追跡者と追われる者(2/3)
その怪異は、人の形をしていた。
でも明らかに“人ではない”のは、動きだった。
関節が逆方向に曲がる脚、ぶら下がった首、
擦れたようなノイズだけを吐き出す口。
「あれ、喋ってないか……?」
よく耳をすませば、確かに言葉のようなものが混じっている。
「……来る、あれは拒絶者……“拒む者”……に、近づけば……」
そして真澄が、何気ない足取りで近づいた瞬間。
『ひ……あ゛あ゛あああアアアアアアァァ……!』
怪異が悲鳴を上げた。
全身が震え、煙をあげながら、粉々に霧散していく。
まるで――真澄の存在そのものが、“毒”だったかのように。
僕は、声を出せなかった。
あまりに一方的で、あまりに静かな死だった。
「……真澄、今のって……」
「え?あ、近づいたら勝手に消えちゃった。逃げてたから、止めようと思っただけで……」
首を傾げて微笑むその姿が、いちばん、こわかった。
そのとき、空間が“割れた”。
まるで怪異が残した“記憶の断片”が逆流するように、
廃工場の空気がぶわっと歪んでいく。
「記憶の渦が漏れ出している……!」
朔が札を構えるが、押し返される。
「くっ……湊、今のお前なら、喰えるか!?」
「試すしかねぇだろ……!」
僕は叫びながら、闇の中心へ突っ込んだ。
頭の奥で、何かが囁く。
——あれはかつて、人間だった。
名前を呼ばれず、忘れられ、怯え、そして“記録”になった怪異。
それを、僕は喰う。
悲鳴ごと、痛みごと、記憶ごと。
周囲の空間が安定しない中、朔が封札を重ねる。
「“封止せしは名なき記録、永久に静謐へと還れ”!」
結界が収束し、記憶の霧が薄れていく。
だが最後の断片が残った。
怪異の“残響”が空間に滲む。
「お前たちではない……あの白いのが……“喰えない”から……逃げた……」
真澄が、一歩、踏み出す。
その瞬間、異界空間が完全に崩壊した。