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第一話 幕が上がる

 打ち交わされる刃の音。

 閃く剣火。


「くっ!」


 テオドール・オルローが大きく後ろに飛ぶ。

 接近戦に強い彼には希有なことだった。


「次はおれだっ!」


 青年騎士が下がった間隙を埋めるようにイスカという名の少年が間合いを詰める。

 敵は、たった一人だ。

 ただし、並の一人ではない。

 ダークナイト・ゴルン。

 かつてはルーン王国のルーンナイトとして令名をはせた男。

 現在は国際指名手配犯として逐われる男。

 そして、金貨五〇〇枚の賞金首。

 三番目の条件が、冒険者たちを引き寄せることになった。

 花の都アイリーンの一角。

 五人の冒険者がゴルンを包囲している。

 先述のテオドール、イスカの他に、プリーストのスピカ。

 錬金術師のアロス。

 シーフのヨハン。

 もっともテオドールは冒険者ではなくセムリナ公国の軍人であるが、バランスとしては悪くない。

 数の差だってある。

 五対一だ。

 にもかかわらず、彼らは押されていた。


「バケモノかっ! こいつっ!」


 弾き飛ばされたイスカが、それでも元気に立ち上がる。

 彼らはけして弱くはない。

 先の大戦で魔王と対峙したものまでいるのだ。

 弱いはずがない。

 相手が異常なだけだ。


「それだけの剣の冴えをもつ貴公が、どうして悪の道に走る」

「悪とは、誰にとっての悪かな?」


 笑みさえ浮かべたまま斬りかかるゴルン・サイデル。


「くっ!

 はっ!」


 なんとか受け、流すが、テオドールの腕には痛いほどの痺れが蓄積されてゆく。

 強さの格が違う。

 これがルーンナイトの力なのか。

 冷たい汗が青年騎士の背筋を伝った。


「セントウィップっ!!」


 スピカの手から光の鞭がのびる。

 仲間の苦戦を見かねての援護射撃だ。

 それにこの魔法には標的を麻痺させる副次効果もある。

 彼女の選択はけして的外れなものではない。

 動きを封じることで味方が圧倒的に有利になる。

 その考えも間違ってはいない。

 当たれば、の話であるが。

 光の鞭の軌道を読んで、ゴルンが半歩だけ右に移動する。

 とんでもない見切りだが、それだけではない。


「ぎゃんっ!?」


 悲鳴をあげて倒れるアロス。

 まさか仲間に当ててしまうとは。


「ご、ごめんなさいっ」

「謝っている余裕は、ないと思うぞ」

「ぐ‥‥」


 鳩尾に一撃をもらい、力なく崩れ落ちるスピカ。

 圧倒的だ。


「‥‥おかしい」

「なにがだよ?」


 テオドールのつぶやきに、イスカが反応した。

 答えずにゴルンを見つめる。

 なにかがおかしい。

 ゴルンほどの腕の剣士が相手なのに致命傷を負った仲間はいない。

 手加減しているというのだろうか。

 しかし国際指名手配犯が追っ手に手心を加える理由などあるだろうか。


「どうすんだ?

 こっちは三人になっちまったぞ」


 ヨハンが言った。

 愛用のソードケインはすでに折られ、掌ほどの長さしか刃が残っていない。

 一応はナイフも持っているのだが、魔力剣で武装した練達の剣士相手に、そんなものが役に立つとも思えない。


「‥‥ひとつ考えがある」


 言ったテオドールが正眼に構える。

 じりじりと間合いが詰まってゆく。

 そして、強烈な突き。


「遠すぎるっ!」


 イスカの叫び。

 武闘家である彼の目には、テオドールの攻撃のまずさがはっきりと見えた。

 鋭い踏み込みだが、ごくわずかに間合いが遠い。

 これでは、最もスピードとパワーの乗る一点は、ゴルンの喉元より二センチほど手前になってしまう。

 たった二センチ。

 その二センチの距離が致命的なのだ。

 ゴルンほどの剣士ならば、伸びきったテオドールの腕を回避すると同時に必殺の攻撃を叩き込むことなど容易いだろう。


「くっ!」


 仲間が斬殺される姿を、イスカは幻視した。

 だが、


「みごと‥‥」


 乾いた音を立ててゴルンの剣が地面に転がる。

 勝負はついた。

 無言のまま、ダークナイトに切っ先を突きつけるテオドール。

 やがて現れた赤の軍が国際指名手配犯を引き立ててゆく。


「なんなんだ‥‥?」


 いぶかしげに、イスカが見送っていた。


「彼は、自分たちを殺すつもりがなかった。

 だから、隙だらけの攻撃の隙を突くことができなかった」


 呟く青年騎士。

 必ずしも高い勝算があったわけではないが、彼は賭に勝った。

 にもかかわらず、浅黒い顔に浮かんでいるのは疑念だけだった。

 わからないことだらけだ。

 ゆっくりとテオドールの手が、ゴルンの剣を拾った。

 守りの剣。

 人を斬るためではなく、仲間を護るために作られた剣だという。

 ダークナイトと呼ばれる男には相応しくないように思うのは、考えすぎだろうか。

 街は、ただ沈黙している。

 青年の疑問に答えることもなく。

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