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第十話 ルーン動乱

 ルーン王国の右宰相ゴメルが反乱し、女王エカチェリーナは行方不明となった。

 ニュースは光の速さで大陸全土を駆け抜ける。

 驚愕という双生児を連れて。

 暴挙だが、むろんゴメルには相応の理由があった。

 ルアフィル・デ・アイリン王国がルーンとの同盟を破棄して併呑に動く。

 無責任な噂である。

 しかし、笑殺することは不可能だった。

 実際、アイリンにはそれだけの国力があるし、ルーンの非人道的行為に怒っていることも事実だったから。

 心に闇を抱くものは、常に影におびえる。

 ゴメルの心理のそのようなものだったのだろう。

 思い悩んだあげくの反乱だった。

 とはいえ、いくら王国の実権を握ったとしてもルーン一国でアイリンに対抗することはできない。

 ならば、


「獅子を退けるために狼を招き入れる。

 べつに珍しい話ではないな」


 花木蘭が言った。

 テーブルの上の軍用地図を見つめながら。


「狼‥‥バールですか」


 呟くフィランダー・フォン・グリューン。

 自明の理ともいえる結論だ。

 中央大陸に、アイリンと事を構えても良いと考える国はひとつしかないのだ。

 ただし、バール帝国のガズリスト皇帝は無能でもお人好しでもない。

 ゴメルの意のままに操ることなど不可能である。


「支援の代償として女王の首でも要求したのだろう」

「卵が先か鶏が先か、というところですね」


 いずれにしても、ガズリストとゴメルの利害は一致した。

 ゴメルはバールの支援の元、ルーン王となる。

 バールは新しいルーンを同盟国‥‥実質的に従属国とすることで多大な利益を得る。

 見事な算術だ。


「と、ゴメルは思っているだろうな」

「というと?」

「やつは道化にすぎぬよ。

 ガズリストの野望はそんなに小さなものではない」

「???」

「わからぬか?

 バールは属国を得たくらいで満足したりしないということだ。

 ルーンを完全併合する機会だというのに」

「‥‥まさかっ!?」


 愕然とする青年騎士。

 木蘭の言っていることに気が付いたのだ。

 ゴメルによってエカチェリーナが害されれば、まさに主君殺しである。

 軍事介入の絶好の口実になるのだ。

 そしてゴメルを滅ぼし、ルーンを実効支配する。


「もしそんなことになれば‥‥」

「中央大陸の軍事バランスは崩れる。

 バールの国力は我が国を凌ぐことになろうな」


 そして圧倒的に巨大化した帝国は、そのパワーでドイルを平らげるかもしれない。

 そうなったとき、アイリンは指をくわえてみていることしかできない。

 群雄割拠の時代の到来である。

 手を出すとしたら、今しかないのだ。

 同盟国が攻撃されているとなれば、アイリンは出兵する名目が立つ。


「しかし‥‥今からで間に合うでしょうか‥‥?」


 軍というのは簡単には動かせない。

 編成や補給にかかる時間だってあるのだ。

 現状では北西方面を守る緑の軍三万が動員できる精一杯だろう。

 対して、このときに備えて牙を研いでいたバール軍は、


「ざっと一五から二〇万というところだろう」


 しかも装備も練度もちがう。

 勝算など立てようがない。


「閣下‥‥」

「大丈夫だ。

 手はある。

 それより、そなたには命じておくことがある」


 さらりと木蘭が言った。




 ルーンに向かい、エカチェリーナを救出する。


「行方不明ということは、ゴメルというものの手には落ちていないということじゃ。

 それと、国内にはまだまだ女王の味方が残っておるということじゃろうな」


 フィランダーから計画を聞かされたティアロットが、事態を要約してみせた。

 軽く頷く一同。

 ごく少ない情報からここまで洞察するのは、さすがは女将軍が高く評価する少女である。

 自然とリーダーシップが取れる。

 だが、


「残念じゃが、わしは一緒には行けん」


 寄せられた期待を簡単に裏切った。


「木蘭らしゅうない無茶じゃ。

 あるいは死ぬつもりかの」


 とは、声にはしない言葉である。

 そう感じたのは、彼女が女将軍と近い精神世界を有していることを意味するだろう。

 木蘭は自信ありげに作戦を語ったというが、そんなものは虚勢に過ぎない。

 ルーンに派兵したためバール国内には武力の空白地帯ができている。

 そこを選び抜いた騎兵のみで突破し、ディワーヌ大河を渡河しようとするバール軍の後背を伐つ。

 見事な作戦だ。

 フィランダーが信じたのも無理はない。


「しかし、時間的な制約と距離の壁がある。

 絵図面通りには運ばぬじゃろう。

 むろん木蘭は承知の上じゃろうがな」


 無茶をしないで局面を打開できるのならば苦労はないのだ。

 それができないからこそ、ギャンブルともいえる作戦を立案したのであろう。


「本当はもっとラクして勝つ方法があろうに‥‥」


 認識は苦い。

 バールにルーンを攻めさせ、滅ぼさせた後、おもむろに軍を押し出せば良い。

 バール軍が戦い疲れ、消耗しきったところを叩けば勝算は極めて高い。

 そうすれば、勝利とルーンの国土の両方を木蘭は手に入れることができる。

 先に背信行為をおこなったのはルーンなのだ。

 この機に乗じて併呑してしまっても、少なくともアイリン国内から異論が出ることはあるまい。

 しかし、それができる女将軍でないことは、ティアロットが一番よく知っている。


「いずれにしても、わしは一緒には行けん。

 木蘭の手伝いに行くからの」


 このとき、彼女にはある秘策があった。

 それが上手くいけば、わずかに勝算を高めることができるだろう。


「一割が一割五分になる程度じゃが、な」」


 仏頂面に覚悟を隠す。

 口に出したのは別のことだ。


「人選を済ませたら、フィランダーにもやってもらいたいことがある」




 ルーンへと渡ったのは、アリーズにも行ったイスカ、アロス、カールレオン、リンネと、木蘭やフィランダーの名代としてアイシアという五名である。

 彼らがまず向かったのは、ルーンシティ内にあるリュウジョという名の酒場だった。

 ここは、稀代の大魔法使いオリフィック・フウザーの知人が経営する店で、もしエカチェリーナ女王が無事なら訪れるであろうと予測されていたからだ。

 予測したのは、当のフウザーである。

 ほとんど知られていないことだが、彼はエカチェリーナの知己で、幾度かリュウジョに案内したことがあるという。

 当然、店主であるタティスも女王を知っているということになる。


「えらく薄弱な根拠のような気がするけどな」


 カールレオンが肩をすくめる。


「でも、他に手がかりらしいものがないんよぅ」


 応えるアイシアには、強いドイル訛りがあった。

 さすがに大本営の中ではきちんとした共通語を使うようにしているが、生まれながらの習慣はなかなか抜けない。


「さっさといこうぜ。

 時間もねーんだしよ」


 ややいらついた声で言うイスカ。

 万事に泰然とした彼だが、いまは平静でいられない事情がある。

 というのも、イスカの恋人と目されているアナスタシアがバール軍を食い止めるための軍列に加わっているからだ。

 本当は、彼もアナスタシアと一緒に行きたかった。

 否、彼女を戦場になど立たせたくなかった。

 しかし、


「仕方ないよ。

 叔父さんはバールからの亡命者だし、バールと戦うときには率先してやらないと立場が悪くなるし。

 私だってそうなんだよ」

「‥‥‥‥」

「心配しなくても大丈夫。

 私はガドミール・カイトスの姪なんだよ。

 そう簡単には死なないから」

「‥‥気を付けろよ」


 出発前の会話が思い出される。

 もっと気の利いたことが言えれば良いのに。

 我が事ながら不器用さが恨めしかった。


「はやくこっち片づけて助けに行くからな‥‥サーシャちゃん‥‥」


 心の中。

 愛称で呼びかける。

 仲間たちがリュウジョの扉を開こうとしていた。

 そして‥‥いきなり包囲される!


「くっ!?」


 一瞬の自失から立ち直り、身構えるカールレオンとイスカ。

 アロスも杖を構える。


「ずいぶんな歓迎ね‥‥」


 腰の長剣に手をかけたまま、リンネが呟いた。

 ただ一人動かなかったアイシア。


「私たちは、すべてを解決するためにきましたっ!」


 叫ぶ。

 もちろん具体的なことなど口にしない。

 だが、フウザーの知人だというなら、これで通じるはずだ。

 人並みが割れ、小太りの男が姿を見せる。

 これがタティスなのだろう。


「誰に教わってきた?」

「フウザーさん」

「なるほどな‥‥それにしても、こんなガキばかり寄こすとは‥‥オリーのヤツどういうつもりだ」

「んだとっ!?」


 イスカがいきり立つが、それを制したアイシアが、


「子供の方が都合が良いこともあるんです」


 と言った。

 こくりと頷いたタティスが、不意に片膝を折る。

 人影が近づいてきたのだ。

 見目麗しい少女だ。

 半歩下がったところに女騎士が控えている。

 エカチェリーナ女王だろう。

 思わず見とれるほどの美しさだ。

 カールレオンなどは小さく口笛を吹いたほどである。


「オリーの知人と言いましたね?

 あの方は息災でしょうか?」


 見た目を裏切らない声。

 観賞用の素材としては充分だな、と、いささか失礼なことを考えるイスカ。

 アナスタシア意外は眼中にない彼だった。


「時間がありません。

 マーツ陛下からの国書をお渡しします」


 代表するようにアイシアが書状を差し出す。

 このあたり貴族の娘だけあって、完璧に儀礼に則っている。


「これで、ゴメルを伐つことができますね」


 女騎士が不敵な笑みを浮かべた。

 そのことによって冒険者たちは知ることになる。

 女王がリュウジョに身を隠していたのは単なる雌伏ではなく、タイミングが計られていただけなのだということを。


「では行きましょうか。

 幕を引きに」


 決然と、女王が言った。




 ルーン王宮は、他の国のそれと同じように複雑な構造をしていた。

 もし冒険者だちだけだったら、確実に迷っていたことだろう。


「逆賊ゴメル!

 貴様の野望もここまでと知れ!!」


 謁見の間。

 高らかに宣言する女騎士イブレット。


「狼藉者を斬れっ!」


 ゴメルが命令するが、宰相を取り巻いていたルーンナイトたちは動かなかった。

 雷鳴に打たれたかのように片膝を突く。

 行方不明とされていた女王が現れ、前後の事情を語ったのだから当然だろう。

 もはやゴメルに正義はない。

 無様に逃亡するだけだ。

 むろん、イブレットにも冒険者にも彼を逃がしてやる理由はなかった。

 一緒に逃げたルーンナイトともども、生首となって街門に晒される運命をたどる事となる。

 その際、一四歳になるゴメルの息子をイブレットが斬殺した。


「後味が良くねぇぜ」


 とは、カールレオンの言葉である。

 しかし、冷厳に見えてもこれはこうしなくてはならない。

 どちらにしても王家に弓引いたゴメルは族滅されるのだ。

 後に禍根を残さぬためにも。

 このようにして宰相ゴメルの反乱は幕を閉じたのだが、もちろんそれでバールが手を引くわけがなく、国境のディワーヌ大河では激しい戦いが続いている。

 女王は直ちに勅を発し、ルーン王国軍の全軍を派遣した。

 これでバール軍は退却せざるを得なくなるはずだ。


「サーシャちゃん‥‥無事でいてくれよ‥‥」


 イスカが呟く。

 そのささやかな希望が永遠に叶わないと彼が知るのは、四日後のことだった。

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