」


皆が口々にレオン様とセシリア様へ祝福を向ける。セシリア様の心境は複雑なものだろう。


「あの女……ティアラは最後まで傲慢でした。旦那様の言いつけを破って最後までこのアクセサリーを田舎まで持って行こうとしておりました。それがこれなのですけれど……。このペンダント、きっとセシリア様から奪ったものと思って、私が取り返しました!」

「……ありがとう。でも私のものじゃないわ」


散々ミレイユとティアラに媚を売っていた癖に、二人がいなくなった瞬間、立場の強いセシリア様に媚び始める。

まあ「アクセサリーを取り返しました」と恩を売る作戦は失敗したようだが。


「セシリアは皆から慕われていたんだな」

「レオン様……そうでしょうか」


セシリア様は終始神妙な面持ちをしていた。気弱なセシリア様は誰に対してもあまり意見しないが、きっと心の中では「この中の誰も助けてくれなかった癖に」と思っているはずだ。


しかし、俺を見るなり表情を和らげた。

そして言った。


「私はこれからグレイウェル家へ行きます。

……アラン、貴方も来て欲しいの。貴方は唯一私を助けてくれたから。レオン様もアランのことを歓迎すると言ってくださったのよ」

「君がアランか! セシリアをあの二人から守ってくれてありがとう。侯爵邸では、ここの五倍の給金を出す」


五倍の給金かあ、と思った。誰もが喉から手が出るほど欲しい待遇だ。正直未来のないヴェルレーヌ伯爵家で嫌な旦那様の世話を薄給でするよりも、格式高いグレイウェル家でぬくぬく高いお給金を貰いたいと、皆が思うだろう。


他の使用人達もその待遇が欲しくて、セシリア様に媚を売り始めたはずだ。でも——


「すみません。折角のお誘いですが……俺はセシリア様に付いていけません。ティアラの元へ行かなくてはなりませんから」


レオン様とセシリア様は目を見張った。


「ティアラだと? 傲慢で、……ふしだらな、あの、欲しがりの妹か?」

「まあ……そう思われても仕方ないというか、当たり前ですけど。それ以上その言い方は俺の前ではしないでいただけると有難いです」


俺がお辞儀をしてその場を去ろうとすれば、セシリア様に手を取られる。

 

「可哀想なアラン……、きっと、騙されているわ……。あの子はいつも私のモノを欲しがった。きっと、貴方もその一つなのよ」

「そうだ、アラン。あの女はもう平民に堕ちた。お前は命令を聞かなくていいんだ。ティアラという女は、まともじゃない」


俺は優しいお貴族様達に向かって、少しだけ棘を含ませて言った。


「俺は、ティアラ付きの使用人でしたから欲しがる対象には入ってませんし、これは自分の判断ですが……」


ティアラは俺に何も言わず出て行った。

追い出されたと言った方が正しいか……どっちでも良いけど、あいつなりに、俺に気を使ったんだろうなと思う。


「確かに、ティアラはまともじゃ無いですね。

……セシリア様の指輪を欲しがって形見の指輪を返し、ボロのドレスを欲しがって綺麗なドレスを用意し、セシリア様が押し付けられた仕事を俺に押し付け、挙げ句の果てには条件の悪い婚約者を欲しがって平民に戻るような奴なんで」


「はあ……? 君は、何を言ってるんだ?」


「俺だけが知ってればいいと思ってたんですけど、妙に癪に触ったので。では、失礼いたします」


それ以上話を続けずに、使用人の女からペンダントを奪い取って屋敷を出た。「待って!」という言葉が何度か聞こえたが、待ったとして話すことなどもうない。


そして俺は、ティアラの元へ向かった。



子供の頃、私はどうしようもなく傲慢だった。


でも、仕方ないと思う。子供の性格なんて、親の教育に左右される。私の傲慢さは母からの受け売りだった。

 

私の母は平民で、貴族の男と束の間の恋愛をして私を産んだ。そして捨てられ私を連れて田舎町へ来た。

母の性格は私のレベルを超えている。貴族に見初められた一瞬の出来事だけで周りを見下し、捨てられたと言う事実を受け入れられず毎日ヒステリックに騒ぎ立てた。


「アンタさえいなければ! 私は綺麗なのに! もっと幸せになれたはずなのに!」


口癖の様に叫んでいつも私を殴った。家事は全て私の仕事だったが、捨てられないだけマシ。

私は母に逆らえず、代わりにその鬱憤を周りの人達にぶつけた。


ちょっと強めの、母のような口調でわがままを言えば、みーんな私の言いなりだった。恐怖で支配……なんて大袈裟だけど、目をつけられないよう皆が私に媚びた。


「あなたにこんな良いもの似合わないでしょ? ティアラにちょーだい?」


いいと思ったものを奪うのは当たり前。

その日もいつもの様に、冴えない女の子を見下し、ほとんど強制的に物をねだっていた。


そんな私を変えた男がいる。


「お前ってさ、貧乏なの? いっつも人のお下がりもらって恥ずかしくねーの?」


私が初めて意見された瞬間だった。

隣の隣の家の、アランという名前の男だった。


「田舎者が気安く話しかけないでよ」

「いや、同じ場所で生まれ育ってるから。お前だって田舎者じゃん」

「ティアラの半分は貴族の血が流れてるの!」

「でも身分は貴族じゃないだろ」


その日から、私が何か言う度、何かする度に意見してきた。

周りの雰囲気が変わった。アランは目鼻立ちがはっきりしてて、運動も一番出来て、ハキハキ物を言う男だったから、皆から人気だった。

“ティアラに何か言われてもアランが意見してくれる”

と言う認識は、私の立場を変えるのに充分だった。


「このブローチは大切な物なの! ティアラちゃんには渡さない!」


田舎者のくせに、みんな私の言うことに逆らって、何もくれなくなった。私は傲慢だけど、メンタルは弱かったみたいで「馬鹿!」とだけ言って走って逃げて、泣いた。

そんな中、一人だけ追いかけてくる奴がいた。私をこんなふうにした正義感の塊、敵のアランだ。


「もうやめたら? 人から奪っても結局すぐに捨ててるじゃん」

「だって、私のものになったら綺麗じゃなくなるの! 新しいのが欲しいの!」


人の物がやけに輝いて見える。人が嬉しそうに着けるブローチやアクセサリーは、キラキラ光を放って私の心を奪う。なのに、私の手に渡った瞬間、モヤがかかったように全く輝かなくなって、ただの安物じゃん、って気付いて、そしてまた新しいものに心が奪われる。


「あのブローチは、あいつの母さんが、あいつのために買った物だ。お前が前に奪ったものも、友達からの誕生日プレゼントだったんだって」

「はあ? だから何!?」

「だから、お前の手元に来てもつまらなく思うんだよ。お前が羨ましく見てるのは、物じゃなくて、物に込められた気持ちだよ」


アランは、十とちょっとしか満たない私にそんな難しい話をした。同じくらいの歳なのに、兄弟が多いからか妙に達観してる男だった。


「大切にされてるからよく見える。嬉しそうに着けてるからよく見える。無理やり奪った物に、気持ちは宿らないだろ」


なんだかスッと心にその言葉が入ってきて、でもそれを受け入れたくなくて叫んだ。


「でもティアラは誰からも貰えないもん!」

「それはお前が嫌われてるからだな」

「……っ、そうだよ、そんなこと知ってる! みんなも、ママも、アランだって、ティアラのことが嫌いなの!」


アランは大きなため息をついた。そして私の頭を乱暴に撫でて、笑った。


「今はそうかもだけど、お前がいい子になればきっとすぐに好かれるよ」


そうして、私に何か差し出した。


「なに……紐?」

「すげーだろ、綺麗な石拾って作ったペンダント! 俺がお前の為にやる。お前のごーまんが治ります様にって、気持ち込めてな!」


確かに、そこら辺の石にしては透き通っていて不思議な赤みが刺していて、綺麗だった。でも、勿論売り物になるレベルじゃないし、いかにも手作り感がある。


「貧乏くさ、」


私はそう吐き捨てたけれど、何故か涙が溢れた。

ほとんど無理やり首に掛けられて、そのペンダントを見た。びっくりした。私の首に掛かってるのに、貧乏くさいのに、今までの何よりも輝いて見えた。


その日から、私は変わったと思う。

他の人の物は相変わらず綺麗に見えたけど、取ろうなんて思わなくなった。

今までの物も返した。「ごめんなさい」って言えば、みんな、ビクビクしながらも私から物を受け取って、そして控えめに笑った。初めて向けられた、作り物じゃない笑顔だった。


アランは相変わらずだった。なんだかんだ私に突っかかって、構ってくれる。ガキっぽいのにみんなを諭す姿は大人な感じがして、どうにか近づきたくなって、些細なことだけれど自分を名前で呼ぶのをやめた。


「ティアラって呼ぶのやめたの?気取ってんな」

「うるさい、いいでしょ? 大人になったの。それに知ってる? 貴族ってね、自分のこと ”わたくし”って言うんだって! 私も半分貴族なんだから、いつ迎えにきてもらってもいい様に、練習」


ほとんど照れ隠しで放った発言だけど、その瞬間、まるで言葉に魔法がかかった様に現実になった。


「そうだ。ティアラは貴族だ、迎えにきた」


背後から大きな影がかかって振り向けば、身なりの良いおじさんが立っていた。


そして私は、ヴェルレーヌ伯爵家の貴族になった。


毎日私に暴言を吐いて、毎日私に当たり散らしていた母はその対象をセシリア様という前妻の子に変えた。

母の敵がセシリア様になったことで、私は味方という認識に変わったようだ。

 

母は綺麗な服を着て、元々美人だった容姿はさらに垢抜けていたけれど、その性格は田舎にいた時と同じ。

旦那様……お父様に選ばれたことを笠に着て傲慢に振る舞い、セシリア様へ酷い対応をとった。


「こんな綺麗な指輪、地味なおまえには似合わないわ。これは私の娘であるティアラが使うべきよ」

「そんな……! これは母の形見で……!」


母はセシリア様から奪い取ったものを私にくれた。母からの初めてのプレゼントだった。

ちっとも、輝いて見えなかった。

セシリア様から奪ったものではなくお父様から買い与えられた物だって、全然輝いてなかった。


貴族という身分だって前まではとっても欲しかった物だ。

でもいざなってみると、空虚だった。マナーは厳しいし、子供は親の道具でしかなく、好きな人と結婚できない。最近仲良くなった友達と、あと……アランと遊ぶ方が楽しくて、幸せだった。


私はいい子になっていたから、母につらく当たられるセシリア様を助けてあげたい、と思った。母は私に優しくなっていたので少し言えばなんとかなると思った。


「お母様、セシリア様にそのような事をするのはやめた方がいいかと……」


結果は失敗。母の拳が私の顔に飛んできて、叫び声が耳を刺した。


「あんたまであの女の味方をするの!? あの女が私の全てを奪ったのに!! あんたなんて!! あんたなんて……!!」


錯乱したように私を殴った。懐かしいと思った。


母への説得は諦めて、私はセシリア様に近付こうとした。しかし、物を返そうとしても私を控えめに睨みつけるだけで、何も言わず去ってしまった。当たり前だ。狂った母の味方である娘。何を企んでいるかわからない。


どうしていいか分からなくなって、味方が欲しいと思い、私は初めてお父様におねだりした。


「どーしても、わたくしだけの使用人が欲しいの! アランっていう子がいいの! お願い! お願い!」


男を、しかも田舎で暮らす平民を使用人としてわざわざ雇う事に、最初は難色を示していた。

しかし、私の強請り慣れた交渉術……というかほとんど癇癪に近いわがままに根負けし、アランを雇う事に決めてくださった。


アランは嫌がるかなと思ったけれど、意外にも「別にいーよ。めっちゃ給料高いし」と笑ってくれた。


それから、私とアランの、『お母様の味方と見せかけて実はセシリア様を助ける作戦』が始まったわけだ。


指輪も……他にもネックレスも、宝石も、髪飾りも、出来るだけ返した。傲慢なパフォーマンスをしたり、アランにこっそり宝石箱に戻すようお願いしたり。


二人でセシリア様に似合うドレスを考えて、アランに渡してもらった。美しいドレスを着て社交界に現れたセシリア様は、本当に美しかった。

装いや容姿の派手さでは、母の方が綺麗なのかもしれない。でも、滲み出る気品と貴族らしい所作は母にはない人の目を引く高貴さがあった。


母に押し付けられていた仕事はアランに押し付けたし、母に罵倒されている時は「お姉様の教育にお母様の手を煩わせる必要ないわ」と言って出来るだけ止めた。


お姉様にあてがわれる婚約者は、母が決めていた。流石に年齢の合わないお爺さんのような人は、お父様が止めていたようだが、それにしても皆訳ありだった。

セシリア様も、その人を好いているようには見えなかった。

訳あり故に皆酷い男で、私が貴族にしては大胆なボディータッチをすればたちまち私を好きになった。


お父様は無関心。母は、私がセシリア様の婚約者を奪うことに大層喜んだ。

「あの女が産んだ娘より、私が産んだ娘の方が魅力的なのよ!」と満足気に笑っていた。


悪評がたった。そうなるように仕向けたのだから当然の結果なのだけれど、アランはいつもやるせない顔をして怒ってくれた。


「なんでそこまですんの?」と聞くアランに、「アランがいい子になれって言ったんじゃん」と返す。


でも、そんなわけない。最初はなんとなくセシリア様を助けたいな、と思っていたけれど、それだけじゃここまでできない。いい子すぎて自分を犠牲にするのは、私に流れている母の血が許さない。

私には、アランには言ってない、もう一つの作戦があった。それは、『悪評故に捨てられて、平民に戻ること』だ。


貴族なんて嫌。堅苦しいし、もっと自由に生きたい。


それは見事叶う事になった。

上手く断罪され、セシリア様にも強そうなお方が出来た。

私は平民に戻され、母と共に田舎へ帰った。


そして、その作戦は……私の願望は、完璧じゃなかった事を思い知った。

 

結った髪を無造作にほどき、ボロボロだけど柔らかい布を纏って、平たい靴で土を踏んだ。

風を受ければ、草と花と家畜と、どこかの家の晩ごはんが混ざり合った懐かしい匂いが私を包んだ。


でも、あんまり、輝いてない。むしろ、あの堅苦しい屋敷にいた時の方が、満たされていた気がする。

胸にぽっかり穴が開いたようだった。


途端に寂しくなって、ぽろりと涙が頬を伝った。


……私は気付いてしまった。

アランがいないからだ。アランが私の景色を輝かせてくれていたのかも、って。


ペンダントを持ってくることは叶わなかった。

殴ってでも奪い返したかったけれど、私に牙を向く使用人達の方が圧倒的に数が多くて諦めてしまった。


近くの家から母の怒声が聞こえる。きっと私を呼んでいる。

暴力も、暴言も、言いなりになることも慣れていたはずなのに、一度いい生活をしてしまったからか、とても辛く感じてしまう。


でも、行かなきゃ。一応ここまで育ててくれたし、何故か母には逆らえない。

そう思って、私は小さな家へ足を向ける。

ゆっくり歩いたはずなのにやけにすぐ着いてしまって、はあ、とため息をついた。

ドアノブに手を掛け、回す。


するとその手の上に、大きな男の手が被さった。


まさか……でも、そうであって欲しい。


「ティアラ」


投げかけられた声は、私が一番好きで、一番安心して、いつも私を導いてくれる、低い声——アランの声だ。

私は勢いよく振り向いた。


「アラン! 辞めてきたの!?」

「むしろ、俺が働き続けると思ってた事にびっくり」


そう言って笑うアランは、本当にいつも通り。少し意地悪そうに、私の反応を楽しむかのような笑顔を浮かべていた。


「家、戻るなよ。俺もお前に影響されて、結構欲深くなった。だから今、お前の母さんからお前を奪おうかなって考えてる」

 

「……っ、どうして?」

 

「ティアラが好きだから。最初は最低な性格してたけど、色々葛藤しながら良い子になったティアラのこと、結構前からずっと好きだった」


アランの手に、力が入った。

私がこのまま戻らなかったら、母はどうなるだろう。精神を壊しているから、もしかしたら死んでしまうかな……いや、意外と図太いか。


「なあ、欲しがりなティアラ。俺のことは欲しがってくれねーの?」

 

——ああ、綺麗だな。とっても輝いて見える。

これは、私が一番欲しい輝きだ。


もう、帰らなくて良いや。

私はアランにぎゅっと抱きついて言った。


「そんなの、欲しいに決まってる!」



……その後アランが余計な事を喋ったせいでセシリア様とレオン様に大捜索され、二人で逃げ回るのはまた別のお話。

最後まで読んでいただかありがとうございました。

面白いと思っていただけましたら、★評価、感想など頂けると嬉しいです。


アランは取り返したペンダントを渡す時に「もっと良いもん買ってやるのに」と言いますが、ティアラは欲しがりなので「良いもの買って! でもこれも私のものだから返して!」と言い、二つのアクセサリーを手にいれました。

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