女子社員の配偶者は、ターゲット。
今日の俺、なんとかやっとこ仕事モードになってきた。体がやや悲鳴をあげそうだ。
強い寒波で外に出たくないと全員の意見が一致し、家に家族全員で引きこもりぬくぬくしていた。
連休の間、ダラダラし過ぎた自覚はある。
そんな休みモード満喫をしてしまい、仕事に切り替わったら体がすぐ根をあげバテてしまう中、癒しの時間であるランチタイム。
カミさん特製弁当を、社員ダイニングで食す。
本日はサバ焼き定食です。
塩が適度に効いているサバさん、作り置きおかずの筑前煮、ごま塩がかかった白米(新米)、そしてスープジャーに里芋の味噌汁。あったまるぅ……。
「あー、家の中が辛気臭いぃ……」
おや、この声は伊藤。
本日も、パーテーション隔てた俺の後ろにいるようだ。
ご家庭の愚痴を、同僚の宮原にお伝え中か?
「かといって、ぐちぐちうるさいよって軽口言えないもんね〜」
宮原は事情知ってるのか……? それとも伊藤家は、軽口も言え合えないような他人行儀……は、ないな。
「ほんと、いい加減にして欲しいって、私の立場でも思うわ、流石に。今回に限っては、うちの旦那マジで可哀想すぎだもの」
「ねぇねぇ、イトちゃん。あたし、うちの旦那からのぼんやり又聞きだから、詳しく教えてもらうの出来る?」
「あぁ、全然いいわよ」
え、伊藤の旦那になんかあったの?!
伊藤さんからは特に何も聞いてない。
まぁ、俺みたいな他人のオッサンにペラペラと悩みを喋るより、まず妻にだよな。
俺も聞きたい。ごめん、勝手に聞くけど。
「うん、旦那と結婚する前の話なんだけど、旦那のやつ男に付き纏われたらしいのよ」
「うげっ、キモッ!!」
うわぁ、それは気持ち悪い。同性ってとこが、肝でキモい。怖さマシマシだ。男が男にってのは、異質な気持ち悪さを感じてしまう。
「入社した頃は、単なる普通の同期だったんだけど、気づいたら仕事の会話をしつつ、さりげに旦那の練った企画パクっていくとかやったのよ。でも、上司には「プレゼン前だから、たまたまアイディア被ったんだろ」って取り合ってもらえなくって」
「うっわ、ウザッ。上司もやる気ナシナシだねー」
上司の立場として、耳は少々痛む。
アイディアが被るのはあったりするが、会話での構想段階というデータもない状態に関しては、証拠がないから、お互いの会話内で閃きあったと言われると、どうしょもできんのだ……。
「旦那は、たまたまだったのかなぁって、その場は気にしないようにして、また忘れかけた頃同じように、アイディア話してパクられてんのよ」
「それ、イトちゃん旦那もやや落ち度だよね。1回やられてんのに」
「ね。んで流石に疑問に思って、次は別のアイディアにもなってない、思いつきのデタラメを話して、それを手帳にメモしておいたそうなのね」
お、学習した。
「家事でも、その学習働いてほしいねー」
「ホントよね!」
家事は未就学という事……には、ならないな。
「そしたら、デタラメのやつを相手が発表してたから、確信したみたい」
「うへぇ、やっちゃってるー」
まぁ、いるよな。人の褌で相撲を取る奴。
「でも、その頃にはLINNE交換しちゃっててさ」
「あっ……」
あっ……。
「朝はおはようから始まり……帰宅後はピロピロ通知の嵐」
「カノジョか!」
「でも、そいつ人当たりいい奴で、みんなにもそうなんだろうって、旦那は思っててね」
「ポジティブだね……」
「まだ、その頃はそう思うしかなくて、って時期だったらしいわ」
その頃は独身だろうし、暇つぶしにもなってたのか……?
「そんで、他の人にさりげなく探り入れたら、旦那にしか鬼LINNEしてなくてさ」
「うっわ……気色悪くなってくるね」
「ホントよね。んで、その頃ちょうどハマったゲームがあったから、LINNEの通知を切ったのよ。急ぎの用事用なツールじゃないし」
ゲームしてる最中に、ピロピロとスマホ鳴っても、気が散るよな。ってか、書類仕事してる時に、社用スマホがメッセージ受信で鳴ってても鬱陶しいし。仕事のだから見るけど。
気持ち的には、あと5分集中したかった……とかあったしな。
「うんうん、そっちのが平和だね。仲良くもないってか、プレゼン案盗んでいく奴なんかと、会話なんてしたくないし!」
「そそ、まさにそれ。一応会社の人だからって事で、LINNEの通知切って、ゲームに集中してるんだってのを、同期とかとの世間話で伝えておいたのよね」
「あー、みんなの前でいろんな人に伝えておけば、なんかあったら、フォローしてくれそうだよね」
2人きりで伝えるのだと、なんか絶交宣言みたいで気まずいけど、みんな知ってれば安心だよな。
「うん、んでしばらくは平和だったのよ。仕事面も気をつけて、パクられないようにしてたし」
「ほほう、ほう。普通それなら、だんだん距離あきそうだよね」
「と、こ、ろ、が……」
ひぃいい、やっぱり続くんだよね?!
筑前煮で気持ちを和らげよう。あぁ染みてる、出汁の香りが素敵。
「業務後のLINNEメッセ出来なくなって不満なのか、旦那からの返信がなくても、送信し続けていたらしいわ」
「……こわっ」
「あ、あったあった、これ。見て。旦那が上司に相談するのに、スクショ残してたの見せてもらったやつ」
「どれどれ〜……うげっ、キモッ!!」
え、LINNEトークがキモいってなに!?
「うっわ、うっわ。イトちゃん旦那が返信してないのに、びっしり相手のトーク吹き出しある! そんでところどころ、通話しようとしてんのか、不在着信あんのも怖っ!!」
宮原のドン引きボイスが! え、独り言状態で、LINNEメッセージ埋まってるってこと!?
ってことは、グループじゃなくて1対1でってことか。それは怖いな。
「しかも、ゲームやるから通知切ったって言ったの覚えてるんだね、同じゲームやりたいってメッセ来てんじゃん、こわ!」
「そそ、そんで金曜レジェンドショーってことは週末のお休み満喫時じゃん。仲良くもない会社の人からバンバンLINNEきたら、殺意湧くよ!」
付き纏いされたっていう、事前情報聞いたから、尚更怖いよな。
「朝起きたら、スマホのLINNEアイコンに75って数字がついていて、全部こいつからってのもあったらしいわ」
「キッッッモ!! そんだけ相手にされてないって気づけよ。どんだけ男に執着してんの!? ってか、男じゃんね相手。女ならまだしも、いやそれはそれで、普通にキモいか」
うん、男相手であろうと女相手であろうとも、ストーカーじみてて怖いよ、それ。
「んで、こんなのが2ヶ月も続いて」
「2ヶ月も耐えてたの?!」
「そ、今なら馬鹿だなぁって笑えるけど、当時は人間関係に波風立てるのも……って悩んでいたらしいわ。指摘して関係悪くなったら、社内だと、ね」
あー、気持ちはわからなくもないよな。そういうの。
被害に遭っている人は、向こうに悪気がなくて、自分が過剰に反応しているのかも、周りがそう見えたらどうしようってなっちまうんだよな。
いざ蓋を開けてみれば、異常だって周りの連中もおかしいって気づいているが、なかなか指摘しづらい。
そんで言い出すまでに、勇気と覚悟がすごく必要なやつ。
「んで、とりあえず当たり障りなくやり過ごしていて、それが日常になりつつあって……」
「うっわ、麻痺しちゃってる……!」
伊藤さん、弊社取引先な御社で、そんなことあったんだな……。
「今度は、企画のプレゼンデータが、パソコンから盗まれるようになったらしいわ。共用ハードディスクじゃなくて、パソコン側で保存しているやつが」
「げっ、なんで?!」
「パソコンのロックを開けるパスワード、盗み見たらしくて」
「きっしょー!!!」
いくら社内といえども、それはダメだ……。むしろ同僚の計画を盗むなぁあぁ!!
「んで、ヤバすぎるって気づいて、周りに相談して、相手側がヤバいよねって認めてもらって、そいつを別の支社に飛ばすことができて、平和になったらしいの」
「そういう経緯があったんだねー」
「で、社内でのデータ盗用なんて、他社に損害出したわけじゃないから、処分も軽い状態よね」
「うん、わかる〜。結局、前にうちらに言い掛かりつけてきた勘違い女たちも、転勤で済んでるもんね。こっちの心情としては、納得し切れないよねー。結局謝ってもらってないしー」
「ほんとよ」
うん、彼女らは勘違いで言い掛かりつけられて、上司な俺も巻き込まれてってこと、過去にあったからね。
そんで、伊藤さんが男に粘着されたりアイディア盗まれた話が、どうして伊藤家が辛気臭いんだろうか……。異動で一旦は解決してるよな。
「んで、そいつ、いろんな支社の転勤引き受けてくるくる回っているうちに、旦那がいる東京本社に戻ってきちゃったのよ」
「えーーーーっ!!!」
えーーーーー?!!?!
それは伊藤さんにとって、大ダメージなのでは?!
「アイツ、慌てて在宅勤務申請してたわ。当時の事情を知っている人も捕まえて、説明してもらって、許可はすぐモギ取ったけど……」
「あれ、それなら割と平和じゃないの?」
「うーん、相手は部署も変わっているけど、何気なーく、旦那のこと探っているらしくって」
「キモっ」
うわぁ、気色悪い。男の俺ですら気持ち悪さを感じちゃうよ……。
そんなことになっていたなんて……。
「ってか、いまだにイトちゃん旦那に執着してんの、キモすぎ。イトちゃんが危険な予感もしちゃうよ」
「え? 私が??」
うん。宮原の言う通りだ。
「だって、イトちゃん旦那と一緒に暮らしている人だよ、イトちゃんは。下手すりゃ嫉妬の対象じゃん」
「……ははは、まっさか〜」
伊藤、声が上擦っています。ドン引き声していますよ。
男が男に執着して、その配偶者(異性)を邪険にする……なんて、なんか色々おかしいけど、そもそも伊藤さんはおかしいやつに絡まれているからな……。
俺の物差しで考えたところで、それを余裕で超えてくるのは違いないだろう。
「ってか、加害者が近くにいるって、気分良くないよね。在宅に変えて付け焼き刃的に凌いでも、根本が解決しないとだよねー」
「そそ、そこが会社は絶対にっていうレベルで動いてくれないから、旦那が凹んでいてね。3時間に1回は転職とか言ってるわよ」
そうなんだよな。解雇するってのも楽じゃないし、ぶっちゃけ上の人からしたら面倒ごと、他人事扱いって態度しちゃってるんだよな。どの会社も。
「ぶっちゃけ、こっちから逃げたほうが早いよねー」
「そうなのよ、でも「被害者が逃げるって、違くね?」とか言っちゃってるのよね」
まぁ、そうだよな。加害者が去るべきだとは思う。
加害者を会社に残しておいたら、第2、第3の被害者が出るし、将来的に会社にとってマイナスだが、解雇の手間を考えると、会社は動かない。異動の時点で察してね。ってやつだ。
しかしこの手の輩は自主退職をしないから、周りもなんでまだいるの? って思うが口に出すと、ハラスメントになっちまうから言えないし……ってなるんだよなぁ。
「けど、加害者って、自分が悪いことした自覚ないんだよね。いじめっ子と一緒。被害者にとっては、永遠に許せない存在だよー」
「ほんとよね。……あれ、旦那からLINNEメッセだ」
「今日の晩ご飯なに、だったらシバき倒していいよ思うよー」
えー、家にいる伊藤さんがそれは……ない……と、思い……た…………い。
「そうね! えっと……げ……」
伊藤から「げ」ってなんか珍しいな……。
まさか本当に「晩飯、何?」だったのか?
「インターホン鳴ってモニター見たら、例の男がいたって……」
「はぁああぁ?! ありえない、ありえない、ありえない! キモいキモいキモい!!」
いや、マジでキモイ、鳥肌スッゲェ出てきた。
「昼休みだから、出なくていい。在宅勤務でも昼休み中だもの、応答しなくても問題ないって返信しといたわ」
「ってかさ、そいつなんでイトちゃん家知ってんの? 結婚して少ししてから引っ越してるのに……」
「確かに前住んでいた家じゃないところに、もともと旦那は住んでたわよ……ね」
伊藤さんトコの会社の情報セキュリティ教育、どうなってんのーーーー!!!
って、異常者に常識は通じないよな……。
「もしもし、警察ですか? こちら――」
伊藤、早い。住所を即座に伝えて、過去に付き纏いをしてきた男が家を訪ねてきている旨を伝えて、警察官に家を見てきてもらう。巡回強化も頼んでいた。
旦那にはインターホンに応答しないよう、そして会社に連絡と警察を呼んだ旨を伝える事を指示。
「イトちゃん、なんか小慣れてる……?」
宮原からは、ポカンとした顔を浮かべていそうな声が出ている。
「旦那から話を聞いた時点で、シミュレーションしてたから。たぶん旦那はいま混乱しているから、こっちで動いた方が早いわ」
伊藤……カッコいい。よかったな、伊藤さん。奥さんシゴデキで……頼もしく見えるだろうな。
伊藤からフォロー頼まれたら、出来る限り応えよう。
――数日後。
今日の俺、カミさん特製弁当の蓋を開ける昼休み。
わーっ! 炒飯と青椒肉絲に焼売! そんでスープジャーには、卵スープ。中華弁当だ!
カミさん特製なので、店で食うよりアッサリしているし、脂が少ないのもあって、俺の腹に優しいやつ。
数日、心の中で色々覚悟をしていたが、特に伊藤からアクションなく、伊藤さんからもない。
伊藤はいつも通りのペースで、いつも通りミスなく仕事を進めている。いつも通りすぎて、俺の方がソワソワする。
宮原も時折ソワソワしてるように見えるのは、俺の気のせいであってほしい。
そんな事を思いつつ……。
「イトちゃん、あれからどうなったか聞いていい? ストーカー男」
宮原……それ単発だと、伊藤がストーカー被害に遭ってるように聞こえるぞ。
「残念ながら、会社からの動きは鈍いものよ。男だろって感じで」
「あー……やっぱ、そんな感じなんだー」
「これが、被害者が女なら、ちょっとは動いただろうけど」
女性が狙われるより、危険度が少ないって思われがちなんだよな……。
けれど、そういうのは性別関係なく、異質すぎて気持ち悪くて、話が通じなくて、言っても伝わらない恐怖があったりするんだがなぁ……。
なんでそういう面を、まったくわかってくれない奴の言葉が通るんだろう。
「イトちゃんに危険な被害が及ばないか、心配だよぉ」
宮原、被害者である、伊藤旦那の心配もしてやってくれ。
「大丈夫よ。一応帰る時は周り警戒してるから。むしろ存在をちらつかせてくれた方が、通報しやすいのよね〜」
なんか、後ろから指をポキポキ鳴らす音が響いているが、気のせい……だろうか……。
何かあってからでは遅いのに、何かあってからじゃないと、警察も会社も動いてくれないという世の中。世知辛すぎる……。
伊藤からも伊藤さんからも、特に何も言われてない状態で、俺がしゃしゃり出るのは違うと思っているので、口を噤む日々。
もやもやはするけれど、伊藤も伊藤さんも、きちんと助けが欲しい時は言える人だ。
口を閉ざしている今は、まだ大丈夫だろうし、限界来る前に出来れば言ってほしいところ。
次の飲み会で、宮原旦那と伊藤さんに会う時、さりげなくできることはやるよ、と伝えてみよう。
うまいこと解決してくれるといいが……。




