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第八話 山頂の攻防2

 燃え上がるテント。

 連鎖する悲鳴と怒号。

 血に染まる剣。

 だれもがわかっていたことではあるが、山頂に布陣した叛乱軍は全滅の危機に瀕していた。

 いくら地の利があったとしても、そもそも兵力差がありすぎる。

 まして女子どもだけしかいないのだ。

 戦闘開始から五時間が経過して、なお陥落していないのは奇跡といっていいほどである。

 むろん、この奇跡にはちゃんと種が存在する。

 山頂に蓄積された物資までを武器として使用する事によって戦線を維持し、王国軍の進入経路を限定することによって防御戦をしやすくしているのだ。

 ティアロットのアイデアである。

 叛乱軍のベースは補給基地としての性格を持っているため、武器にできそうなものがいくらでもある。

 そして、一カ所の防御に粗と密の部分をあえて作り、敵の攻撃しやすいポイントを用意してやる。

 これだけの兵力差だ。

 四方八方から同時多発的に攻撃などされたら、たまったものではない。

 突破できそうな場所を用意してやれば、敵は自ずとそこを攻撃する。


「勝ち戦こそ、人は命を惜しむものじゃ。

 勝てるとわかっているのにわざわざ危険を冒す馬鹿はおらぬからの」


 勝利が近いと思えば無理をしなくなる。

 その点を突いたティアロットの計算は、じつは前例がある。

 魔軍の攻撃を受けた王都アイリーンを、ときの赤の軍司令官ガドミール・カイトスは、この戦法で護りきったのだ。


「とはいえ‥‥そろそろ限界じゃのぅ‥‥」


 防衛ラインは散々に食い破られ、現在、前戦と本陣の距離はゼロである。

 冒険者たちも全員が戦っている有様だ。


「ファイアボール!」


 アナスタシアの魔法が敵兵をまとめて吹き飛ばす。

 手加減をしている余裕はない。

 全力の攻撃だ。

 だが、魔法と魔法の繋ぎ目に隙ができる。

 襲いかかる剣。


「きゃっ!?」

「大丈夫かっ!

 サーシャちゃん!!」


 駈け寄ったイスカが敵の顔面に拳を叩き込んだ。


「なんとか、ね」

「あんま無理すんなよ」

「イスカこそ」


 背中合わせになって戦う恋人たち。

 奮戦だ。

 だが、それでも劣勢は覆らない。

 当然のように。


「‥‥君たちは逃げなさい」


 唐突に。

 唐突に、ジョシュアが言った。

 叛乱軍の士官が、はっきりと敗勢を意識した瞬間である。

 遅すぎる、というべきだろうか。


「西に退路ができた。

 ここは私たちが引き受けるし、そもそも君たちは無関係なのだから」

「おいっ!

 なにいってんだいまさらっ!!」


 怒鳴るカールレオン。


「お兄ちゃんたち。

 ありがとね」


 ミハイル少年が笑顔を向けた。

 透明な、哀しいほど透明な笑顔。

 敵に突入してゆくジョシュアに、少年も続く。

 決死だ。

 比喩ではなく。


「やめろ小僧っ!」

「だめっ!

 あの人たちの意思を無駄にしちゃダメっ!」


 追いかけようとするカールレオンにしがみつくシェルフィ。

 後を追ったとしても死ぬだけだ。


「けどよっ!」

「聞き分けなさいっ!」


 音高く、カールレオンの頬が鳴る。

 シェルフィの小さな手が殴りつけたのだ。

 彼らが稼いでくれたわずかな時間を、一秒たりとも無駄にするわけにはいかない。


「生き残ってる人たちを連れて脱出するの。

 急いで」


 ここにきても、シェルフィは希望を捨てたわけではなかった。

 せめて、残存兵力だけでも生き延びさせよう。

 戦闘開始から五時間以上が経過している。

 もしかしたら援軍は近くまできているかもしれない。


「あそこじゃ。

 あの一点を突けば崩れるじゃろう」


 視線を向けられたティアロットが、にこりともせずに応える。

 彼女もまた、退却の契機をはかっていたのだろう。

 なお戦場に留まろうとする仲間たちを促し、紡錘陣形を取らせる。

 錐形陣形と並んで、最も突破力があるといわれる陣形だ。


「行くぞ!」


 先頭に立って突っ込んでゆくイスカ。

 弱い部分といっても、こちらより数はずっと多いのだ。

 攻撃力の高い彼が先陣に立たなくてどうするのか。

 脱出を企図する叛乱軍と、絶対に逃がすまいとする王国軍。

 力が拮抗するが、すぐに一方が崩れ始める。

 未練を残すように振り返ったスピカ。

 その瞳が見たものは、首を刎ねられ穂先に掲げられるジョシュアとミハイルの生首だった。

 声もなく涙が流れる。

 これが戦なのだ。

 ひとつの理想は、吸血鬼の軍団よりも多くの血を要求する。

 理想に賛成するものと、反対するもの。

 双方の血を。




 結局、叛乱軍のベースを占拠した王国軍は戦略上の目的を果たせなかった。

 物資のほとんどが燃やし尽くされていたからである。

 しかも、占領直後に現れた叛乱軍主力に蹴散らされ、王国軍随一の将帥であるシリスター将軍を失うに至る。

 これによって、アリーズ動乱の勝敗の帰趨は決定したといって良い。

 勝利の余勢をかった叛乱軍は王都に攻め上って、城下の盟を誓わせる。

 足かけ九年に渡ったアリーズ動乱の終幕であった。

 そしてアリーズ王家は、一族郎党すべて処刑された。

 なかには五歳の幼児もいたのだが、叛乱軍‥‥アリーズ共和国軍と改名された‥‥は、粛正の手を緩めることはなかった。

 王国軍がおこなった蛮行が、最も残虐な復讐によって繰り返されたのである。

 王族の処刑が済んだ後、アリーズは共和国と称して再出発することなる。

 初代元首は、ゴルン・サイデル。

 かつてルーン王国の騎士だった男だ。

 彼は強力な指導力によって叛乱軍をまとめあげ、辛く苦しい戦いの末にアリーズの膿をすべて吐き出させた。

 その功績が民衆に認められたのである。

 さらにゴルンは中央大陸のルアフィル・デ・アイリン王国と友好条約を結び、鉱物資源の優先的な輸出を決める。

 この一事だけでも彼の名を不朽のものとするに十分であろう。

 アリーズに空前の富をもたらすから。




「アイリンとアリーズにとっては、めでたしめでたしじゃな。

 しかし、ルーンにとってはどうじゃろうな」


 呟いた少女。

 読んでいた新聞を丁寧にたたんでカウンターにおく。


「まだまだ平和にはならぬようじゃな」


 見出しには、


『ルーン王国の不義を糾す』


 という文字が躍っていた。

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