第二話 名臣と呼ばれた男
ゴルン・サイデル。
かつてルーン王国に仕えていた騎士である。
しかも、最強をうたわれるルーンナイトのひとりだった。
「まあ、どこの国でもそーゆーんだけどね」
「青の軍しかり、氷の牙しかり、かい?」
テオドールの反問に、セラフィンが苦笑で応えた。
どんな国家だって、自国の最精鋭部隊が最強だと喧伝する。
うちは弱いんですよぅ、などという国は滅多にないだろう。
ただ、そういう部分を差し引いてもルーンナイトは強い。
「正直、一対一なら青騎士より強いかもね」
「ほう?」
青騎士とは、青の軍に所属する騎士のことである。
ルアフィル・デ・アイリン王国軍の最精鋭中の最精鋭だ。
自信家のセラフィンをしてそこまで言わしめるとは。
思慮深げに腕を組むテオドール。
たしかにゴルンは強かった。
セムリナ公国の正騎士である彼が手も足も出ないほどに。
「問題は、ルーンナイトにまで選出される人物が、どうして指名手配になったのかってところだろうな」
「調べさせてる。
なんかちょっとおかしいのよね」
「というと?」
「ゴルンが騎士位を剥奪されたのは九年前。
そのころ何があったか知ってる?」
「九年前‥‥アリーズの動乱かな?」
「ご名答。
あれにはルーンが介入したんだけど、派遣された軍のリーダーが」
「ゴルンだったわけか」
「そう。
記録によればルーン軍は大勝したことになってるんだけど、彼は騎士位を剥奪されてるわ」
味方が勝ったのに罰を受ける。
あり得ない話ではない。
しかし、
「剥奪された上に指名手配される‥‥たしかにちょっとおかしいな」
テオドールも首をかしげる。
「でしょ?
それにね。
ゴルンって国王から感状をもらったことがないのよ」
「功績を立てたことがないから‥‥じゃないよな。
やっぱり」
感状とは、ようするに主君からの「お褒めの言葉」である。
むろん言葉だけでなく財宝なり金銭なり領地なりが一緒についてくる。
当時のルーン王、エリスタはべつに吝嗇だったわけではない。
「ゴルンほどの男なら余人に勝る働きがあって当然。
それをいちいち称揚するのは、むしろ彼に失礼であろう」
セラフィンがしかめつらしい声を出した。
あまり似合ってはいない。
「と、エリスタ王がいっていたわけか」
「そゆこと」
ふたたび腕を組むテオドール。
国王からそこまでの信頼される人物ならば多少の失敗など不問に付されるのではないだろうか。
ここまで厳しい処置をされているということは、
「よっぽど国王の不興を買ったのね」
「たとえば?」
「反乱をたくらんだとか」
「線としては悪くないと思うけどね。
セラフィン。
どれほど信頼されていたって、たかが一騎士だよ。
反乱を起こせるほどの勢力はないさ」
たとえばテオドールの実家であるオルロー家はセムリナの騎士である。
代々続いているのだから、まず名門といって良い。
そのオルロー家が総力を挙げたとして揃えられる兵力は三〇〇から五〇〇といったところだろう。
とてもではないが国を相手に喧嘩を吹っかけるには桁が三つばかり足りない。
もちろんセムリナとルーンでは事情が異なるだろうが、諸侯や大臣クラスならともかく騎士家の勢力など微々たるものでしかないのは事実だろう。
「そうよねぇ」
「アリーズに派遣されたんだよな。
そっちになにかあるかもしれないな」
「わかった。
そっちも調べさせる。
それにしても」
「ん?」
「ずいぶんご執心だね。
ゴルンって男に」
「なにか気になるんだ」
「妬けちゃうなぁ」
おどけるセラフィン。
恋人が男色に走ったのでなければ、べつに心配するようなことではない。
「じゃあ、ヤキモチついでにゴルン氏と会えるように取りはからってくれないか?」
テオドールも笑う。
「高いよ~?」
「明日、晩飯おごるからさ」
「ワインつく?」
「ワインでもブランデーでも」
「仕方ないなぁ。
買収されてやろう」
「恩に着るよ」
不器用に片目を閉じた青年騎士が、恋人のオフィスを出る。
興味をそそられた。
この時点では、テオドールもセラフィンもその程度の認識でしかない。
それが今後、中央大陸全体を揺るがす大事件に発展するとは、想像の範疇になかった。
神ならぬ身の上とはよくいったものである。