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第五話 真相

 セラフィン・アルマリックの持ち帰った情報は、さほど多くはない。

 時間的な制約があったからだ。

 だが、有能な地質学者がたったひとつの岩石から過去に起こった出来事を明確に読みとることができるように、優秀な情報機関は断片的な情報から様々のことを察知できる。

 だからこそ、どの国も情報の統制に腐心するのだ。

 そして、半月以上に渡る作業の末、ルアフィル・デ・アイリン王国は、九年前から現在に至る裏の事情をほぼ正確に掴むことができた。

 アリーズ王国の叛乱。

 それは、まだ終結したわけではない。

 もちろん大規模な戦闘がおこなわれているわけではないが、アリーズ王国南部の山岳地帯には未だ鎮圧されない叛乱勢力が残り、ゲリラ活動を続けている。


「ここまでは良い」


 報告書に目を通しながら、花木蘭が呟く。


「しかし九年に及ぶ抵抗ですか‥‥感心しますね」


 腹心のフィランダーが、感想を漏らす。


「常識的に考えて、そんなことは不可能だ」


 ちらりと横目で部下を見遣り、女将軍が言う。


「そうですね‥‥」

「そうですね、ではない。

 常識的に不可能なことがどうして可能になったのか。

 そのあたりを考えてみろ」

「というと?」

「ゲリラたちを支援するものがいる、ということだ」

「何者でしょうか?」

「あのなぁ。

 少しは自分の頭を使え。

 支援するということは見返りが期待できるということだろうが」

「うぅん‥‥ゲリラに支援して何の得があります?

 彼らがいずれアリーズの支配者になると思っているのでしょうか?」


 常識的な見解を示すフィランダー。

 その目前に、報告書を差し出す木蘭。


「上から五番目の数字。

 アリーズがルーンにした借金の推移だ」

「‥‥これは‥‥」

「このまま事態が推移すれば、遠からずアリーズは丸ごとルーンの管財人に抱え込まれるだろうよ」

「ですね‥‥しかし、これがゲリラとどう結びつくんです?」

「犯罪がおこなわれたとき、それによって最も利益を得るものが犯人だというな」


 婉曲的な言い回し。

 一瞬の時差をおいて、フィランダーは理解した。


「まさかっ!?」


 そして理解は戦慄へ直結する。

 女将軍は語っているのだ。

 ゲリラを支援しているのはルーン王国だ、と。

 つまりルーン王国は、アリーズ王国と叛乱ゲリラの両方を支援しているということになる。

 何のためにか。


「叛乱が長引けば長引くほど、ルーン王国に対する債務が増えてゆく。

 数年後にはアリーズはルーンの一部になっているかもしれんな。

 まったく見事な算術だ。

 対外戦争をすることなく領土を広げられる」


 女将軍の苦笑。


「まさか最初からルーンはそのつもりで‥‥」

「さあな。

 そこまではわからぬよ」


 穿った見方をすれば、アリーズの叛乱自体をルーン王国が仕組んだと考えることもできる。

 だが、そう決めつけるだけの根拠はない。

 状況証拠だけなら、いくらでもあるが。

 ルーン王国は、アリーズ王国が誇る鉱物資源を欲しがっていた。

 それは中央大陸で最も小さい国に、空前の富をもたらすから。

 その富をもって、ルーンはバール帝国との間に戦端を開き、二五〇年来の悲願であるデュワーヌ大河以東の領土を取り返すつもりなのかもしれない。


「老将、渡河を叫び、むなしく過ぐる二〇〇有余年、というやつだな」

「バートランドの嘆きですか‥‥」

「かの名将が存命だったら、このことを是とするかな」

「むしろ嘆くかもしれませんね」

「ふたたび戦乱を招くというのであれば、嘆きのひとつも出ような」

「どうなさるおつもりです?」

「手をこまねいて見ていては、バートランド将軍の霊に申し訳が立つまい」


 木蘭が腕を組む。

 白皙の美貌の下で、めまぐるしく思考が巡っていた。

 このまま静観すれば、ルーンはアリーズという補給拠点を手に入れるだろう。

 そしてそれは新たな戦乱の火種となるし、中央大陸の軍事バランスも崩れてしまう。

 なんとか阻止したいところだが、あまり表だって動けば内政干渉になる。

 ルーンのアリーズに対するやり方は好きにはなれぬ。

 しかし、嫌いだからやめろというわけにもいかない。

 厳しい言い方になるが、利用されるアリーズ王家の方が悪いのだ。

 こういうときに民草を守るのが王家の役割というものなのだから。


「‥‥なるほど。

 それでか‥‥」

「どうしました?」

「ゴルンとやらいう男が、アイリーンにきた理由さ。

 わかったような気がする」

「というと?」

「だから、すこしは自分で考えろって」

「不敏なる身には‥‥」

「まあ良い。

 ようするにこういうことだ。

 ゴルンはルーンの無法をやめさせたかった。

 だから、アイリーンを訪れたのだ」

「???」

「わからぬか?

 この暴挙を止めるには一つしか方法がない。

 つまり」

「つまり?」

「アリーズ王家でも叛乱ゲリラでも良い、どちらかが勝ってしまうことだ」


 にやりと、女将軍が笑った。

 どちらかが勝利を収め、国内が安定してしまえば、ルーンは支援のしようがなくなる。

 だからこそ、ゴルンはアイリン王国に足を運んだ。

 終わらせるために。

 それは、自分たちの敗北でも良い。


「木蘭将軍やカイトス将軍なら、後を上手く処理してくれる。

 というわけですか‥‥」

「買いかぶられたものだな」

「でも、やる気なんでしょう?」


 くすりとフィランダーが笑う。

 口でなんだかんだいっても、この女将軍は民衆を見殺しにできない。

 それがたとえ縁もゆかりもない土地の民であっても。

 常勝将軍とたたえられる女性は、そういう人物なのだ。

 見透かされた木蘭が、心底嫌そうな顔をする。

 この日はじめて、彼は上司から一本取ったのである。




 暁の女神亭。

 王都の一角にある酒場兼宿屋には、多くの冒険者が集う。

 国家に属しているものは少なく、フリーハンドで動ける者たちである。


「みんな揃ってる?

 良い仕事をもってきたよー」


 扉を開けたセラフィンが、開口一番そんなことを言った。

 集中する視線。

 新たなる戦いの幕が、静かに開いてゆく。

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