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第六話 アリーズ王国

 西方大陸へと向かったメンバーは八名である。


 フィランダー・フォン・グリューンの弟であるカールレオン。

 その幼なじみのシェルフィ・カノン。

 武闘家のイスカと、その恋人と目されているアナスタシア。

 プリーストのスピカ。

 魔術師のアレクとティアロット。

 錬金術師のアロス。


 魔法戦力が主体だ。

 カールレオン、シェルフィ、イスカ以外の全員に魔法の心得がある。

 これは、むろん偶然の結果ではない。

 スペルユーザーというものは、どこへ行ってもたいてい優遇されるからだ。


「流しの傭兵としては、売り込むチャンスが多いほど良いからね」


 アナスタシアが言う。

 ちらりとティアロットが横目で見やった。

 不敗の名将カイトスの姪だけあって、なかなかシャープな戦術眼を持っている。

 だが、まだ甘い。

 アリーズに渡ったのち、たしかに魔法戦力を持つ彼らは重宝されるだろう。

 王国軍にせよ叛乱軍にせよ、喉から手を出しても欲しがるはずだ。

 つまりそれは、不用意に目立つことになる。


「魔法を使えるものがいるのは、隠した方が良かろう」


 ぶっきらぼうな口調が、子どもらしい声に似つかわしくない。


「なんでだよ?

 サーシャちゃんの作戦に文句でもあんのか?」


 さっそく噛みついてくるイスカ。

 ちなみにサーシャとはアナスタシアの愛称である。

 まあ彼は、彼女の言うことならばだいたいは肯定するのだ。


「ただの観光客ということにすれば、目立たなくて良いかもしれません」

「内戦やってる国に観光?」


 スピカの言葉にシェルフィが苦笑を浮かべた。

 赤面するプリーストの少女。

 傭兵団として潜入するのが一番目立たない。

 その点はティアロットも認めているのだ。

 ようするに魔法が使えるものがいるというのを隠したいだけだ。


「切り札の数は、多いほど良いものじゃからな」


 ということになろうか。




 冒険者たちが最初に訪れたのは、アリーズ王国の王都ブラッルーである。

 この都市の人口は一五万ほど。

 むろんアイリーン賑わいには遠く及ばない。


「でっけー田舎町だな」

「舗装が悪くて歩きづらいんだけど」


 口々に文句を言うカールレオンとシェルフィ。

 ふたりとも幼少の頃からアイリーン暮らしだから、これがたとえばセムリナパレスやルーンシティでも似たような感想を持ったことだろう。


「アイリーンがむしろ異常なのじゃ」


 ティアロットが苦笑を漏らす。

 世界の中心だの花の都だのと称えられる街が、あちこちにあってはたまらない。

 人口一〇〇万以上というのは、かつて中央大陸全土を支配したイェールの帝都サマルカーンに迫る数字なのだ。


「なんでしょう‥‥?

 あれ‥‥?」


 きょろきょろしていたスピカが街角を指さす。

 人山ができていた。


「立て札が出てるみたいだな」


 気軽に、イスカが近づいていった。

 なんにせよ、いまは情報を集めるのが第一義だ。

 何度もアナスタシアに言われているのだ。

 この時点で、冒険者たちの目的は、まだはっきりしていない。


「アリーズ王国に潜入せよ」


 ただそれだけが、依頼主からの指示である。


「だいたい、ミスターXって名前も、気絶するくらい怪しいんだけどね」


 肩をすくめるシェルフィ。

 普段なら、そんな怪しい人物からの依頼など絶対に受けない。

 彼女だけでなく、軍学校の同級生であるカールレオンも同じだ。

 ところが、この仕事に従事する連中と一緒に行くように、フィランダー大佐から命令されたのだ。

 学生とはいえ上層部の命令は絶対である。

 あきらかに渋々ながら、二人は冒険者たちに同行した。


「気にしない気にしない」


 ごく気楽に言って、アレクが両手を頭の後ろで組む。

 なにか隠してるな、と、ティアロットは直感したが、口に出してまで追求することはしなかった。


「どうせ、いずれわかることじゃからな」


 簡単に見切る。


 このあたりの胆力は、常勝将軍すら認めている点である。


「公開処刑だってよ」


 そのティアロットの耳に、不快な言葉が飛び込んできた。

 単純刑事犯を公開処刑にするという不毛な行為をおこなう国は少ない。となれば、


「政治犯ってことよね」

「そうじゃな」


 アナスタシアの読みに賛意を示す。


「行ってみる?」

「気は進まぬがな」


 この国がどうなっているかを見る良い機会かもしれない。

 魔法使いの少女たちが頷きあった。




「ヒィッ!?」


 小さな悲鳴が、スピカの唇から漏れる。

 凄惨な光景。

 白昼のスタジアム。

 足の腱を斬られた三〇名ほどの子どもたちが転がり、飢えた胡狼ジャッカルどもが襲いかかる。

 生きたまま食い殺されるのだ。


「‥‥‥‥」


 無言のまま観客席から飛び出そうとするイスカ。

 それを抑えるアナスタシアとシェルフィ。

 冒険者たちの多くは人を殺した経験があり、えらそうに人道主義などを唱えることはできない。

 できないが、彼らは人殺しではあっても殺人鬼ではないのだ。

 こんな光景を見せられて、なお平然としているほど人間が腐ってはいないつもりだ。


「蛮族どもめ‥‥」


 押し殺した声。

 ティアロットの瞳に炎が灯る。

 誰にも見えない危険な焔。

 握りしめた拳から、ぽたりぽたりと血が滴る。

 激情のあまり爪が皮膚を突き破ったのだ。

 冷静にならなくてはいけない。

 頭ではわかっている。

 こんな無意味な虐殺を王国が行うのは、ふたつの意味がある。

 ひとつは見せしめ。

 もうひとつは炙りだしだ。

 これによって叛乱軍を呼び寄せて鏖殺する。

 おそらくはスタジアム全体を王国軍が取り囲んでいるだろう。

 観客の中に叛乱軍がいたとしても逃がさないだけの布陣が敷いてあるはずだ。

 しかし‥‥。


「獣にも劣る輩。

 あの世とやらで子どもらに詫びるが良い」


 怒りよりもなお凄みのある笑みを浮かべて立ち上がる。

 計算も打算もくそ食らえだ。

 と、そのとき、誰かがティアロットの手首を掴む。

 仲間の手、ではなかった。

 あどけなさの残る少年だ。


「友達のために怒ってくれてありがとう。

 でも、いまはダメ」


 小さな声。

 震えるのは怒りのためか。

 哀しみゆえか。


「‥‥ぬしは?」


 大きく息を吐き出して、ティアロットが訊ねた。

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