3.手のかかる友(翔子)
「ふふふ」
「え、何? 怖いんだけど」
「翔子さんが来てくれてよかった。律子さん、私が来た時からこの調子なんだよね……話しかけても会話にならないし」
仕事を終えてバーに立ち寄れば、スマホを眺めてニヤニヤする律と、困惑しながらその様子を見ている真尋、苦笑するママという状況に遭遇した。え、何事?
「えぇ……ママ、何か知ってる?」
「昨日、ひなちゃんが来ていたでしょ? それで、連絡先を交換してもらったみたいで」
「え? 連絡先の交換だけでこんなになるの? 付き合ったとかじゃなくて? ポンコツじゃん」
ママが教えてくれて、真尋が信じられない、という表情で呟いた。私も同じ気持ち。
「律、昨日はあの後どうしたの?」
「ふふふ、かわいいなぁ。予定通りで大丈夫、と」
……律は大丈夫じゃないわね。残念な美人とは律の事かしらねぇ……
「はぁ……律、聞こえてる? りつ?」
「あれ、翔子? いつ来たの?」
「……少し前にね。それで、昨日はあの後どうしたの?」
「昨日は、ひなに連絡先を教えてもらって、今度ご飯に誘うねって約束をして解散した」
「……え?」
あれ、別人? 本当に律?
「律子さんって、本命にはこんなに奥手になるんだ……」
「ひなちゃんに告白とかは?」
「いや、そんなの早すぎるでしょ。ちゃんと、手順を踏まないと」
「あれ、律子さんってもうひなさんと寝てないっけ……?」
なんだろう、この噛み合わない感じ。これ、大丈夫? 律の気持ちってちゃんと伝わってるの? そのうち、盛大なすれ違いが起きる気がする……
「ひなはどんなお店が好きかな」
「聞いてみなさい」
「あんまり連絡するとウザがられない? しつこいって思われないかな」
「律子さんもそういうの気にするんだね」
「……そう思うなら接待とかで美味しかったところにしたら」
「そうする。色んな所に連れて行ってあげたいな。確かこの前行ったのは……」
……面倒くさい。
スマホで何やら調べ始めた律は放っておきましょう。
「翔子さん、お疲れ」
「真尋もね」
「律さん、だいぶ浮かれてるね」
「まぁ、数ヶ月越しに念願叶ったわけだし……とはいえ色々心配しかないわね」
「翔子さんってほんと素直じゃないよね」
律とは長い付き合いだし、本命ができたのなら応援したい。
律の事だから、心配しなくても次に会う時には付き合った報告でも聞けるでしょう。顔は抜群にいいし、黙っていれば知的美人だし、行動力も決断力もあって懐が深い。こんな事、本人には絶対言ってあげないけど。
ああはなりたくないけれど、幸せそうな様子が少し羨ましいな、と眺めながらお酒を流し込んだ。
*****
それなりに時間は過ぎたけれど、律とひなちゃんの仲が一向に進展していないみたい。バーで律と何度か合っても、毎回ご飯に行っているという報告を嬉しそうにされるのみで、お友達関係のままとしか思えない。
これはやっぱり脈ナシってこと? 律が押さないわけないし、ひなちゃんは何か心配な事があるのかしらね……
連絡をしても返信なんてしてこないし、こっちが心配しているのにほんと律は……
あんなに浮かれていた律は残念だけれど、こればかりは仕方がない。慰めるのが面倒だけれど、自棄酒には付き合ってあげましょう。
「ひなちゃん、いらっしゃい」
「こんばんは」
ママの声に振り返れば、ひなちゃんが入ってきた所だった。これは、話を聞くチャンスなのでは……?
「ひなちゃん、良かったら隣に」
「ありがとうございます。お邪魔します」
「久しぶりね。何度か来ていると聞いていたけれど、なかなか会えなかったから、今日会えてよかった」
「私もです」
最初の印象が良くなかっただろうから少し心配だったけど、ひなちゃんが笑いかけてくれてほっとした。苦手意識を持たれているかもな、と思っていたから。
「律は今日も残業かしらね」
「きっとそうですね。毎日忙しくしているみたいです」
律の名前を出してみれば、少し表情が曇った。やっぱり、ダメな感じかも……律、残念ね……
「ひなちゃん、最近律とどう? 連絡先を交換できたって浮かれてたけど、進展はあった?」
「どう……連絡はまめに取りますし、何度かご飯に連れて行ってもらいました」
律から聞いていた通り、それ以降進展はしていないみたいね。なにか気になっていることがあるなら、助けになれるかもしれないし少し探ってみましょうか……
「恋人関係ではないのよね?」
「ないですね」
「そう……律と最近会えてなくて。連絡しても返さないし。嫌だったら黙秘してくれていいんだけど……その、再会以降は身体の関係はないのよね?」
「はい。初めて会った日だけです」
出会いを知っている私にだからか、抵抗なく答えてくれた。進展はないだろうと思ってはいたけれど、改めて聞くとやっぱり信じられない。今までの律と違いすぎる。自分から連絡先を聞いて、食事に何度も付き合ってくれる子に何もしていないなんて。まさか、気持ちはちゃんと伝えているんでしょう?
「信じられない……あの律が? え、再会して2,3ヶ月くらい?」
「そのくらい経ちますね。もう私に興味がないのかもしれません……」
あー、これは律が全面的にダメなやつだ。脈ナシなわけが無い。こんな表情をさせるまで気が付かないとか、ほんっと……
「はぁ……律は何をやってるんだか……ひなちゃん、ちょっと電話してもいい?」
「はい」
盛大なため息を吐いてしまったけれど、これはもう仕方がない。仕事だったとしても、出るまでかけるし、なんなら職場に向かってもいいかもしれない。
律、早く出なさいよ……!