銀色の髪のアリシア1
「わ〜! アリシアが来たぞ〜!」
「あいつに近づくな! 神に呪われるぞ!」
「こっちに来るな! あっちに行け!!」
アリシア・ノールトンは身を縮こまらせて街中を早足で歩く。
“早く行こう”
アリシアが街を歩く度に口々に罵られ、時には石を投げられる。
アリシアが住む国・ザガン王国では銀髪に紫の瞳は神に呪われた色として忌み嫌われる。
というのも数百年前に銀髪に紫の瞳を持った少女が神の啓示を受けたと、当時敵対していたマルファラ公国を見事に撃破。それまで劣勢であったザガン王国に勝利を齎した。
そこから次々と快進撃を続け、あと一歩でマルファラ公国を降伏させる事が出来るという時、何故か少女はザガン王国から姿をくらませた。
そのせいでザガン王国は後退を余儀なくされ敗北。その為、少女はザガン王国を裏切りマルファラ公国に寝返ったとされた。
何故少女があと一歩という所で裏切ったのがは誰にも分からない。
しかし、そのせいで勝利を逃したザガン王国は少女を決して許さず少女を悪魔と見做し、少女の特徴であった銀髪と紫の瞳は不吉で神に呪われた色とされた。
そして少女の名はアリシアといった。
それ以来、ザガン王国にアリシアと名乗る女性は姿を消した。アリシアという名を持つ女性は挙って改名を希望したのだ。
そしてその名を付ける親はいなくなった。唯一の例外が銀髪に紫の瞳を持つ女の子にアリシアと付けて生涯忌み子として疎まれ虐げられ続けるのであった。
そして、【アリシア】は周囲の者にどんな目に遭わされても決して逆らってはいけない。黙ってそれを受け入れて自らの罪を胸に刻みつけろと教えられるのだ。
アリシア・ノールトンも例外では無く、生まれ落ちたその時に教会に捨てられた。
教会では生まれながらの罪人として冷たい牢獄で暮らし、満足な食事など一切与えられず、夜明け前から真夜中近くまで扱き使われる。そして何か悪い事があると全てアリシアのせいにされ、様々な処罰が課される。
周囲の者はそれが当然の事だと信じて疑わず、正義の名の元にアリシアを打ち据えるのである。
……その行為の数々が、国の破滅を招くという事を知らずに
「ふわぁ〜、いい気持ち〜」
アリシアは丘の上で心地良い風に吹かれていた。
“ふふふ。今日も奴らは気持ち良く私を嬲ってくれたわねぇ”
アリシアは、今日鞭で打ち据えられた背中に手を当てる。
すると、あら不思議。瞬く間に鞭の傷痕は跡形もなく消え去った。
実は【アリシア】は正真正銘、神の御使いである。
“本当は人間の鞭なんて、痛くも痒くも無いんだけど”
当然、食事抜きも全く影響が無い。
しかし、奴らの嗜虐心を煽る為には哀れな罪人でいる必要があるのだ。
“まあ、これもあと少しの事なんだけどねぇ”
アリシアはクックッと嗤う。
数百年前の【アリシア】がザガン王国を見限って姿をくらましたのは、別にマルファラ公国に寝返った訳では無い。ザガン王国の国王や貴族どもが余りにも欲深く、私利私欲に塗れているのを目の当たりにして嫌気が差し、神に願い出て神の御下に戻って行ったのだ。
それから時折【アリシア】が下界に降りては人間どもの性根を見ていたのである。
そして今回、【アリシア】は一つの使命を帯びていた。
“もう少しで、この穢れ切った国を破滅させてやれる……”
その時は、もうすぐそこまでやって来ている……
その日も人間たちはアリシアを気持ち良く虐げていた。
“もうそろそろ潮時かしらね”
先日、神にそろそろ人間たちに破滅を与えても良いと許可が下りている。後はアリシアがいつ始めるかを決めるだけだ。
今日も用事で街を歩けば罵声の嵐で、時々石が飛んでくる。
“まあ。今のうちに騒いでおくといいわ”
と、内心ほくそ笑みながら罵声と石を受けて行く。
因みに石は当たる直前に弾き返されて全く影響は無い。
そこに
「悪魔め! 成敗してくれる!!」
と、妙に勇ましい子どもがアリシアの前に立ち塞がり、いきなり剣で斬り付けてきた。
「おお!!」
周囲は騒めいた。子どもがアリシアに斬り掛かった事に度肝を抜かれたのでは無く、その勇気に感嘆してだ。
“こりゃ、もういいかしらね?”
そう思ったアリシアは別に避けるでも無く剣を受け止めた。
「な、何!?」
その光景を見た街人は
「お、おい……アリシアが逆らったぞ……」
その一言を皮切りに街人が一斉に襲ってきた。
「おい! 貴様! よくも!!」
次々に襲いかかってくる街人たち。
それを一瞬で全てを弾き飛ばし、涼しい顔のままのアリシア。
対する弾き飛ばされた街人は残らず重傷を負い、中には瀕死の者もいる。
「ひ……ひぃぃぃ……」
残った街人らはガクブルしながら後退る。
アリシアはそいつらに手を翳し、力を放つ。
「うぅゎわあああああーーーー!!」
アリシアの力を食らった街人らは全て重傷・瀕死。中には死亡した者もいるようだ。
「な、……何故だ? 何故お前はこんな事をする……?」
いつの間にかやって来ていた教会の神父たちがガクガク震えながらアリシアに問う。
「それを知る必要は無い。今この時を持ってザガン王国は滅びるのだから。お前たちは、それだけを知っていれば良い」
アリシアは静かにそう答えた。
本作をお読み頂きありがとうございました。