爪かみ
塔子の歯は、中心がずれている。薄紫の歯茎が冷え性の自分を象徴するかのように笑った顔を曇らせる。身体を冷やすからカフェインの摂取は最小限に抑えているはずなのに、歯の色は薄茶に変色。「幼少期にこじらせた病気を治すための薬の影響で歯の付け根がグレーになってしまったのよ」といっていた母の言葉を信じることもなく、鏡に映る自分の「歯」にコンプレックスを持ち続けてきた。
しかも、歯の中心がずれているのだ。誰のせいでもない、遺伝でもなんでもない、後天的な才能、爪かみのせいで。妹が生まれてからか、母親の厳しさに耐えかねてからか、わからない。でも、55歳になる今日まで、頻度は減ったにもかかわらず、塔子は爪と自分の歯の親和性にほぼ諦めていた。
爪をかむことで、身体のなかの違和感や我慢をかろうじて処理することができた。幼少期、妹が母に抱っこを求めて、そのとおりにふくよかな腕の中で甘えている姿を見ては、口惜しそうに眺めていたのだろう。背中を向けて爪を噛み始めて「私は大丈夫、ここにいる」なんてことを子ども心ながらに感じていたのだろうか。
小学校に入り勉強がわからない、難しくなると自然に指は口元に移動していた。噛むことで問題が解けるのだから嬉しいことではないか、なんて思っていたのはつかのま。そのうち、指先から数ミリ以上小さくなった爪のいびつな切り口を眺めては、情けない、恥ずかしい気持ちを大きくしていく。
とんがった爪先をもつ子らをうらやましくなった。でも、この爪はかめばかむほど、小さくなっていく。「つめ、小さいね」なんていわれることもあった。でも、気を遣われているのがわかるほど、その言葉はいつも意外にもあたたかかった。
ーー多分、私は脳を求めているんだ。
そんなふうに思うようになったのは、結婚して、子育てと仕事に忙しかった30代、40代のころ。塔子は思うのだ。
ーー多分、脳に指を到達させたいんだ。
唐突な発想は、塔子を安心させた。指は鼻の穴、耳の穴をぐるぐる、こそこそ動き回る。さすがに耳の奥までは小指でも到達できなかったのだが、綿棒や耳かき棒を使って、そうっと、もっと、ぐぐっと鼓膜のぎりぎりまで届けとばかりに毎日かき続けた。
鼻の穴にいたっては、際にこびりついた乾燥くそをゴリッと外に出す感覚を止められず、人目のないところで長年ほじくり出してきた結果、親指まで鼻の穴に入るようになってしまった。
さすがに、下から見ると内部がまるわかりになるので、塔子は鼻の先を洗濯ばさみで挟んでは、穴を小さくしようとした。それから、何年たっただろう。いずれにしても一旦大きくなってしまった穴を小さくするのは、無駄なことだと自覚している。
爪かみは、幼少期よりはおさまっているとはいえ、いまだ、指先にストレス解消を求めるいる自分は変わっていない。ささくれをむしったり、冬場にはかさかさになる指先の皮をめくったりして、血がにじむことがあっても、いっとき絆創膏をはるだけで、対処できることに安心している。
穴はふさぐことはなかった。更年期をすぎると毛根からかさかさの白い、ときには黄色が混じったフケがパサパサと落ちるようになる。鼻くそやら耳くそやらと同様に、それらをググっとかきむしって大きな「もの」を指や爪先に捉える行動を一人楽しむ姿、しかもそれが50代の女子となれば、汚物としかいえない。
ーーこんなんで、生きてるんだ。それでも。
久しぶりに爪をかみながら塔子はつぶやいた。もう50年以上も爪をかんで、ほじって、かいて、かきむしって生きている。人生こうあるべきだ、時間を無駄にしたくない、そんなふうに追い込みながら、それでも逃げるために、穴という穴に向かってきた。
ーー穴を掘り進めて見えてきたものはあるのか。
そんなものありはしない。ただ、そうしたいからそうなるし、得る者なんてなにもない。残されたのはすっかり丸くなった指先と、小さく四角い爪、そして、大きくなった鼻、と耳の穴。
どこまでいっても、脳の、根幹というものには到達できないのだ。
ーー私という人間には、決して届かない。
爪を噛んでも噛んでも、噛んでもなんにもならない。ただ、哀しくってそのまま、この人間は進んでしまう。退化というものだけど、必ず、アッチの世界に近づいている。
結局、人生って、爪かみをしている間に終わっちゃうんだよな。何者かになろうとして、何かを解決しようとしても、最終的には噛んで、生きているうちに……死んじゃうんだよ。
だから、さ、もうさ、いいんだよ、爪かみで。塔子は見苦しくなった自分の顔、薄茶に変色して中心のずれた歯を眺めながら、ふっと笑ってみた。どうにもならないけど、ただ、笑いたかった。




