銀色の髪のアリシア3
ジュリアス・ハロルド・ザガンは得も言われぬ歓びに胸が打ち震えていた。
“【アリシア】。俺はようやくお前を手に入れる事が出来る”
そう思い、クックッと笑い続けるジュリアス。
ジュリアスは幼い頃に歴史学で聞いた【アリシア】に非常に興味を持った。
神から啓示を受け、突然現れた救国の乙女。
実に神秘的な、長い銀の髪をなびかせ敵国マルファラ公国の猛攻を次から次に撃破し度重なる勝利をザガン王国に齎した奇跡の少女。
しかし……マルファラ公国をあと一歩で攻め落とせる時になって突然姿をくらませた。
その事にザガン王国の者たちは皆、驚き憤った。
もう少しで、宿敵のマルファラ公国を打ち破る事が出来たのに……と、歴史学の家庭教師は顔を顰めて語った。
その後の独自の研究によって、ジュリアスは裏に恐ろしい計画が立てられていた事を知った。
即ち
『マルファラ公国を打ち破った後、功労者アリシアを魔女の烙印を押し、処刑する』
という計画が。
どういう経緯でか、【アリシア】はその計画を知ったのだろう。マルファラ公国を攻め落とせる! というその段になって突如、その姿をくらませたのだ。
“結局は王国が【アリシア】を裏切ったから【アリシア】は自分たちザガン王国を見捨てたのだ”
ジュリアスはそれを知って渇望した。
【アリシア】が欲しい、と。
ジュリアスは十数年前に【アリシア】が生まれたという報を受けた時から、その心は【アリシア】ただ一人に向けられていた。
“お前は絶対に、俺が手に入れる!”
その日からジュリアスは全ての学問や武術を全身全霊で学んだ。
そのお陰で、ジュリアスはザガン王国で屈指の武芸の達人と讃えられるようになっていた。
“【アリシア】。俺はどんな手段を使ってもお前を手に入れる。逆らうならば……手足をもぎ取ってでも、な……”
クックックックッ……、とジュリアスの笑い声だけがその場に響いていた。
アリシアはザガン王国のそこかしこを巡り、遂に王都が見えてきた。
「うわぁ~、相っ変わらずゴテゴテと悪趣味に飾り立てた街よねぇ〜」
ザガン王国の王都は歴代国王の意向により、まるで玩具の街のような印象を受ける、やたらとカラフルで装飾過多な造りだ。ジッと見つめていると目がチカチカしてくる。
「本当。見えっ張りなのは、あの頃とち〜っとも変わらないのねぇ」
アリシアは呆れた顔で溜め息を吐く。
数百年前にアリシアが、あのタイミングで王国を見限ったのはマルファラ公国を降伏させた後に、魔女として処刑されるからだけではない。
劣勢だった時は【アリシア】を持て囃していた奴らが、勝利が確実視されるようになった頃から態度が横柄になり、あれこれ邪魔し始めたからだ。
「あれには参ったわよねぇ……」
奴らが横から口を出すわ、首級を捕る時には横からしゃしゃり出て来て【アリシア】を突き飛ばし功を横取りしようとするわ……
その度に【アリシア】やザガン軍は窮地に陥り、何度やむを得ず御使いの力を使う羽目になった事か。
その為、勝利が目前に迫ったタイミングで【アリシア】は
“ここまで勝ち進んでやったんだから、後は自分たちだけでやれ”
と、神の御下へと戻ったのだ。
「まさかあの状況で敗けるなんてねぇ」
あの時は本気で呆れ返った。
あの時の状況なら、余程の悪手を打たなければ形勢逆転なんてまず有り得なかったのだ。
「奴ら、とことん戦下手って事よね」
と、溜め息をこぼす。
そして、いよいよアリシアは王都に足を踏み入れる。
“おお〜! 警戒してる、警戒してる”
街中に人影は無い。恐らく【アリシア】襲撃の報を伝え聞き、避難勧告が出ているのだろう。
“だけど……避難したのが屋内じゃあ、全く意味は無いけどね”
アリシアは街そのものを破壊していると聞いていないのか?
“まあ。何処に逃げたって命拾いなんてさせないけどね”
そんな事を思いながらアリシアは無駄に眩い街中を歩いて行く。
すると
ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ……
不意に矢の雨が降ってきた。
アリシアは矢の雨に一切視線を向けずに歩き続ける。
「な、何……!?」
何処からか驚愕の声が聞こえてきた。
矢の雨は一切アリシアに貫通せず、どころかアリシアを避けるように不自然に軌道を曲げ、全てあさっての方へ突き刺さった。
「……」
矢を放った騎士団は呆然とそれを見つめていたが……
「ひ、怯むな! 撃て、撃て、撃てーーー!!」
次の瞬間、またもや矢の雨が降ってきた。
アリシアは面倒臭そうに矢の雨を見つめたかと思うと
「な……!?」
騎士団は驚きの余り声が出ない。
今度は何と、矢の雨が一瞬にして燃え尽きてしまったのだ。
「……」
この自分が理解出来ず、茫然自失する騎士団。
アリシアは騎士団に向けて手を翳す。
「ぎゃあああーーーーー!!」
ほんの僅かな間に騎士団は壊滅した。
それからしばらく歩いて行くと
キラッ!!
突然目の前に光が走った。
「?」
アリシアが立ち止まると
「よく来たな、【アリシア】。待っていたぞ!」
金髪碧眼の美丈夫が御大層な槍を持ち、アリシアの前に立ちはだかっていた。
「……あんた誰?」
昔の記憶と照らし合わせ、目の前の人物が誰であるのかは予測はつくが、敢えて尋ねる。
「ふん。俺はジュリアス・ハロルド・ザガン。この国の王だ」
ジュリアスは誇らしげに名乗った。
対するアリシアの反応は
「あっそ」
ただそれだけだった。
本作をお読み頂きありがとうございました。