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2.電話越しの

 転勤してきて3ヶ月が経過して、生活にも随分慣れてきた。仕事内容が違ったらもっと慣れるまで時間がかかっただろうから同じで良かったな、としみじみ思う。


 あれから、律さんとは1度も会っていない。秘書経由で届いた書類で日高律子さんというのだと知った。名前を見るだけで、心がざわつく。

 もし話すことがあれば、名前を呼ばないように気をつけないと。


「坂本主任、日高部長から交際費についてのお電話が入っているのですが、担当が打ち合わせに入っていまして……」

「日高部長ですか……対応するので回してください」

「ありがとうございます」


 考えていたその人からの電話に、深呼吸をした。一応グループをまとめる立場を任されているから、一通り頭に入っている。


『お待たせいたしました。坂本と申します』

『経営企画部の日高です。急ぎで交際費について確認させていただきたくて……こちらで大丈夫ですか?』

『ご連絡をありがとうございます。詳細お伺いさせていただきます』


 電話越しの声は丁寧で落ち着いているけれど、一緒に過ごした時間とは比べ物にならない程硬い。

 私の名字は知らないだろうし、電話の相手が私だなんて分かっていないだろう。

 今日も担当秘書とこちらの担当が不在だから直接繋がったけど、相当珍しい。


『ありがとうございました。助かりました』

『いえ。また何かあればご連絡ください。坂本が承りました』

『……下の名前をお伺いしても?』


 もしかして、気付いてた?


『……坂本ひなと申します』

『やっぱり……やっと見つけた』

『……っ』


 一気に甘くなった声に身体が熱くなる。その声は反則……律さん、どこから電話しているの? フロアからだとしたら、その声は出してはいけないと思います……それに、やっとって探してくれていたの?


『今日は遅くなる?』

『いえ、そこまでは』

『バーで待ってるわ。来てくれたら嬉しい。それじゃあ、また』


 私の返事を待たずに切られた電話に頭を抱えた。

 どうしよう……


「あの、坂本主任、日高部長から無理難題でも……?」

「あぁ、ごめんなさい。大丈夫」


 電話を転送してくれた佐藤さんが心配そうに声をかけてくれたけれど、誘われた、だなんて言えなくてヒラヒラと手を振って誤魔化した。



「坂本主任、休憩中にすみません。午前中は日高部長の件を対応して下さってありがとうございました」

「いいえ。領収書再発行になるからギリギリになるかもしれないけれど、秘書から届いたら処理をお願いします」

「はい。あの……」

「どうかした?」

「坂本主任、もしかして日高部長からプライベートなお誘いを受けましたか……?」


 昼食を食べて席に戻れば、先に戻ってきていた交際費担当の秋田さんがわざわざお礼を言いに来てくれて、何か言いたげに口ごもっていて促せば、声を潜めて確認された。


「……どうして?」

「仲良くしていただいている先輩が日高部長を尊敬……いや崇拝? しているんですけど、日高部長が午前中に電話で社員を誘っていたらしいって興奮していて」


 律さんっ!? あの電話、席からだったんですね……なんか気になる単語はあったけれど、聞かなかったことにしよう。


「……私ではないわね」

「そうでしたか……」


 なんでちょっと残念そうなの? 女同士よ?


「経営企画部の半分くらいは席を外していたみたいですが、席にいた人たちは時が止まったようだった、って。日高部長ってプライベートな誘いには一切乗らないって有名で。飲み会も、私がいると気を使うだろうから、ってお金だけ渡すらしいんです。そんな方なので、それはもう話題になっていて」

「話題に……」


 本当に何をしているんですか律さん……


「坂本主任と日高部長がもしかしてそういう関係に……!? って思ったので我慢できなくて聞いちゃいました。すみません」

「いえ、それはいいけど……女同士よ?」

「え? あ、坂本主任は異動されてきたのでご存知なかったんですね」

「何を?」

「日高部長、恋愛対象は女性です」

「っ!?」


 ちょっ、アウティング……!?


「あ、すみません。これは日高部長が許可されてまして周知の事実です。日高部長は社長が直々に引き抜いてきた方なんですが、その……社長の愛人だとか、その、身体を使って、とかっていう噂が広まってしまったことがあったそうで……振られた人からだったみたいなんですけど。ご本人たちが否定されても、1度広まってしまうとなかなか消えなくて……噂の出所が判明して、相手と話をした時に恋愛対象は女性だと伝えたら、今度はそれを広められちゃって……その人は処分を受けたのですが、それ以降にもナルシ……いや、向上心の高い人からのアピールだったり目に余ることが何度か起きて、知らない人がいて話題が出たら教えていい、とのことです。男女共に人気は高いのですが、先輩からの情報だと、特定の方とお付き合いされているという話は聞きません」


 私の表情に気づいて、あわあわと弁明してくれた。

 律さん、カミングアウト済み、というかされたんだ……

 やっぱりモテることを確信するとともに、こんなにも話題になるなんて、律さんと関係を持ったことがあるなんて知られたら大変な騒ぎになるのは間違いない。

 さて、今日の夜はどうしよう……


「そうなんだ」

「そんな日高部長が誰かを誘っていたなら、きっと女性だと思うんです。いつも遅くまで残るのに、今日はサインが必要な書類があれば定時までにって連絡したらしく、誰かと会うのは確実です」

「それも先輩情報?」

「はい! 経営企画部全体で、日高部長に定時で帰ってもらおうって一致団結しているらしいです。なんかそわそわしちゃって」

「そう……」


 律さんが部下といい関係を築いているようで、なんだか嬉しかった。


「もうお昼休憩終わっちゃいますね。お時間いただいちゃってすみませんでした」

「ううん。ありがとう」

「午後も頑張りましょう!」


 バーに行くかは別として、落ち着かないだろうから早く仕事を終わらせよう。

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