継がれし記憶(3/3)
「喰われる前に、喰え。……そうだったろ?」
あの言葉が、脳裏に焼きついている。
昨日、僕の中で何かが目覚めた瞬間の記憶。
「くそっ……!」
目の前の怪異が口を裂き、何かを呟いた。
それは言葉じゃなかった。音の羅列でもない。
“記憶そのもの”を直にぶつけてくる、そんな錯覚。
過去の僕が、教室の隅で蹲っている。
机の中に死んだ虫を入れられ、笑われ、名前を呼ばれず、
誰にも助けを求められなかったあの頃の僕が、そこにいた。
「やめろ……」
僕は叫んだ。喉が焼けるほどの声で。
「僕の記憶は、僕のものだ……! 二度と喰わせてたまるかッ!」
その瞬間、手が勝手に動いた。
掌から、あの黒い“喰らうもの”が伸びる。
触手のようなそれが、怪異の首元に突き刺さり、
肉を、影を、声を――そして記憶を、喰らい尽くしていく。
ぐちゃり、ぐちゅり。
耳障りな音が響く中で、僕は静かに目を閉じた。
「……ようやく、自分で喰ったな」
朔の声が背後から届いた。
気づけば、校舎の中は元に戻っていた。
夕焼けの光が差し込み、靴箱はただの鉄と木の物体になっていた。
僕は、へたり込んだまま尋ねる。
「なあ……これ、終わりがあるのか?」
「あるさ。
ただし、俺たちが“終わらせる”なら、の話だ」
朔の言葉に、僕は頷くしかなかった。
帰り道。
風が吹いて、僕の耳元で誰かの声がした。
『また喰ったな。少しずつ、うまくなってきた』
僕は答えなかった。
答えるのが怖かった。
次の日、教室で天城晃が言った。
「……昨日さ、俺さ、夢ん中で誰かが俺の中覗いてた気がすんだよな」
その言葉を聞いて、僕の背中が一気に冷えた。
振り返った天城は、笑っていた。
まるで、何も知らないままの“普通”の顔で。
……でも、あれは本当に“無知”の笑顔だったんだろうか。
第2話「継がれし記憶」、ご覧いただきありがとうございました。
今回は、もう一人の主人公・久野瀬朔の本格登場回でした。
次回は、第3の主人公が登場します。
異界が最も恐れる、“何も持たない”少年の物語をご覧ください。




