都市伝説
初めてのホラーで至らない点も多いと思いますが、よろしくお願いします。
私が小学生だった時、こんな都市伝説を聞いた。
ある電話番号にかけ、そこに憎んでいる人の名前とある数字を言ってそのまま電話を切ると、その人は1週間以内に謎の死を遂げるというものだった。
私も当時は冗談だと思っていた。
そんなことあるはずない、現に試した人もいたが、誰一人として死んだ人はいなかった。
だが、そんな状況が変わったのは、中学校に入学したころからだった……
中学校に上がりたての私は、右も左もわからず時には校舎の中で迷子になることもあった。
通っていた中学の校舎は斜面に建てられたこともあり、3つある建物のうち、南側が5階建て、中央が4階建て、北側が3階建てとなっていた。
それぞれ南と中央が3階と2階部分で、中央と北が1階と地下部分で通路がつながっていた。
下駄箱が中央と北の間の通路部分にあるため、夜になれば北側は真っ暗になっているのが常だった。
4月も終わりにさしかかったころ、私が部活を終わらせ家に帰ろうとしていた時には、あたりはすでに暗くなっていた。
おなかもすいていたし、早く帰ろうとすると、近くで誰かが話している声がした。
普通ならば無視をするところだったが、どうも様子がおかしい。
不審に思い、ちょっとだけ盗み聞きをしてしまった。
すると、聞き覚えのあるフレーズが聞こえてきた。
「333、…さん、666」
それこそ、あの都市伝説そのものだ。
携帯を使って相手を呪うというやり方で、本当に殺せるのかどうかはかなり疑わしいけれど、その時の私は相手の声だけで背筋が寒くなった。
その上、相手が言った名前は私が中学校でできた一番の友人で、親友といってもいいぐらいの仲になっている人だった。
だけど、その時には、その都市伝説自体が眉唾ものだと思っていたから何とも思わなかった。
翌日、彼女の席へ行くと、いつもと様子が違うように見える。
「どうしたの?」
「聞いてよ、昨日ね、怖い夢を見たのよ」
「どんな夢なの?」
私が昨日ことを黙ったまま聞いてみると、彼女は小さな声で言った。
「……白い仮面をつけた黒マントの男が、私の方を見て言ってくるのよ。"君の遊びはここまでだ。さあ、私とともに来てくれ"って。そしたら私の体が徐々に透けてくるのよ。それと同時に、まわりでケタケタ笑う女性が出てきて、"笑う笑わんどっちもいいが、人の人生短きものよ"。ずっと調子っぱずれな声で歌い続けてくるの」
「それって、なんだか怖いけど、結局夢なんでしょ?」
「そ、だから気にしないことにはしてるんだけどね……」
どうしても気にしてしまうという感じだった。
その日の彼女はそんな調子で、多少気分にむらがあってもそれなりに元気だった。
2日目、彼女は学校を休んだ。
私がプリントとかを持っていくと言って、先生に言ったら、袋を渡された。
その中には今日配られた宿題や、保護者の方々へと書かれた連絡のプリントが入っていた。
放課後になりすぐに彼女の家へと向かった。
1月ばかりの付き合いではあったが、すでに互いの家の場所は分かっている。
遊びにも行ったし、遊びにも来てくれた仲だからだ。
インターホンを押すと、中が少し騒がしくなったがすぐに静かになった。
「はい、どなたでしょうか」
彼女の母親が出てきた。
「あの、川守ですけど……」
「ああ、川守さんね、ちょっとまっててくれる?」
「はい」
インターホンから聞こえてきた声もわずかに震えているように見えた。
ドアが静かに開かれると、なぜかきょろきょろと周りを見回す。
「早く、入って」
なんだか普通ではない雰囲気だったが、それでも意を決して入った。
前来た時とは明らかに暗くなっている部屋は、カーテンが閉め切られて、さらに電気も必要最低限しかつけられていなかった。
「あの……」
溜息をついている彼女の母親に、どうやって声をかけていいのか悩んでいるうちに、2階から本人が降りてきた。
「あ……」
昨日よりもやつれた感じの彼女は、明らかに何かに怯えているようだった。
だけど私を見るやすぐに飛びついて来た。
「よかった!」
「何があったの」
急に確実に老けたように見える彼女に聞いてみる。
「幻覚が見えるの…壁から腕が伸びてきて私を捕まえようとしたり、目の前に首吊りのロープが見えたり…それに、声がずっと頭の中で響いてきたり……」
「声?」
「"私と来たら、こうにはならない"とか"ちょっとそこのお嬢さん、あそんでいかないか"とか…とにかく、そんな誘い言葉ばかり。でも、なんだか背筋がツゥって寒くなってきたんだ……」
彼女は私の腕の中でかすかにふるえているのがわかった。
翌日、私が学校へ行くとうわさがたっていた。
小学校の時以来に聞いた都市伝説が、まことしやかに言われているのだ。
本当かどうかは誰にもわからない。
だけど、私だけは、それが本当だと信じている。
この日も彼女は学校に来なかった。
再び彼女の家へ行くと、2階の部屋から出てこようとしなかった。
「えっと、入ってもいいのかな?」
彼女の部屋のドアをノックして聞いてみると、何も答えない。
ノブを握って部屋の中に入ると、クッションが飛んできた。
あわてて頭を下げて避けると、他にも手が届く物をこちらに向かって投げ続けていた。
「やめてっ!こないでっ!あっちいってっ!」
ヒステリックに叫ぶ彼女は、私のことを私だとわかっていないように見えたが、数秒ほどすると、急に緊張の糸が切れたかのように投げる手を休めた。
「あれ…わたし……?」
何をしていたのかがわからないようだ。
「大丈夫?」
さっきまでの集中砲火を避けるために、隠れていた扉から顔だけを出して何もしてこないかを確かめてから、彼女の部屋へ入る。
「私、さっきまで…何を……」
「覚えてないの?」
壁にはさっきの攻撃によって飛んできたもろもろのものが、転がったり割れたりしていた。
ハサミやカッターも壁に突き刺さっている。
「これ、今日の分のプリントとか。私に来たんだけど……」
彼女に手渡すと、彼女は私を必死に引き留めようとする。
「ねえ、今日一緒にいてくれない?」
「えっと…それって帰るなっていうこと?」
私が彼女に聞き返すと、すぐにかぶりを振った。
「さっきのがもしも本物だったら、私はもうすぐ死んでしまうみたいなの…」
都市伝説はどうやら本当らしいと、ここで私も信じるしかなくなった。
「どういうこと?」
「ついさっきまで、ドアの向こう側に悪魔がいたの。333という数字が額に焼印としてついている首がいっぱいあるやつが」
666じゃないのは、本当のものではないのだろう。
それとも、そいつの息子なのか。
「それで?」
私は彼女をとにかくこちらの世界にとどまらせたくて、ずっと話すように促した。
「ドアを開けろ開けろって、爪でドアをカリカリとひっかく音まで聞こえてきた。それが一日中聞こえてくるの、頭の中に直接話しかけられているっていう感じで……」
「大丈夫よ、そんな奴はいないわ」
「それだけじゃないの」
彼女は、私に小包をみせた。
小さなダンボールで梱包された、何の変哲のない小さな箱だ。
「開けてみて」
彼女に言われるがままに、私はその箱を開けた。
中には、藁人形が入っていた。
「呪いをかけられたのね」
できるだけ冷静に言うことを心がけたつもりだったが、声がわずかに震えているのがはっきりとわかった。
「呪い返しとかって、いろいろあるらしいんだけど、どれもあまり意味がなくて…」
「……都市伝説にそっくり」
ひとりごとのつもりだったが、彼女にはしっかりと聞こえていたらしい。
「どんな都市伝説?」
「ある電話番号にかけると、その人を殺すことができるっていうもの。私が小学生のころにはやった些細ないたずらのようなものよ」
「どんな番号?」
「……それは言えない。教えたら私も、あなたも、よくないことが起きるって」
私はよほど深刻な顔をしていたのだろう。
それきり彼女はそのことについて聞いてくることはなかった。
彼女の調子が悪くなってから4日目。
職員室へ日直日誌を先生に届けに来ていた私に、先生が言った。
「あいつ、精神病院に送られたらしい」
「え…」
誰のことかわからなかったが、先生はオブラートに包んで伝えた。
「精神錯乱による緊急収容という名目で、河内隼瀬が入院した。これからはプリントとかは直接病院へ届けることになるから、残念だが……」
日誌は先生へ既に渡していた。
だが、そのことを聞いてからは、何もする気が起きなくなった。
病院へ行くことができたのは、ちょうど1週間後だった。
鉄でできた監獄のようなドアの向こう側に彼女がいるといわれたが、のぞき窓から見えたのは全く変わってしまった彼女の姿だった。
すっかり痩せ細くなり、着ている服がかなりもろく見える。
「隼瀬さん…?」
うつろな目にわずかな光が入った。
「川守さん」
「よかった、私がわかるのね」
私は一瞬ほっとした。
「…ここは……」
「ゆっくりしていったら、どうにかなるみたいだから。休んでね」
手元にあるのは、投げても壊れないようなものばかりだった。
食器類はすべてなく、電球は天井に埋め込まれているものだけ、ベッドは地面と固定されていて動かすことができない。
枕やクッションのたぐいもあるが、全部ビーズクッションになっているのは、あたっても痛くないようになっているのだろう。
机に椅子も動かすことができない。
「それで、学校は?」
「何とかやってるけど、大丈夫」
彼女がもう、ここから出ることがないことを伏せながら話しているのは、かなりきついものがあるが、しかし、仕方がない面もある。
どうしても、彼女にはここから出れるという気持ちを持ち続けてもらわないといけないのだ。
精神的なものが肉体への影響を及ぼす例は数多あり、またその逆もしかりだ。
だから、私はずっと笑って彼女と話していた。
「私、また夢を見てたんだ。合わせ鏡みたいに向かい合っている2つの大きな扉の前に透明で姿は見えないけど、カッコ良さそうな人が立ってるの。その人が私の手を握って話しかけてくる。"君は、どちらを選ぶ?"って。何のことを言ってるのかが全く分からないんだけど、そうしか言ってこないの」
「矛盾だらけなんだけど……」
「夢って言っても、現実と夢の間にいるような感覚なんだよね。今も、こっちが夢でむこうが現実だっていう感じもするし、その逆かもしれない。何も分からないんだ……」
私の話が聞こえているのかどうかがはっきりとしない。
彼女がほとんど一方的に話し続けて、1時間ほどすると電池切れしたロボットのように壁にもたれ宙を向いたまま動かなくなった。
数分間そうなると、彼女がポツリと言った。
「生きていたいな……」
それが私が聞いた最後の言葉だった。
翌日、私は再び職員室へ呼ばれた。
「彼女が亡くなったそうだ」
耳を疑うような言葉が、入ってきたばかりの私を襲う。
「ほんとうですか?」
思わず聞き返してしまった。
先生は悲しげにうなづいた。
よく見れば左の二の腕に黒い喪章を安全ピンでつけている。
「死亡証明書の時間は今日の午前4時44分になっているな。それで、葬儀についてなんだが……」
私はそのあとの記憶がほとんど残っていない。
1週間後、私はゆっくりとだが彼女が死んだという現実に向き合おうとしていた。
その一方で、"呪い"ということにも興味があった。
した相手はすでに分かっている、やり方も知っている。
後はするだけだった。