5.お泊まり
律さんのお家にお邪魔する日、会社から一緒に移動したら目立つからと時間をずらしての移動を提案された。律さんとしては、恋人になったと知られるのは大歓迎ってことだったけど、私のことを考えてくれて、1度家に帰ってお泊まりセットを持って、律さんのお家に向かうことになった。
オートロックを開けてもらうために部屋番号を押せば、律さんの声がして、すぐにドアが開いた。緊張するし、階段で心を落ち着けるか……でも時間がかかって待たせちゃうしエレベーターにしよ。
「ひな」
「え……律さん」
エレベーターのドアが開けば、迎えに出てきてくれた律さんがいて、にっこり笑ってくれた。危な……階段を選ばなくて良かった、とホッとした。
それにしても、スーツじゃない律さんが新鮮だし、ゆったりとしたセットアップがよく似合っていて、バーにいる時同様に、髪は解いていた。
美人は何を着ても似合うなぁ、と緩む頬を引き締める。
「こっちね」
「お迎えありがとうございます」
「ううん。駅まで行けなくてごめんね」
「近かったし、全然大丈夫でしたよ」
「どうぞ」
玄関を開けてくれて、まず広さに驚いた。律さんに続いて部屋に入れば、リビングもキッチンも広くて、とても綺麗に片付いている。
「気になる?」
「あ、すみません」
「ううん。どこでも好きに見て」
キョロキョロしていたら、他の部屋も案内するね、とくすりと笑われた。そんなところも気を許されているみたいで、嬉しい。
「お腹すいてる? ご飯食べられそう?」
一通り案内してもらって、リビングに戻ってくれば、律さんから夜ご飯を食べられるかの確認をされた。時間的にも、ちょうどいいくらい。
「食べたいです!」
「はは、可愛い。食べよ」
律さんがご飯を作って待っていてくれると言ってくれて、凄く楽しみにしていた。なんでもスマートにこなしそうだけど、苦手なことってあるんだろうか?
それにしても、律さんってすぐに可愛いって言うよね……
「美味しいです」
「良かった」
ちょっと心配そうに私が食べるのを見ていた律さんだったけど、私の言葉に、安心したように笑って律さんも食べ始めた。
「律さんって苦手なことあるんですか?」
「苦手なこと……? 一人暮らしも長いし、一通りの事は出来るかな。ひなもそうじゃない?」
2人で洗い物をしながら、さっき気になったことを聞いてみれば、大抵の事は出来るとの返事が返ってきた。
「確かに、そうですね」
「あ、でも虫は無理」
「あぁ、虫……」
「嫌すぎて、中層より上は絶対条件だった」
心底嫌そうにする顔も新鮮で、ひとつずつ律さんのことを知れて嬉しい。
「ひな、なんで笑うの?」
「いや、可愛いなって」
「ひなの方が可愛いよ」
「……律さんって、可愛いって沢山言ってくれますよね。みんなにそうなんですか?」
「……え? そんなに言ってる? 自覚はなかったけど、ひなだけだよ」
「……っ」
自覚がないようで、首を傾げる律さんに頷けば、甘い声で私だけだと返ってきた。突然色気ダダ漏れになるのやめてもらってもいいですか?
「ひな、お風呂入る?」
「あ、律さんが先で……」
「私は後からで。それとも、一緒に入る?」
洗い物が終わったばかりの少し冷たい手で頬を撫でられて、親指が唇に触れた。
「……っ、1人で大丈夫です! お借りします!」
「ふふ。タオルは出してあるから。シャンプーとか、なんでも好きに使って」
「はい」
律さんに抱かれるのは初めてじゃないのに、あんな風に触れるから、急に意識してしまった。
家にお邪魔してから、律さんが全然触れてくれなかったのは、触れたら我慢できなくなるからなのかな、ってさっき律さんの目を見て気づいた。あのまま目を閉じていたら、この後の行先はお風呂ではなく、ベッドだったと思う。
逃げるように浴室に来て、有難く色々と使わせてもらう。律さんと同じものを使って、纏う匂いが同じになっていくようで嬉しいけど、恥ずかしくもある。
普段より丁寧に身体を洗って湯船に浸かれば、ちょうどいい温度で少し緊張がほぐれた。
持参した一番可愛いと思うルームウェアを着て、髪を乾かしてスキンケア用品で保湿をする。肌に合わないこともあるから、スキンケア用品は持参した。あと歯ブラシセットも。
「律さん、お風呂ありがとうございました」
「ひな、凄く可愛い。おいで」
律さんはソファに座ってテレビを見ていて、褒めてくれた後に隣に呼んでくれた。
「水かお茶、好きな方飲んでね」
「いただきます」
事前に用意してくれていたのか、テーブルにはコップに入った水とお茶が置いてあった。水を選べば、律さんはお茶のコップを手に取った。
「ひな、もう歯磨きした?」
「あ、はい。しました」
「ん。お風呂入ってくるから、先に寝室行ってて」
「はい。あ、律さん」
私が飲み終わったのを確認して、立ち上がる時に頭を撫でて、コップを2つ持ってキッチンへ向かう律さんを呼び止めた。
「洗っておきます!」
「いいの?」
「任せてください」
「ごめんね、ありがとう」
キッチンにコップを置いてから、洗面所に行った律さんを見送って、キッチンへ。洗って拭いたあとに戻す場所が分からないことに気がついた。寝室で待ってるのも緊張するし、ソファで待ってようかな。
「あれ? ひなどうしたの?」
「コップの戻し場所が分からなくて」
「ああ。ごめんね。開けてよかったのに。ここの上に置いてくれる?」
お風呂上がりの律さんがまだリビングにいる私を見て不思議そうに首を傾げる。メイクを落とした律さんは柔和な印象を受ける。そして肌が凄く綺麗。私が律さんくらいの年齢になった時、同じくらい保てているだろうか……
「はい」
「ありがとう。よし、行こ」
指定の場所にコップを置いて、律さんに手を引かれて寝室へ向かう。触れた手から、心臓の音が届いてしまうのではないかと思うくらい、ドキドキしている。
寝室に入って、律さんがドアを閉めた。
「ひな、おいで」
先にベッドの上に腰掛けて、入ってすぐで止まっていた私に笑いかけて、隣をぽんぽんして呼んでくれる。余裕があって、ずるい。
明日は何時に起きようか、なんて話しながらスマホのアラームをセットして、ゆったりした時間を過ごす。律さんが頭を撫でてくれて、寄りかかれば可愛い、とまた言ってくれた。
「ひな、こっち向いて? キスしたい」
「ん……りつさ……」
甘い声で求められて、見上げればそっと唇を重ねられた。最初は触れるだけだったのに、すぐに翻弄されて息が上がる。初めてした時も思ったけど、律さんはキスが上手い。
「ひな、好きだよ」
「……っ、私もです」
「はぁ、可愛い……もっと可愛いひなをいっぱい見せて?」
目に手を当てて少しの間下を向いていた律さんが顔をあげれば、大人の色気が溢れていた。
「りつさん……」
「ひな、ごめん。できる限り優しくするから」
なんで謝るんだろう、と不思議に思ったけれど、すぐに唇が重ねられて、律さんの手は素肌に触れていた。
「律さん、ごめんなさい……もう無理です……」
「うん」
どれだけの時間身体を重ねていたのか分からないけれど、限界を伝えれば、キスをしてくれて律さんが起き上がった。後処理をしてくれて、下着も履かせてくれようとしたからそれは断れば、残念そうにされた。
「身体、辛くない?」
「大丈夫です。でも、すぐにでも寝られそうです」
「寝ちゃっていいよ。おやすみ」
優しく口付けが落とされて、律さんが起き上がったからどうしたんだろうと思って見ていれば、眼鏡を外してヘッドボードへ置いた。素顔は少し幼く見えて、ギャップにときめく。
「眼鏡……」
「え? ああ。見たこと無かったか」
「なんか、嬉しいです」
「ん?」
「普段とは違う律さんを見られる特別感があって」
「ひな……あんまり可愛いこと言うと、寝かせてあげられなくなるよ」
「……っ、寝ます! おやすみなさい!」
「ふふ、本当に可愛い」
勢いよく寝ることを告げる私に、律さんは楽しそうに笑っていた。