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歓迎のバーベキュー 1



「おかえりなさいませ、ご主人様」

「そしてようこそ、リアーヌ様。ご到着を心待ちしておりました」



 ベラクール公爵家が所有する屋敷と比べてもまるで見劣りしない立派なお屋敷の前で、オーダム家の使用人一同が出迎えてくれる。

 王都から二週間とちょっとの馬車旅を経て、ついにオーダム家のお屋敷に到着した。



「あぁ、今戻った。伝えていたように今日からリアーヌもここに住む。皆そのつもりで迎えてくれ」

「皆さま初めまして、リアーヌ・ベラクールと申します。今日からこちらでお世話になります。よろしくお願いしますわ」



 到着してすぐ歓迎を受けたのち、閣下が私の手を引いて彼らに紹介してくれる。

 カーテシーと共に挨拶すれば、至って普通の内容だと思うのだが、なぜか彼らは感心したような感動しているような、不思議な反応を見せている。



「閣下が女性を連れてきたのは初めてなんで、皆驚いているだけですよ奥様」

「え?」

「アルノルド、お前はそちらの指示をしていろ」



 困惑しているといつの間にか側にいたアルノルドが教えてくれる。閣下はそんなアルノルドにため息をついて手で払った。「へいへーい」と言いながら馬車旅で狩ってきた魔物の運搬や荷物卸などテキパキ指示するアルノルドの言葉が遅れて脳に到達する。閣下が初めて連れてきた女性……光栄だけれど意外だわ。なんというかとても紳士的で女性の扱いが上手だったから。いえ、もちろん嬉しいけれど。


 ふと、年配の男性が閣下に近づき頭を下げた。



「心得ております、ご主人様。リアーヌ様のお部屋もすでに整えておりますのですぐにでもご案内できますが、いかがいたしましょうか?」

「そうか、ありがとう。リアーヌ、まずはお前の部屋に案内する。色々と準備は済んでいるはずだが、必要なものがあればすぐに言え。あぁ、それから夕食の希望はあるか?」

「夕食……」



 そう聞かれると悩んでしまう。そもそもいの一番に夕食の希望を聞かれるだなんて、私は食いしん坊認定されているのだろうか。食べることは好きだからあながち間違っていないような気もするけれど。そうね、馬車旅の途中で言ったようにお肉とワインを楽しみたいわ。けれど決定的に不足している野菜も食べたい。それにどうせならお屋敷の皆とも交流したいわ。


 あ、そうだわ!



「閣下、バーベキューいたしましょう!」

「バーベキュー……?」



 閣下が言うと可愛く聞こえて微笑ましく感じたけれど、その怪訝な表情にハッとする。

 そうか、焚火でお肉を炙りはすれど、この世界ではまだバーベキューが存在しないのね。ということは焼き網がないのかしら? そういえば牧場で借りた調理場でも見なかったわね。どれも鉄板のようなものだったわ。



「ええと、馬車旅でも焚火でお肉を炙っていたでしょう? それに加えて野菜なども一緒に焼くのですわ。そして皆で楽しく食べるのがバーベキューですのよ」

「庭で焚火するということか?」

「いえ、本来は専用の道具がありまして、その中で火を起こすのです」

「その専用の道具というのはどこに売っている?」

「どこで売っているかまでは……そうですわね……口で説明するのは難しいですが、紙とペンをお借りできたら簡単に描けますわ」

「そうか。ではやはり、まずは部屋に案内しよう」



 そして再び差し出される閣下の手のひら。もう何度も見た柔らかい微笑みと共に。

 使用人の中からは黄色い声と恐怖の悲鳴と共に人の崩れ落ちる音が聞こえた気がしたけれど、どうやら気のせいではないみたい。

 閣下の側にいる初老の男……恐らく家令だろう人物はそんな私たちを満面の笑みで見ていた。


 手を引かれるままに屋敷の中に入ると、外観と違わず立派な内装が広がった。シンプルながらも上品な装いはとても落ち着く。隅々まで綺麗に保たれている様子から見ても、オーダム家の使用人たちの質の良さが伺えた。道中、予想通り家令の男の紹介も受ける。「気軽にバージルとお呼びください」そう言う彼の表情は温かな笑顔を浮かべていた。


 案内された部屋はベラクール家にある自分の部屋より一回り以上も広い。閣下の部屋の隣に位置し、二部屋を行き来できる扉もついているそうだが、結婚するまでそこはきっちり鍵をかけておきますとバージルが笑顔で教えてくれた。説明が終わると部屋の前に待機していた侍女たちが前に出る。



「リアーヌ様ご紹介いたします。本日からリアーヌ様専属の侍女たちになります」

「初めましてリアーヌ様。本日より専属侍女としてお仕えさせて頂きます、ソーニャと申します」

「同じく、ジェシカと申します。ソーニャ共々誠心誠意お仕えさせて頂きます。よろしくお願いいたします」

「よろしくね、ソーニャ、ジェシカ」



 小麦のような健康的な金髪を清潔にまとめ、大きな瞳は青空みたいな爽やかな青。まだ少女のように少し幼いソーニャ。

 対照的に渋い深緑の長髪を一本に結い、知性を感じるアメジストのツリ目は涼し気な眼差し。私より年上だと感じるジェシカ。


 二人とも全身から私を歓迎している雰囲気が出ておりとても安心した。心配してはいなかったけれど、好意的ではなかったらどうしよう……そんな不安は少しくらい抱くもの。けれどそんなことはなく、二人とは仲良くできそうだわ。


 そうして挨拶が終われば、いつの間にかバージルが用意してくれた紙とペンを受け取り、近くのテーブルの上でバーベキューコンロを描く。



「この部分に炭をいれて火を起こすのです。こうして脚があるため、地面で直接火を焚かずに済み、汚れませんわ」

「なるほど……この上にあるのは……網か?」

「ええ、詳しくは分からないのですけれど、この焼き網の上で焼くはずですわ」



 私の描いたバーベキューコンロの絵を凝視しながら考え込んでいる閣下の後ろからバージルたちも覗いている。

 人生で初めて入った調理場が牧場のものだったから分からないけれど、やっぱり珍しい形をしているのかしら? とはいえあまり詳しく聞かれても私もよく分からないのよね。前世の記憶ではバーベキューといえばこのコンロで、なぜ焼き網なのかと聞かれると……確か余分な脂と水分が落ちるとかなんだとか……そんな浅い知識だ。



「ともあれ、こうした道具で皆で楽しくお肉や野菜を外で焼いて食べますの。それがバーベキューですわ」



 ということで押し通す。



「これもどこかで見た知識なのか?」

「え、ええ。そうですわね、どこかで見たような……? ほほほ……けれど面白そうだと思いませんこと?」

「……フッ、そうだな」



 ええ、押し通しますわよ閣下。引きつる笑顔の私にそれ以上突っ込まない閣下に感謝しつつ、次にバーベキューといえば串焼き。早速串焼きの説明をしようとしたところで。



「お話は終わりましたね。ではリアーヌ様、お風呂に入りましょう!」

「え?」

「さぁさぁリアーヌ様、馬車旅で疲れた体を隅々まで癒しましょう?」

「え、あの」



 両腕をそれぞれソーニャとジェシカに掴まれ、ずるずると浴室へ連行される。待って、まだ串焼きの説明がまだなの……! あぁ、閣下もバージルも止めてくれないわ!


 そんなわけで二人の力にかなうわけもなく、浴室に連行された私はすっかりくたびれたドレスを剥ぎ取られ、広い浴槽の中にイン。手際のよい二人に髪を洗われ、体を洗われ、マッサージまで受ければ心地よさに完敗。あぁ……お風呂って素晴らしい……。

 けれどやっぱり石鹸の匂いが気になるわ。こんなに贅沢な空間で前世の記憶にある花の香りのするあの石鹸を使ったらどんなに素敵なことだろう。シャンプーやリンス、トリートメントなんかも欲しいけれど、生憎と前世の私はそういったものを作ったことがなく、知識がない。断片的な知識をかき集めて試行錯誤していくしかないだろう。


 そういえば前世にはワイン石鹸というものがあるらしい。オーダム領の特産品であるワインを石鹸にできたら閣下も喜んでくれるのではないかしら。


 ふふ、楽しみだわ。ワインといえば夜にはバーベキューが待っているのよね。ワインもいいけれど、野外でカジュアルに食べるからもっと飲みやすい工夫をしてみてもいいかもしれない。そう、例えばサングリアにしてみたらどうかしら?



「リアーヌ様……リアーヌ様? 終わりましたよ?」

「――ハッ……! あ、ありがとう二人とも。気持ちよくてうっかり眠ってしまいそうだったわ」



 二人の見事な手腕により、馬車旅で蓄積された疲労はさっぱり消えてしまった。綺麗に洗ってくれた体も生まれ変わったようにツヤツヤで、なんだか体が軽く感じる。


 なぜサイズの揃っているドレスが用意されているのか、そこはあえて深く突っ込まずに。二人の見立てに任せたフォレストグリーン色のドレスは軽やかなデザインで、着心地もとても良い。上品なパールのネックレスに合わせてイヤリングも。指輪も用意されていたが、私にはまだ串焼きを用意する使命が残されているため今回は下げさせる。


 鏡に映る整えられた自分の姿は、想像以上に素晴らしかった。



「まぁ……二人ともありがとう。とても素敵に磨いてくれたのね」

「いいえ、いいえ。リアーヌ様は元よりお美しいですから、薄化粧なのにこんなにも華やかで麗しいのです!」

「本当に見惚れるほどですよリアーヌ様……ご主人様もいっそう惚れてしまうことでしょう」



 うん? 閣下は私に惚れているのだろうか……? そういうのではないような。私はもちろん嫌いではないし、触れられても嫌ではない。優しくて素敵な人だとは思うけれど、私の両親のように愛情を持ってパートナーを見つめる感覚とはまた少し違う。お互い直感で選んでいる気がするのよね。


 なんて言うのは野暮で、ありがとうとお礼を言って立ち上がる。二人のおかげで綺麗になったところで大本命と参りましょう。



「さぁ二人とも、行きましょう」

「はいリアーヌ様! ご主人様のもとへ行くのですね!」

「いいえ、向かうは調理場よ! さぁ案内してちょうだい!」



 意気揚々と告げる私を見る二人からは「えぇ……?」という残念そうな声が漏れていた。



 調理場に向かう途中、到着した際とは印象が変わったのか。使用人たちがうっとりした瞳で見ていた気がするけれど、それもこれもソーニャとジェシカのおかげだろう。閣下はとても有能な侍女を私につけてくれたらしい。となれば、やはりワイン石鹸で恩返しがしたいものだ。けれどまずはそう――。



「料理長はおりまして? 串焼きについて説明したいのですけれど」



 牧場のものとは比べ物にならないほど広い広い調理場につくなり、私はそう声をかける。たくさんのコックたちの目は豆鉄砲をくらった鳩のようだが、夜までにたくさんの串焼きを作るためには一刻を争うのだ。そしてサングリアも用意しなくっちゃ。



「初めましてリアーヌ様、私がここの料理長を任されておりますウィリアムと申します」

「そう、あなたが料理長なのね、よろしくウィリアム。早速だけれど今夜バーベキューすることはご存じ?」

「えぇもちろんです。ご主人様からは肉と野菜の用意を言付かっております」

「では話は早いわ。それとは別に串焼きも用意して欲しいの」

「はい?」



 ポカン。とするウィリアムとコック一同。遅れてやってきた二人が息を整えながら私に声をかけるが、しっかりとした頷きで返す。大丈夫、なにも心配いらないわ。

 しかしそこから串焼きについて説明したところ、この世界では料理に使う串というものは馬車旅で見たようなあの太い鉄製のものしかなく、串焼きに用いる細いものはない事実を知った。あぁ、だから牧場の調理場にもなかったのね。チーズフォンデュを食べた時も串がないからフォークでいいやと軽く流していたけれど、そもそもなかったのね。鉄の串も木の串も、求めているものは存在しない。


 つまり串焼きが作れないということ……!?



「リアーヌ?」

「……閣下……?」



 バーベキューといえば串焼き。頭の中はもうそれいっぱいで、作れない現実に直面して絶望していると閣下が現れた。後ろには荷物を持ったアルノルドたち馬車旅の仲間もいる。



「どうした、なにがあった?」

「……私、バーベキューには串焼きを用意したかったんですの……ですが串がないと知って……」

「なるほど? ……ならばちょうど良かった」

「……え?」



 ちょうどいい? どういうことかと閣下を見上げると、後ろにいたアルノルドたちが手にしていた荷物を見せてくれる。するとそこには、今まさに求めていた細い串が大量にあった! 木串ではあるものの、串焼きを求めている私にとってこれ以上ない逸品!



「チーズフォンデュを食べた夜、話をしてくると言っただろう? あのときフォークよりもっと手軽に使えるものはないか話題に上がったのだが、どうせなら今後家族となるベラクール領が得意とする林産業……つまり木材で作れないかとうちの領で試作させていた。まだ長さも太さも不揃いだが、これならばお前が求める串の代わりになるだろう?」

「……閣下」



 すごいわ。私はそこまで考えが至らなかった。そのうちベラクール領にも前世の記憶の恩恵を、とは考えていたけれど、まさか閣下がこんなにも早く考えて動いてくれていただなんて。



「閣下……私、あなたに出会えて本当に良かった」

「……」



 私が願う前から利便性と実用性を考え、串の製造に至った閣下。そのうえベラクールのことまで考えてくれていた。なによりもそう、閣下と出会えたからこそ今日――私は串焼きを食べられる。ありがとう閣下、私と出会ってくれて本当にありがとう。


 惚れ惚れと見上げる先、百戦錬磨の閣下はやはり動じることがない。しばしそうして見つめていたものの「はいはーい、皆さん動きましょうね~」と周りに声をかけるアルノルドの一言で現場が動き出す。私もありがたく串の入った荷物を受け取り、串焼きの準備をしよう。後ろから「閣下も固まってないで動いてください」とアルノルドが言っている気がしたけれど、きっと聞き間違いね。



「さぁウィリアム、これで先ほど伝えた串焼きを作りましょう!」

「は、はい……っ! え? 作りましょう……?」



 ぎょっとするウィリアムに盛大に頷き返し、ソーニャとジェシカにエプロンの用意をお願いしようと振り向く。ウィリアム同様ぎょぎょっとしていたソーニャの横で、すでにエプロンを用意していたジェシカがいた。なんて優秀なのだろう。


 そんなジェシカを見たソーニャはハッとしたあと意気込み「私もお手伝いします!」と腕まくり。続いてウィリアムも渋々といった様子ではあるものの、私の調理参加を認めてくれた。



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