初めての冒険者
遠くで犬の吠える声が聞こえ始める。村の方向から馬車の蹄鉄の音も混じる。人と妖狐が混在する異世界の日常が迫ってくる感覚。
右手には地図。左手には祝福の温もり。。
孤独ではない。セレスの想いと紅葉の献身。小鈴の純粋な絆。全てが俺を支えてくれている。
エコール村の灯りが徐々に近づいてくる。新しい生活の鼓動が聞こえる気がする。この世界で俺にできることがあるはずだ。それが何であれ……
歩みを進める足取りは、森に入る前よりもずっと確かなものになっていた。夕闇が完全に落ちる前に、村の入り口にたどり着いた。
門番らしい中年の男性が松明を掲げて近づいてくる。「おい! 旅人か? 夕暮れに遅れてくるなんて珍しいな」
「はい」俺は緊張しながらも丁寧に応じた。「ユートと申します。今日こちらへ」
「若いのに一人旅か。危険な時代に大したもんだ」男は髭をなでながら値踏みするような目つきを向けた。「身分証などあるか?」
「いいえ」正直に答えるしかない。
紅葉の通行符は妖狐領専用だ。
男は厳しい表情を見せたが、すぐに首を振った。「まあいいだろう。村長の許可さえもらえれば宿も貸してやれる」
「ありがとうございます」
「町に着いたらギルドカードを作るといい、入町税が免除になるし、身分証明にもなる」
門番が松明を掲げた先を指差す。「町はもっと奥だ。この道を行けば2日歩けば見えるさ」
なるほど。門番は最初から町へ行く旅人だと思っていたわけだ。俺は素直に謝った。
「失礼しました。初めて訪れるもので……」
「かまわんさ」門番は大きく伸びをした。「とにかく村長の家はこの道を右に行った突き当りだ。宿を借りるなら許可を得てから行けよ」
言われるままに村長宅へ向かうと、恰幅の良い老人が温かく迎えてくれた。
「旅とはご苦労じゃのう」村長は渋い顔で許可証を差し出した。「宿は〈三匹の猫亭〉がおすすめじゃ。ただし今夜は客が多いかもしれんぞ」
案の定、宿屋の入口には行列ができていた。店主の恰幅の良いおばさんが大声で叫んでいる。
「部屋数少ないの!一人部屋はもう埋まってるよ!」
俺は肩を落とした。床寝か。しかし次の瞬間、おばさんが俺を認めて手招きした。
「坊ちゃん!おひとりかい?」
「はい……」
「運がいいねぇ!」おばさんはニヤリと笑った。「さっきキャンセルが出てね。こっちへどうぞ!」
通された部屋は清潔なベッドと窓辺に小さなテーブルが置かれた質素なものだった。荷物を置き窓から外を眺めると、夕闇の中にオレンジ色の燈火が揺れている。セレスの祝福がまた温かくなった気がした。
部屋で休憩しているとノックの音がした。
「お客さん!お食事できたよ!」おばさんの声だ。
食堂に行くと数人の旅人たちが談笑していた。テーブルに並ぶのは黒パンと野菜シチュー。質素だが体に染み渡る美味しさだ。
隣席の商人風の男が声をかけてきた。
「君も町を目指してるのかい?」
「はい」
「気をつけなよ」男は声を低めた。「西の山道は今オークが出るって評判でね」
「知っています」
「明日こそは安全なルートを探さないと……」男は愚痴るように言った。
食事を終えて部屋に戻ると疲労感が押し寄せた。セレスの祝福の光が弱まっていく。手をこすり合わせながら、明日からの計画を考えた。まずギルドカードの入手が最優先だろう。お金がないのが問題だが……
そういえば紅葉から貰った袋を確かめると小さな金貨が5枚入っていた!
「助かる……!」思わぬ救いに安堵した。
翌朝早く目覚めると既に店内が慌ただしい。準備を整え表に出ると昨日の商人が馬車を整備していた。
「おや?」
「僕も町に向かうんです」
「馬車に乗せてやりたいがスペースがね……」彼は申し訳なさそうに言った。「でも道案内くらいならできるよ。一緒に出発しよう」
二人は夜明けと共に歩き始めた。商人はこの地域の地理に詳しい商売人らしい。
「町までの安全な道は東回りの迂回ルートだ。普通より1日余計にかかるが命には代えられないからね」
道中で何度か野営を挟みながら3日目の夕方、ついに町の外壁が見えてきた。
「あれがアストレア町だ」商人が指差す。「冒険者ギルドは中央広場の噴水裏だからな」
町の検問で入町税を払おうとすると衛兵が金貨を見て声をあげた。
「おいおい!これはかなりの額だぞ?」
「手持ちがないんです」俺は冷静に答えた。
金貨は紅葉にもらった大切なものだ。使い果たすわけにはいかない。
衛兵は鼻を鳴らした。「なら冒険者ギルドに行ってギルドカードを発行してもらう次いでに両替をしてきたらどうだ。金貨1枚は一時金として預かる」
「そうします」
中央広場に辿り着くと大きな石造りの建物が目に飛び込んできた。入り口の掲示板には依頼の告知がびっしり。受付カウンターには数十人の冒険者が列を成している。俺も末尾に並んだ。
「次の方!」女性職員が呼びかける。
「ユートと申します。冒険者登録を希望します」
「はい」職員は手続き書類を広げた。「名前・出身地・特技・従事歴を記入してください」
「出身地は……」と答えにくそうにしていると職員が察した。
「不明なら空白で結構です。では年齢と性別は?」
「10歳男性です」
「わかりました」彼女はにっこりと笑った。「登録料銀貨2枚と魔力測定費用銅貨10枚が必要です」
ポケットから小銭を取り出そうとして手が止まった。持っていない!
「あの……金貨を両替してもらえませんか?」
「構いませんよ」職員はためらいもなく頷いた。「手数料を頂きますが」
金貨と引き換えに大量の硬貨を受け取った俺は再び受付へ。
「こちらです」
「確認しました」職員は棚から金属板を取り出した。「この板に指紋を押してください。指先に魔力を込めるように意識してくださいね」
指示通りに触れた瞬間、板が淡く光った。職員は満足げに頷く。
「適性ありです。これであなたも正式な冒険者になりました」
彼女は板を彫刻刀で彫り始めた。出来上がったカードには文字が刻まれている。
【ランクF:ユート】と読める。
「これがギルドカードです。紛失した場合は再発行に銀貨1枚必要です」
「ありがとうございます」カードを手に取ると不思議な一体感があった。ステータス画面と同期しているような感覚だ。
「最初はランクFで冒険者見習いですが、依頼をこなすごとに昇級できます」職員は説明を続けた。
「詳しくは右手の依頼版をみてください、Fランクなら1つ上のEランクまで受けることができます、常時討伐、採取ならランク関係なく受けることができます。」
急いで町の検問所に戻ってきた。
衛兵は銀貨1枚を受け取ると満足げにうなずいた。
「ギルドカードの発行が済みましたか」
「はい」カードを見せる。
「よろしい、預かっていた金貨1枚を返そう」彼は金貨1枚を返してくれた。「ようこそアストレア町へ」
検問を出るとと喧噪があふれ出した。石畳の通りには色とりどりの露店が立ち並び、老若男女が行き交っている。異世界都市の活気に圧倒される。まずは宿を探そう。ギルドカードがあれば格安で泊まれる宿もあるはずだ。
ギルドの受付嬢に聞いてみようかな、手持ちが心伴いので格安の場所を教えてもらえるかもと、ギルドへと戻る。
宿を探すついでに依頼版を見ていく。そこには沢山の依頼が掲示されていた、常時依頼もたくさんある。
依頼板の前で思わず足を止めた。Eランクまで受注できるとはいえ、まずは自分の実力に見合った依頼を選ぶべきだろう。何より今は資金繰りが最重要課題だ。金貨5枚は紅葉の大切な贈り物。むやみに消費できない。
【Fランク依頼:薬草採取】
報酬:銀貨1枚+採取量に応じてボーナス
内容:回復薬の原料となるカイフクシ草を採取すること
期限:常時
これなら自分でもできそうだ。依頼書確認し受付へ向かった。
「お決まりですか?」先程の受付嬢が声をあげた。
「薬草採取の依頼を受けたいのですが」
「カイフクシ草ですね」彼女はを確認しながら頷いた。「町外れの森や草原に群生しています。」
差し出された地図を見せてもらった。
「宿も紹介してもらえますか? 出来れば格安で」
受付嬢は一瞬思案した後、手元の帳簿をめくった。
「実はギルド提携の『ハリネズミ亭』が今空室があります。シングルで銅貨30枚……ですが」
「お願いします!」即決だ。
「承りました」彼女は依頼書と宿の割引券を差し出した。「採取方法に不安があれば、2階の資料室で図鑑を閲覧できますよ」
午前中のうちにギルドを出た。空は澄み渡り、石畳の路地に朝日が降り注いでいる。市場方面から漂う焼き魚の匂いが胃袋を刺激するが我慢だ。
町外れの門を抜けると広大な草原が広がっていた。青い縁取りがついた草がカイフクシ草だと図鑑で調べた項目に書いてあった。
腰に下げた革袋を確認する。採取後はそのまま納品できる。
目星をつけた群生地へ走る。足元の草をよく見ると確かにカイフクシ草があちらこちらに生えている。
茎を手で摘むと爽やかな香りが漂った。
時間はまだ早い。もう少し遠くまで探索しようと歩き出すと、灌木の陰に奇妙な気配を感じた。
「ギィギィッ」鋭い鳴き声が飛んだ。
現れたのは二匹のゴブリンだ。痩せで木の枝を振りかざしている。
【ステータス】
種族:ゴブリン
HP:25/25
レベル:5
特徴:痩せすぎ
森であったウサギと同じくらいのHPだがこっちのほうが怖い
息を潜めて町へ逃げ戻った。背筋に冷たいものが走る。あの鋭い目つきを思い出すだけで足がすくむ。
門衛が訝しげな顔で振り向いた。「おいおい!真っ青じゃないか?」
「……ゴブリン?」喉の奥から絞り出すように言うと衛兵は声をあげた。
「そうか、まだ初心者だしな」彼は背中を叩いた。「無事で良かった。」
ギルドへ駆け込むと受付嬢が立ち上がった。
「顔色が悪いですが……」
「薬草集め中にゴブリンと遭遇してしまって」袋を差し出す。
「そうですか・・・そういえば初心者講習がありますが参加してはいかがでしょうか、武器の扱い方や魔物との闘い方を教えてますよ」
本当ですか!ぜひお願いします」
受付嬢はにっこり笑って席を立った。
「明日午後の講習がちょうど空いています。今から予約しておきますね」
「ありがとうございます」やっと人心地がついた。
そのまま宿へ向かうと恰幅の良い女将が迎えてくれた。
「初めての依頼はどうでした?」彼女は笑顔で聞く。
「収穫は少しだけです」袋の中身を見せる。
「まぁ」女将は驚いた顔をしたがすぐに微笑んだ。「それでも初心者にしては上出来ですよ」
階段を上がり6号室へ。木製の簡素なベッドと小さな机がある。窓から夕暮れの街並みが見下ろせる。疲れを癒そうと寝床に横になった途端睡魔に襲われた。




