継がれし記憶(1/3)
怪異を喰ったことで、僕の“輪郭”が少しずつ変わりはじめた。
それは強さなのか、それとも壊れていく兆しか。
教室の空気が、ぐにゃりと歪んだ気がした。
窓際の席に座っていると、風もないのにカーテンが揺れた。
誰も気にしていない。でも、僕にはわかる。あれは“空調のせい”なんかじゃない。
昨日からだ。
怪異を――いや、あれを“喰って”から、世界の輪郭が変わって見えるようになった。
自分が今、どこにいるのか。
誰に見られているのか。
目に見えない“誰かの意志”が、空間の端に染み出しているような、そんな感覚。
それは、きっと僕が“こっち側”に来てしまった証拠なんだ。
「……やべ、まただ」
前の席から聞こえた声に、我に返る。
天城晃が、ノートを開いたまま天井を仰いでいた。
「最近さ、変な夢見るんだよな。
影に引っ張られて、どこか真っ暗な場所に落ちていく。
……んで、そこで誰かが笑ってんの」
さらりと、そんなことを言う。
僕は言葉を失った。
“それ”は、まさに僕が昨日、飲み込まれかけた時に見た光景と同じだったから。
なのに――
「で、起きると、意外とスッキリしてんだよな。なんなんだろ」
ケロッとした顔で笑う天城が、僕にはいちばん、怖かった。
放課後。
誰もいない校舎裏で、僕はまた“それ”を見た。
黒いシミのようなものが、壁に染みついている。
見る角度を変えるたびに、形が歪み、広がり、うごめいている。
まるで、何かが“にじみ出して”いるみたいに。
「動くな」
突然、背後から声がした。
振り返ると、そこに立っていたのは――あの少年。
昨日、僕を助けてくれた、無表情な奴。名乗っていた、あの名前……
「……久野瀬、朔……だっけ」
「覚えていたか。なら話が早い」
朔はゆっくりと前に出ると、ポケットから黄ばんだ御札を取り出し、
その“染み”に向かって投げつけた。
札が触れた瞬間、壁の中から獣のような唸り声が漏れた。
「開きかけていたな。封じておく」
彼の足元に、白くうねる“影”が広がる。
それは霧のようで、獣のようで、何かの手のようでもあった。
「おい、それ……なんなんだよ。あんたの能力か?」
「……俺じゃない」
朔は短く言った。
「これは、誰かの“記憶”だ。俺はそれを借りているだけだ」