拒絶する世界(2/3)
翌日。
3限目の授業が終わった直後、教室の窓ガラスが――音もなく、割れた。
パリン、と乾いた破裂音すらなく、ただ、ガラスが“ひび割れた状態で存在していた”。
「……今の、聞こえた?」
「何も。割れたのに、音がないっておかしくね?」
騒ぐクラスメートたちの中で、僕と朔は同時に立ち上がった。
「……異界因子がにじんでる」
朔の目が鋭くなる。
僕の中の“喰らったもの”も、何かを警戒してうずいていた。
現場に駆けつけると、そこには一人、倒れた女生徒と――
何もいなかった。
それなのに、教室の空気は確かに重く、揺れていた。
何かがこの場に“存在した痕跡”だけが、強く残っている。
「……おかしい。ここまで強いにじみなら、怪異が残っているはずだ」
朔が低く言ったそのとき。
ふと振り返った先に、いた。
「……柊?」
窓際で、まるで他人事のように腕を組みながら立っていたのは、柊真澄だった。
「……あれ?どうかした?なんか騒がしかったけど」
その表情は、いつも通りの柔らかさだった。
まるで――何も感じていないかのような。
「お前……あの怪異、見えてなかったのか?」
「怪異……?」
真澄は一拍置いて、こう言った。
「……“気持ち悪い気配”みたいなのはしたけど、すぐどっか行っちゃったみたい」
そう言って、肩をすくめた。
その瞬間、僕と朔は目を見合わせた。
「……あれは、近づけなかったんだ」
朔が呟いた。
「異界は、柊真澄を“拒絶した”。いや、正確には――あいつが、世界そのものを拒絶しているんだ」
その日の放課後。
校舎の階段下で、ふたたび異界のにじみが起こった。
黒い水のような気配が床から這い出し、廊下を飲み込もうとする。
「っ、くそ……!」
湊が喰らおうと動いた瞬間、朔が封印札を投げた。
だが、影は止まらない。にじみは“空間ごと”歪めてくる。
――そのとき。
「よっと。何してんの?」
声と共に、階段を降りてきた柊真澄が、ふらりと“にじみ”の中心へと足を踏み入れた。
瞬間。
影が、溶けた。
バチッという音と共に、怪異の気配が一斉に霧散する。
世界が、文字通り“拒まれた”。
「……今、何が……?」
朔が呟いた。
僕は、呆然と立ち尽くしていた。
あの空気。
あの沈黙。
怪異たちは、柊真澄の前で――跪いたようにさえ、見えた。




