1.出会い(律子)
更新再開します。全6話、お楽しみいただけたら嬉しいです。
「あー、疲れたぁ……ママー、いつもの」
「りっちゃん、そんな状態でいつものなんて大丈夫?」
「だいじょーぶ」
ヘロヘロになってバーに立ち寄って、カウンター席からいつもと同じものをオーダーすれば、心配そうな返事が返ってきた。そんなに飲むつもりはないし、全く問題ない。
「律子さん、今日も遅いね」
「もうさー、先輩が人使いが荒くて」
「あー、社長さん? おつかれ」
「真尋優しい……あれ、そういえば翔子は?」
「翔子さんなら、あっち」
「うわぁ、めちゃくちゃ可愛い子と居る……はぁー、もうちょっと早ければなぁ」
視線の先には、茶色の髪をふわふわに巻いたフェミニンな子と翔子の姿。本当にタイプが似ていて嫌になる。
「律子さんと翔子さん、ほんと好きなタイプ同じだよね。確か強気な子も好きなんだっけ?」
「そう。似すぎて嫌になるよ。真尋はあんまり被らないよね」
「私は好きになった子がタイプだからね」
さらっとそんなことをいう真尋は実際に範囲が広いし、笑顔が可愛いから年上からの人気が特に凄い。まだ20代なのに、末恐ろしい。
「……真尋ちゃんが1番危険よね。はい、りっちゃん」
「ええ……ママ、私は律子さんと翔子さんほど遊んでないよ?」
「……遊んでるのは否定しないのね」
「翔子と一緒にしないでくれる?」
翔子と同じにされるのは納得いかない。
「翔子さんも前に律子さんと一緒にされたくないって言ってたよ。似たもの同士だね」
「はぁ……さいあく」
ニヤリと笑いながら翔子と同類だと言われてため息がもれた。
「ママ、2人分これで。律、来てたのね」
「翔子。可愛い子は?」
「お手洗い。この後一緒に出るわ」
「えー、いいなぁ」
「遅かったのが悪いのよ」
翔子がカードをママに渡して、ひとつ席を空けて座った。悔しいけど、スマートだし美人なんだよなぁ。私より少し背が高いから、多分170ちょっとくらいの身長に、羨ましいほどスタイルが良い。露出高めだけれど、いやらしくない。そして、凄くモテる。スタイルは全然敵わないけれど、人気なら負けていないと思う。
「じゃあね」
ぺこり、と頭を下げた可愛い子の腰を抱いて、翔子が出ていくのを見送った。
「あ、呼ばれたから私も行くね」
「ほどほどにね」
少しして、メッセージが届いたらしいスマホを手に、真尋が席を立った。
「大丈夫。このお姉さんは本命がいるから」
「ねぇ……それは大丈夫でいいの?」
「真尋ちゃん、刺されないようにね?」
カードを受け取りながら、ママが心配そうに言えば、その辺は大丈夫、と可愛らしい笑顔で笑った。真尋が一番タチが悪いような……
「りっちゃんは今日はどうするの?」
「んー、もう少し飲んで、気になる子がいなければ帰る。明日も早いし」
誰かと真剣に付き合ったのなんて、いつが最後だろう。その場限りの付き合いは気楽だけれど、このままずっと独りなのかな、って寂しくなる時がある。あと数年で40才になるし。
1人で生きていけるだけの経済力はあるし、なんなら相手も養える。
いつか、ずっと一緒に居たいと思える相手に出会えるのかな……
「ママ、同じのー」
「りっちゃんにもいつか現れるわよ」
「……え、声に出てた?」
「出てた」
うわー、恥ずかしい。どこから? 翔子と真尋が居なくて本当に良かった。
結局、いい子には出会えなくて、遊ばずに家に帰った。
仕事に追われる日々で癒しが欲しくて、外出後直帰してバーに立ち寄れば、まだ時間が早いからいつものメンバーはいなくて、カウンターに1人座っているだけだった。
2つ隣に座って髪を解けば、ちょうどこちらを見ていたのか目が合った。意志の強そうな目に引き込まれる。笑いかければ、微笑み返してくれた。多分、20代後半から30代前半くらいで、私とは10歳までは離れていないと思う。
前髪ありのセミロングで、髪色は明るめのモカブラウン、毛先は巻いていてとてもよく似合っている。綺麗にネイルをしていて、相性は良さそうだと確認ができたし、一緒に過ごせたら嬉しいけど、誘いに乗ってくれるだろうか。
「すみません、同じものをお願いできますか」
「ひなちゃん、お酒強いのねぇ」
「もう少し弱い方が可愛げがあるのですが」
ママとの話が途切れた頃に注文をする配慮も、少し低めの落ち着いた声も好ましい。
「ひなちゃん、っていうの?」
「あ、はい。りつさん、ですか?」
「そう。隣いい?」
「はい」
ママとの会話で、名前を知ったから呼んでみれば、反応は悪くなかった。私の名前も、ママとの会話から覚えてくれていたみたいで嬉しくなる。
「このお店は初めて?」
「はい」
「お酒強いんだね。顔に出ないタイプ?」
「そうですね。りつさんも強そうですね」
「ふふ、どうかな」
お酒に弱いふりをしないところも、素を出している感じでとてもいい。
「次の1杯は奢らせて。何がいい?」
「え、ありがとうございます……」
メニューを渡せば、落ち着かなそうに視線をさ迷わせていて、遊び慣れていない感じかな?
「この後は時間あるの? もう少し一緒にいたいな」
注文したお酒をお互い飲み終える頃、このまま解散は嫌だな、と声をかけてみる。軽い感じになってしまったけど、返事を待つ間がすごく長く感じる。
「いえ、特には」
「出ようか」
即答ではなかったけれど、次の誘いを受けてもらえる余地はありそうで良かった。2人分支払いをして、バーを出た。
いつもなら自然と抱き寄せたり腕を組んだりしながらホテルへ向かうけれど、なぜか出来なかった。
もう少し一緒にいることを受け入れてくれて、バーでは遊んでいる感じでは無かったのに、ホテルにも、抱かれるのにも慣れているようでちぐはぐだった。
時々懐かしむような、寂しそうな表情をしていて、きっと忘れられない人が居るんだろうと察したけれど、今日会ったばかりの他人に触れられたくはないだろうと気が付かないふりをした。
身体を許されたのに、なんだか無性に悔しい。
「ひな、また会える? 連絡先を聞いてもいい?」
「えっと……すみません。私あまりマメに連絡を取るタイプじゃないので……今日はありがとうございました。では、おやすみなさい」
「そっか……またね。おやすみ」
めいいっぱい優しく抱いて、次はもう少し踏み込めたら、と考えていたのに、次の機会は与えられなかった。断られたのは私なのに、苦しそうな顔をするのはどうして? 私はちゃんと、なんでもないように振る舞えただろうか?
一夜限りの相手に縋られるなんて、困らせるに決まっているから。
心より先に身体の関係を持って、対応を間違えたと気づいても、もう遅い。どれだけ経験があったって、何の役にも立たないな……