6.身体だけじゃなく心も
朝、目が覚めて自分の部屋じゃないな、と周りを見渡して、すぐに律さんのお家に泊まったんだ、と思い出す。隣にはもう律さんはいなくて、寂しい。律さんの寝顔を見たかったな……
今何時だろう、とスマホを見れば、もう9時を過ぎていた。え、アラームは??
初めてのお泊まりだというのに寝すぎてしまって、呆れてないかな、と不安になった。
「律さん」
「ひな。おはよう。身体大丈夫?」
「はい……遅くまで寝ちゃってすみません」
「ううん。私が無理させたんだし……休みなんだもん、もっと寝てても大丈夫だったよ。歯磨きしたらここにおいで」
リビングのソファでくつろいでいた律さんは、穏やかに笑って、昨日と同じように隣においで、と呼んでくれた。
「ひな? 朝から可愛いね。どうしたの?」
顔を洗って歯磨きをして、間隔を空けずに律さんの隣に座って寄りかかれば、肩を抱き寄せてくれた。……慣れてる。
「起きたら律さんが居なかったから、くっついてます」
「ごめんね」
ちょっとモヤっとしたけど、それには触れずに寂しかったことを伝えれば、即座に謝ってくれた。そもそも、私が起きなかったのが悪いのに優しい。
「いえ、私が寝すぎたのが悪いんです。すみません」
「ううん。付き合って初めての朝なのに、寂しい思いをさせたのは私が悪い。……ずっと寝顔を見てたら襲っちゃいそうで」
襲っちゃいそう……? 嫌ではないけど、朝からはちょっと大変かも。私がもう無理って言っちゃったせいもある?
「……昨日足りなかったですか?」
「……あー、そうだね、足りなかったかな。でも、満たされた。それは信じて欲しい」
気まずそうに視線を外した律さんは、少し唸って、正直に答えてくれた。
昨日見た律さんの腹筋はうっすら綺麗に割れていたし、体力をつけようと誓った。
「ひな、今日はどう過ごす?」
律さんが用意してくれていた朝ごはんを一緒に食べて、昨日と同じように分担して洗い物を終え、またソファに戻ってきた。
肩を抱き寄せてくれて、もうずっと前からこうしているような安心感がある。
「律さんは普段のお休みはどう過ごしているんですか?」
「私? 私はジムに行ったり、溜まった家事をすることが多いかな」
「律さん、ジム通ってるんですか……」
あの綺麗な腹筋が見えちゃったりするの? 律さんに惹かれてる人が絶対居るに決まってる。恋人がハイスペックすぎる……
「平日は難しいから、休みの日だけね。ひなも興味ある? 体験できるから、今度一緒に行く?」
「行きます」
「おお……早いね。一緒に行こう」
誘ってもらえたから食い気味に返事をすれば、一緒に行こう、と約束してくれた。
「律さん、スポーツウェアってどんなやつ着てるんですか?」
「どんな……んー、見てみる?」
「はい」
律さんについて行けば、寝室のクローゼットを見せてくれた。そこには、スポーツブランドのタンクトップとTシャツ、長ズボンが数枚入っていた。
「こんな感じ。好きなのあれば、良かったら貸すよ。質感とか好みもあるだろうから、触ってみる?」
「ありがとうございます。この色、可愛いですね。でもちょっと短くないですか……?」
ライトブルーのタンクトップを手に取って、ベッドに腰掛けて身体に当ててみれば、お腹が丸見えになる短さだった。これ1枚ではとても着られそうにない。
まさかこれ1枚でジムになんて行ってないよね?
律さんを見上げれば、息を飲んで、目を逸らされた。
「……っ、ひなに似合うと思うよ。リビングに戻ろっか」
「……律さん?」
私が持っていたタンクトップをしまって、戻るように促してくる。視線は一向に合わない。なにが律さんを刺激したのかは分からないけど、そういうこと?
「律さん」
「なぁに?」
「その……もしかして、そういう気分になっちゃいました?」
「ひな、勘弁して。1日ベッドで過ごしたくないなら、戻ろう……っ!?」
行くよ、と歩き出した律さんの手をとって指を絡めて、親指で撫でてみる。効果があったようで、立ち止まって振り返った律さんは余裕のない表情をしていた。
「ひな、今日も泊まって?」
腕枕をしてくれている律さんが頭を撫でてくれながら、甘い声で問いかけてくる。
「はい。もう動きたくないです」
「ごめん」
「いや、私が誘ったので……体力つけます……」
誘われてくれた律さんを怒るとか、そんな理不尽なことはしない。昨日足りなかった、と正直に教えてくれていたから、律さんが性欲強めなのも分かってたし。
ただ、私の体力が無さすぎるだけ。私だと足りない、って思われないかな……律さんモテるし。
「誘っても、気分じゃない時は断ってくれていいからね? 他で発散する、とか絶対しないから」
不安になった私の表情から察したのか、律さんが先に断言してくれた。
「なんで分かったんですか?」
「不安そうな顔してた」
「律さんはモテるって聞いたので心配で」
「……翔子から?」
「翔子さんからもですけど、会社でもそう聞きました」
「会社? 最近は会社でモテたことなんてないけど……」
どうやら最近は会社で人気がある自覚がないらしい。色々浸透して直接アタックする人がいないだけだと思う。会社以外でモテるのはちゃんと自覚してくれているみたいで良かった。
「ひなの方こそ、可愛いんだから気をつけて。誘われたら、断ること。しつこい時とかは、嫌じゃなければ私の名前を出して」
「分かりました。律さんがいるので、って言いますね」
「え……」
私がすんなり了承したからか、律さんが固まった。
「自発的には言わないですけど、聞かれたら答えます。それでもいいですか?」
「……っ、もちろん」
見上げた律さんは、目が潤んでいた。喜んでくれて、私も嬉しい。
まだ付き合ったばかりだけど、誠実に対応してくれる律さんとなら、どんなことだって乗り越えられる気がした。
律さんの腕の中で、一方通行じゃなくお互いに想いあっている幸せを感じながら、過去に思いを馳せる。もしもあの子と会うことがあれば、幸せだって伝えよう。
届かなかったからこそ、当たり前じゃない、愛し合える幸せを実感しているから。
「律さん、大好きです」
「ひな……私も。ひなが好き。ずっと一緒に居てね」
「おばあちゃんになっても一緒にいましょうね」
「ふふ、嬉しい」
隣で優しく笑う律さんと、思い出を積み重ねていこう。身体から始まった関係だけど、今は心もちゃんと繋がっているから。
お読み下さりありがとうございました。本編(ひな視点)は完結となります。少しお時間をいただき、律子+α視点を投稿予定です。ご興味があれば、引き続きよろしくお願いいたします。