追跡者と追われる者(1/3)
怪異とは、ただの化け物じゃない。
恐怖、記憶、誰かの声――
それらが積み重なり、形を成した“存在”だ。
その“声”は、夢の中で聞こえた。
——来る。拒絶者。殺される。
逃げろ。逃げろ。逃げろ。逃げろ。
誰の声でもない。
でも、苦しげに、怯えたように、何かが叫んでいた。
僕はその声に引きずられるようにして、闇の中を漂っていた。
その奥に、“何か”がいる。
言葉のない、存在そのもののような……圧。
目を逸らそうとしたその瞬間、視界の隅に白い制服が揺れた。
——柊、真澄……?
そこで、目が覚めた。
登校中、天城がいつもの調子で話しかけてきた。
「なあ、空閑。最近、自分の声で喋ってるのに、“自分じゃない気がする”ことない?」
「は?」
「いや、マジで。なんかさ、自分が喋ってるんだけど、
“言葉の出所”が違うっていうか……昨日とか、『開門の時は近い』とか寝言で言ってたらしくて」
「……それ、どこ情報」
「母ちゃんが録音してた。やべーだろ、俺」
ケラケラと笑う天城の横顔を見ながら、僕は背筋に冷たいものを感じていた。
自覚はない。
でも、確実に“何か”が進行している。
天城晃の中で。
放課後、朔から連絡が入った。
「商店街裏の廃工場に、強いにじみの痕跡がある。来られるか」
僕と真澄は現場へ向かう。
そこには確かに、“異界の濃度”が残っていた。
「……いる」
朔が呟く。
僕の中の“喰った何か”もざわめき始める。
廃工場の影から、白い人影がひょこりと現れた。
「っ……!」
思わず身構えた。
だが――その怪異は、逃げ出した。
まるで、僕らが何か“恐ろしい存在”であるかのように。
「……逃げてる?」
「……いや。違う」
朔が低く言った。
「“真澄から逃げてる”んだ」