召喚されちゃった
「知らない天井だ……」
お世辞にも綺麗といえない天井を眺めて呟く。
気づけば見知らぬベットの上にいた。だが、体がうまいこと動かせない。まるで金縛りにあったかのようである。
うん、状況がまったくわけがわからない。というよりも理解の範疇を飛び越しすぎである。
とはいえ、俺に何ができるわけでもないのだが。体も動かせない以上思考するしかないんだけどな。
そんなことを考えていると正面に水晶が……いやちょっと違うか? それがふよふよと浮いて近づいてきた。
「やぁ、初めまして」
へ? 水晶っぽいものから声??
「あれ? 言葉通じてないかな? 言葉を理解してないかな?」
「い、いや通じているよ。急な展開で理解が追いついてないだけだ」
「おお、よかったよかった。それじゃ今の状況を説明しようか。きっと知りたいだろうからね」
――水晶っぽいものの説明によるとだ、ここは地球じゃない世界。その名を『エルメキダ』と言うそうだ。
つまり、俺は異世界に召喚されてしまったらしい。ただ、この水晶が呼び込んだわけではなく他の誰かに召喚されるところを干渉して呼び出したそうな。
「そんなに簡単に干渉できるようなもんなのか?」
「そりゃまぁ、僕が元女神だからできることではあるよ。あと、その為に君のところへこの水晶を時空を超えて跳ばしたんだからね」
――そう、目の前の水晶っぽいものは驚くことに元女神。名前をエーテル・エルメキダと言うんだそうだ。可愛さ?そんなものない!!
「いやぁ、とある国が勇者召喚の儀式に成功しちゃってね。紆余曲折の後につい先日、私ってば勇者に暗殺されちゃったんだ。女神を屠るほどの勇者を抱えた国がある……そうなってくると各国は軍事バランスが崩れることに戦々恐々となるわけだ。で、こぞって他の国も我先にと召喚の儀式をはじめちゃったわけ。相手側の都合も考えずにね」
――勇者がいて、そして暗殺ってなぁ……まぁ、女神を暗殺とは、どこにでもあるようは話ではある。
「酷いところでは召喚直後に隷属の首輪なんかつけられたり召喚陣自体に隷属の術式を加えてたりしてるね。人族ってば同族に対してろくでもないこと平気でやるよね。まぁ、彼らからすれば異世界人は同族じゃないって感覚なのかもしれないけどさ」
――人族。この世界の一般的な人間をそう呼ぶらしい。もちろん、各々の他種族ではちゃんと種族名がありそれを無視してひとくくりに亜人と呼ぶのは蔑称になる。人族の貴族にはよくあることらしい。互いに触れ合う平民の間ではそんなに差別はないらしいけど……。俺的には肉球とかもふもふは大好きなのでどっちにつくと言われたらもふもふの一択であるが……。
「まあ、安心していいよ、君が召喚されるはずだった国には近所の野良猫のさくらを送り届けてあげたから、次回! 勇者猫さくらの活躍にご期待ください!!」
ちょっと可愛がっていたさくらになにしてくれてんのw
「おいおい、そもそもこの召喚に介入した理由がまだだって。俺ってば自分で言うのもなんだが体が弱いよ? あっさり逝ける無駄な自信はあるぞ?」
「そこがポイントなんだよ」水晶エーテルは楽しげに言った。「君は特別だからこそ選ばれたんだ」
「特別?」
疑問符を頭に浮かべる俺にエーテルが続ける。
「普通の人なら、魂が耐えられなくて消滅してしまう召喚術式にも君は生き延びた。なぜかは分からないけど…… それでも重要なのは、君には他の人間とは違う特性があるということだ」
「特性って具体的には?」
エーテルがしばらく黙ったあと、ゆっくりと言った。「……それは後のお楽しみさ」
俺はため息をついた。どうやらこれから先、予想以上の波乱万丈な生活が待っているらしい。
「それで今後の計画はどうなるんだ?」
「まずは体力を回復させてもらうよ。召喚のショックで身体がまだ慣れてないからね」
「わかった。それで……これから何をすればいい?」
大丈夫、君にはこの水晶で、現在君の身体は魔力や身体能力を強化できるように進化調整中だよ。
「許可なく何してくれてんだよ……」
「まぁまぁ、初期肉体年齢を10歳へ設定しておくから。溢れる若さだよ? ふむ、ちょっとずつ馴染んできているみたいだね。精神のほうも肉体に馴染んでくるにつれてかなりと若くなってきてるみたいだ」
そういえば心なし言葉遣いが少し若くなってきたというか子供っぽくというか微妙な違和感があるな。
「それで、俺に何をさせるんだ?」
これが一番大事な確認事項である。百歩譲っても無理難題押し付けられるのも困る。
「んー、自由に生きてくれて構わないよ? 冒険者として生きるもよし、商売人として生きるもよし、獣娘と仲良くするのもよし。ただ、ひとつだけ。君の強さが私の求める強さになったら、すこしばかりのお願いを聞いてほしいんだけど」
条件としては破格の待遇だな。よくあるテンプレものなら『スキルを与えるから戦え』とか『従わないならはい調教』とか、せっかく肉体が若返るなら……。
「子供時代をやり直すのもありだよね。ちょっと記憶を覗かせてもらったけど甘酸っぱい思い出もなくずいぶんな子供時代だったよね」
思い出してずーんと気持ちが重くなる。体が動かせるなら頭を抱えて丸まってしまうであろう。
心が完全に子供だった為、バカ騒ぎの青春時代だったのである。当時は今よりもっと口下手であり度胸もなかった。
だが! せっかく若返るのだったらだ!! 俺は我慢をやめる! バカ騒ぎをしてみようではないか!
やってやる! 今こそ己の欲望解放のときだ!
「おお! なんか熱くなってるね! よーし! この流れでいくよ! さぁ、新たな人生へのスタートラインに立ってもらったよ!」
そういえばと大きな疑問をぶつけてみる。
「一応聞いておくんだけど、これって元の世界には戻れたりするのかな?」
「うーん、正直言って無理だと思うよ。私が行ったのはあくまで召喚プロセスへの干渉であって、召喚そのものを完全に解除できたわけではないから。それに、もし戻れたとしても……」
エーテルの水晶が少し輝きを落としたように見える。その声に曖昧な響きがあった。
「戻ったらこちらでの記憶や能力は消えてしまう可能性が高いし、時間の流れも異なっていると思う。それに……君自身がどう感じるかは別の話だよ」
俺は少しだけ深呼吸をして、自分の中に湧き上がる感情を整理しようと努めた。
「なるほど。つまり、この世界で生きていくしか選択肢がないってことか。だけど、それは逆に言えば新しい人生が始まるチャンスでもあるってことだな」
そう自分に言い聞かせる。現実世界に戻りたくても無理ならば、この新たな人生を受け入れるしかない。ただ、それが悲観的なものだとはどうしても思えなかった。
「そうそう!」水晶が嬉しそうに上下に揺れる。「君のそのポジティブな思考は素晴らしいよ。新しい世界、新しい力、新しい出会いが待っている。それに、もし何か大きな目標を持つなら、私たち一緒にそれを目指せばいい」
「私たち?」
「そう。これからは私も君と共にいる。君のサポートをするつもりだし、何か困ったことがあればすぐに声をかけてくれ。私は君を見守り続け、時には力を貸すつもりだ。でも、最後は君自身の力で道を切り拓いてもらわなければならない」
エーテルの言葉には確固たる信念が感じられた。その水晶はただの物体ではなく、彼女自身の存在そのものだった。
「ありがとう、エーテル。君の助けがある限り、何とかやっていける気がするよ」
「それでは、君の新しい旅立ちの準備を始めよう」エーテルの水晶が再び柔らかな光を放ち始めた。「まずは身体を完全に調整する。その後は基本的な魔力コントロールと防御魔法について教えよう。最初は簡単なものから始めて、徐々に高度な技術や戦闘方法も習得してほしい」
俺は目を閉じ、自分の内側に集中した。水晶から流れてくるエネルギーが肌を温め、血管を通って全身に広がっていく感覚があった。未知なる力への期待とともに、不安も少しずつ解消されていった。
「さて、それじゃあ今日のレッスンを始めましょうか」とエーテルが言った時、新しい世界への第一歩が始まろうとしていた。これからどんな冒険が待ち受けているのか、その答えはまだ見えなかったけれど、一つだけ確信していたことがある。それは、この旅路が決して退屈なものにはならないということだ。
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水晶エーテルが勢い込むがままに叫ぶが如く告げる。
――その瞬間、俺の中に膨大な力と情報が流れ込んできた。
――それはまるで前世の記憶と混ざり合うようで、新しい世界と過去との境界線が曖昧になっていくような感覚だった。
――目眩とともに意識が遠退きそうになりながらも必死に保つ。
――やがてそれが過ぎ去るとともに、新たな人生が幕を開けた。
「あ、ちなみに肉体が馴染んだら君専用のステータス画面も出てくるようになると思うよ。まぁ頑張ってくれたまえ」
その日から新しい日々が始まる。これから待ち受ける試練や出会い、そして未知なる冒険たち――それがどんな物語となっていくのか、僕自身ですらまだ想像できないけれど一つだけ確かめることがある
。
それは未来への希望だ。新たな世界での可能性に満ちた生活。この新しい体、新しい人生で成し遂げたい夢や目標。そしてそれらすべてを支えてくれる友達や仲間たち。それら全てが輝かしい未来への扉となることだろう。
これから始まる冒険への期待とともに、新しく生まれ変わった自分を信じて前に進むしかない。こうして私の新たな人生の第1歩目へ踏み出したのであった。
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