喰われる前に喰え(3/3)
「動け」
その声は、僕の背後からだった。
少し低くて静かな声。なのに、心臓を叩かれたみたいに全身が震えた。
ゆっくりと振り返ると、そこには一人の少年が立っていた。
制服の襟をきっちり留めて、冷たい目でこちらを見ている。
「……誰?」
「誰かは関係ない。お前は、もう“こっち側”だろ」
僕は答えられなかった。
けれどその少年は、僕の隣を通り抜け、怪異に向かって足を踏み出す。
「封じるか、喰うか。お前はもう選んだ。なら――」
少年が懐から取り出したのは、ぼろぼろの御札のような紙片。
それを空中に放ると、黒い霧が周囲に渦巻いた。
怪異の影が霧に引きずり込まれ、悲鳴のようなノイズを発して消えていく。
僕はその場に崩れ落ちた。息ができなかった。手が震えていた。
「……なんだよ、今の……」
少年は僕の前に立ち、目を細める。
「お前が最初に喰ったやつ。あれは、開門に必要な“印”だった」
「印……?」
「そして、天城晃の中にはもう“三つ目”がある。奴が覚醒する前に、止める必要がある」
天城――?
あいつが何か、関係している……?
理解できないまま、僕は問う。
「お前……誰なんだよ」
少年は、ほんのわずかに口角を上げて、言った。
「――久野瀬朔。
そして、お前と同じ“接触者”だ。
ようこそ――こっち側へ。」
第1話、ご覧いただきありがとうございます。
基本的に1話を3分割し、18時、20時、22時にわけて投稿していきます。
普通の少年が“異常”に触れたとき、
その異常を取り込むことで自分自身が歪んでいく――
それは強くなることでもあり、壊れていくことでもあります。
次回、第2話「継がれし記憶」、
突如現れた少年、久野瀬朔の正体に迫ります。
どうか、最後までお付き合いください。