夢の外、世界の底(3/3)
夜、自宅の洗面所で顔を洗った。
まだ頭の奥で、見知らぬ人たちの記憶がぐるぐると回っている。
誰の名前もわからない。
だが、すべてが俺の中に沈み込んでいるのを感じる。
「……はぁ……」
息を吐き、鏡に映った自分を見る。
俺は、一体何を見ているんだろう。
その瞬間――鏡の中の俺が、笑った。
俺は笑っていない。だが、“そいつ”は確かに口元を歪めて笑っていた。
『やっと気づいたのか、天城晃』
鏡の中の俺が、喋った。
「……誰だ、お前」
『お前は最初から、ただの器だった。
他人の記憶を受け入れ、怪異を呼び寄せ、異界を繋ぐ門となるためだけの――』
「違う……」
『違わない。お前をそうしたのは、“彼ら”だ』
「……彼ら?」
鏡の中の俺が、ニヤリと口元を吊り上げる。
『喰う者、継ぐ者、拒む者。
彼らが生み出した因果を、お前はずっと押しつけられてきたんだよ』
頭の奥で記憶がフラッシュする。
教室で怯える空閑。
静かにこちらを睨む久野瀬。
そして、何も繋がらない笑顔の柊。
「嘘だ……あいつらが、俺に何かしたって言うのか……?」
『お前自身が知っているはずだ。
なぜ彼らが“力”を手に入れたとき、お前だけが“何もなかった”のか』
その言葉に、俺は動けなくなった。
何かが、俺の中で崩れていく。
鏡の中の俺が最後に言った。
『この世界のノイズは、お前じゃない。
――彼らだったんだよ』
そして、鏡の像はゆっくりと元に戻った。
そこに映っているのは、いつもの俺。
けれど、もうそれを俺とは思えなくなっていた。
「……じゃあ、俺は、誰なんだよ……」
呟いた問いに、誰も答えなかった。
第5話「夢の外、世界の底」、ご覧いただきありがとうございました。
今回初めて天城の視点が登場しました。
次回、第6話「交錯する因果」