夢の外、世界の底(2/3)
放課後の教室には、俺と柊だけが残っていた。
窓から差し込む夕焼けが、教室の中をぼんやりと赤く染めている。
俺は思い切って柊に尋ねた。
「なあ、柊。お前、昔から俺のこと覚えてるよな?」
柊は、ゆるく微笑みながら頷いた。
「うん。当たり前じゃん。天城晃は、最初からここにいたよ」
最初から、ここに。
その言葉は不思議な安心感をくれるはずだった。
だが、逆だった。俺の中に、静かな恐怖が広がった。
「……俺、本当に俺なのかな」
つい漏らしたその言葉に、柊は一瞬だけ目を細めた。
「じゃあ、誰だと思うの?」
その問いは、あまりに無邪気で、あまりに鋭かった。
柊の笑顔が、やけに白く見える。
俺は言葉を失った。
答えが出ないまま、その問いだけが頭の中で繰り返されていた。
――じゃあ、俺は誰なんだ?
帰り道。街はやけに静かだった。
気がつけば、通行人もいない道に立っている。
足元が滲んでいるのに気づいた時、すでに視界は歪んでいた。
「あ、やべぇ……」
それは“にじみ”だった。
空閑たちが戦っている、“あれ”が俺の目の前で現れた。
でも、今日のそれは、少し違った。
異界は街を飲み込みながら、俺を中心に静止しているように見えた。
「……やめろ」
自分でも驚くほどはっきりと、そう口にした。
その瞬間、にじみが止まった。
まるで俺の言葉を待っていたように。
そして次の瞬間、街を覆っていた霧が一気に俺に吸い込まれる。
「ぐ……う……」
意識がぶれる。
俺の中に、いくつもの記憶が流れ込んできた。
泣いている子供、怒っている老人、笑う女性――すべて見知らぬ人間の記憶だ。
全身が震えた。立っているのもやっとだった。
「……なんだよ、これ……」
でも、俺はその意味をわかっていた。
これが、俺の役割だとでも言うのか――?