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葛藤

-Main story- 1-1

空を舞う粉雪のような光が降り注ぐなか、私は祝詞を読み上げた。


「大いなる五神よ、ここに集まり給え。

 祝詞を奏上いたします。

 木の神・颯命樹神(そうみょうじゅしん) 火の神・熾閃煌神(しせんこうしん)

 水の神・潤澄神(うるきよしん)  金の神・富栄神(ふえいしん) 土の神・巡地守神(じゅんちしゅしん)

 五神の御加護を願い申し上げます。

 我らを厄災から守り、道を導き、大地に恵みを与え、

 太陽の光と月の静寂にて国の平穏をもたらしたまえ。

 森羅万象に感謝しここに祝詞を奏でさせていただきます。」


今日は『神ノ護帝国(しんのごていこく)』の建国記念日である。


導神族(どうしんぞく)である私は、神を祀り、神に与えられた力でこの国の平和を保っている。

今日も一年を無事に過ごせるようにと神に祈りを捧げたところだ。


私の呼びかけに応じ、神の力を有する聖獣たちが空を駆け巡って、国の平和を守る事を約束してくれている。


(私にしかできないこと、私の存在意義がここにある。)


聖獣たちを眺めながら、傷ついた心を癒し、自分の存在意義を考えていた。


私は導神族の始祖直系の血を引き、生まれながらに一族を束ね、この島に住む人々を守り導く役割を担っている。

そのため、神の遣いである聖獣を呼び出す特別な力を授かっている。

そして私にはもう一つ、精霊を扱う能力があった。

精霊は普通の人間には扱えない力である。

この二つの力を持つ私のことを里の者たちは「神童」と呼んでいた。

しかし、それは十歳の時、事故で両親を失ってから一変した。


(両親が亡くなる前は、閤央(ごうおう)を呼び出せていたのに、今は姿を見せてはくれない。)


空をかける聖獣達を眺めていると過去を思い出し、胸が締め付けられる思いがした。

両親が亡くなってから私は、特別な力が一部使えなくなった。

それは両親の死が原因で、肉親を失った悲しみによる一時的なものと思われていた。

しかしそれ以降、いくら年月が経とうとも神童と呼ばれていた頃の力は戻らなかった。


(私は、式典を執り行えている。なのに、一族は私を長として認めてはくれない。)


悔しさで唇を噛み締めていた。


この島は四方に祀られる神と、導神族の始祖—巡地守神—によって守られている。

四方の聖獣たちは変わらず私の呼びかけに応えてくれるが、巡地守神の聖獣・閤央だけは、両親が亡くなったその日以来、姿を見せなくなった。

私は長になる運命を持つ者。

両親の死後、10歳で跡をつぎ長になった。

当初は未熟で当たり前だと一族は見守ってくれていた。

しかし、いつまで経っても力の戻らない私に一族は冷たくあたるようになった。


現在一族の中で、私を長と認める者はおらず、叔父の時志ときむねが事実上の長として扱われている。

彼は直系の血筋で、四聖獣を呼び出す力を持つ貴重な存在だ。

里の者たちは何かあるといつも叔父に頼り、私を無視し続ける。

唯一、私が長として扱われるのは対外的な対応の時だけである。


(駄目だ、いろいろ考えていたら泣きそうになってきた。)


泣きそうになるのをグッと堪えていると、後ろから声をかけられた。


「今日はご苦労だったね、時雨しぐれ。見事な式典だった。」


声をかけてきたのは陛下だった。

陛下は、父と旧知の仲だった方で、両親が亡くなった後、私を自分の娘と同じような態度で接してくれていた。

泣きそうな顔を見せれば、心配させてしまうだろう。


(ここは気丈に振る舞わなければ。)


慌てて笑顔を作り、挨拶を返す。


「陛下、お褒めいただき光栄です。無事に建国千年を迎えられたこと、お祝い申し上げます。」


陛下に頭を下げ、祝いの言葉を述べる。


「なに、かしこまった挨拶はいらんよ。娘みたいな者じゃないか。久しぶりに顔を合わせるな、元気にしていたか?」


陛下は穏やかに微笑み、身内のように接してくれる。


「おかげさまで。村のみんなのおかげで、元気に暮らせております。」


嘘も方便だ。

陛下に心配をかけさせる方が心苦しい。


「そうか。最近、宮中に顔を見せることが減っていたから心配していたのだ。うまくやれているようでなにより。」


陛下にじっと見つめられ、嘘を見抜かれたのかと心配になってくる。


「陛下、次の用事もありますので、今はこの辺で。」


後ろで待機していた、家臣が話を切るように声をかけていた。


「まだ挨拶しかしていないではないか。時雨、悪いな。私は行かなければならない。また、ゆっくりできる時に尋ねておいで。想輝(そうき)も会いたがっているよ。」


再び陛下は微笑むと、私の肩に手をポンっと置いてから去っていった。

私は、陛下の背中を頭をさげ見送った。


想輝(そうき)』陛下のご子息で第一継承権を持つ皇子である。

彼は私を嫌っている。子供の頃は時間があれば一緒に過ごし、仲良くしていたのだが、ある時から私の顔を見る度に棘のある言葉をかけるようになっていた。

歳は少し上だった気がする。

そういえば、もうすぐ成人の儀が行われる予定だ。


(だとすると、今年で十八歳ということになる。こちらの準備も進めていかないと。たしか…)


準備や手順を思い出しながら歩いていると、再び声をかけられた。


「やぁ、時雨。久しぶり。剣の練習ははかどっているかい?ここ数年訓練に参加していないけど、村の方で手一杯な感じかな?」


声がする方へ振り向くと、越志えつしさんと想輝様がいた。

越志さんは皇子の側近で、この国の兵士を束ねる剣豪でもある。

一時、私は彼から剣術を学んでいた時があった。

里の者達を守る為に、力が使えないのなら、せめて剣の腕は上げておこうと稽古をつけてもらっていたのだ。

私にも使命感に燃えていた時期はあった。


「お久しぶりです、越志さん。長の仕事は色々あって、実はそちらで手一杯で。最近は剣に触れていないのです。落ち着いたら、また稽古をつけてください。」


にこりと笑い、当たり障りのない返答をする。

誰も私に期待などしていないのだから、もう剣の特訓も必要はないのだ。


「越志、彼女に剣を教える日は2度とこないのではないか?一時の気の迷いごとだったと思うぞ。今は平和になってきているし、兵士でもなければ、剣の腕を磨く必要もないだろう。一族の者たちに少しでも頑張っている姿を見せたかっただけだ。本当にやる気があるなら里でも訓練はできるだろうしな。」


棘がある言葉で不機嫌そうに話すのは想輝様。

私を一瞥するとふんっと鼻をならしていた。


「そんな言い方しないでください、想輝様。導神族の長にも、人々を守るための剣術が必要なのです。先代の長も腕が立った方でした。時雨も時間ができれば、またきてくれます。訓練の際は、想輝様と同じくらい熱心に取り組んでいました。女なのに頑張る姿に、想輝様も感心されていたでしょう?」


越志さんが私のフォローをしてくれる。


「はぁ?そんなことはない。お前の記憶違いだ。さあ、行くぞ。まだやることがある。そいつに割く時間などない。」


想輝様は一貫して変わらない態度だ。

まぁ、そちらの方がこちらとしても清々しくて良いかもしれない。


「時雨、想輝様の言うことは気にしないで。私のできる範囲でサポートするから、いつでも声をかけてくれ。」


越志さんと私が話している間に、想輝様はスタスタといってしまった。


「あぁ…待ってください、想輝様。そんなに急がなくても時間に余裕はありますよ。

…まったく素直じゃないなぁ。」


最後の方は小さい声で呟いていたので、越志さんがなんと言っていたのかよく聞き取れなかった。

越志さんは去って行く想輝様から再び私へ視線を戻すと、別れの挨拶を告げ、急ぎ足で想輝様を追いかけていった。


(想輝様はさようならの挨拶もなしか。随分と嫌われているみたい。)


想輝様は私にはこんな態度だが、家臣や侍女たちにはとても気を配る君子だ。

みんなからの評判も厚い。

しかも、顔も整っていて、あちこちから縁談の話が持ち上がっていると聞く。


(でも、それらは全て断っているみたいだし。意中の人でもいるのだろうか?まぁ、私には関係ないことだ。お役目も終えたし、必要なものを買って帰ろう。)


私は基本的に生活必需品などの必要なものは、祭事の帰りに買うことにして、なるべく里から出ないようにしている。

里の者は、私が出歩く事をよく思っていないのだ。


我々導神族は、島を南北に走る川で囲まれた場所に里を作り生活をしている。

私は、その集落の端にある林の中にポツンと建てられた小屋で生活している。

元々両親と住んでいた屋敷は今や叔父一家が住んでいる。

その家は代々長の家だったが、彼らが住んでいることに、里の者達は、特に疑問の言葉を発することはなかった。

そんないつもと変わりない里の様子を横目にしながら家へと帰る。

空は茜色に染まり、日が暮れようとしていた。

買った荷物を置き、私は簡単に夕食を済ませることにした。


(今日はいつもより疲れが残っているな。陛下に皇子、越志さんと久しぶりに会ったからだろうか。)


ちょっとした体調不良なら、ゆっくり眠れば良くなるはずだ。

今夜は早めに寝ることに決めた。

早々に布団に横になると、私は瞬く間に眠りに落ちていった。


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