【2】-03-ルキルス(1)
##ルキルス視点
##この作品には、一部暴力的・グロテスクな描写が含まれています。免疫のある方のみ、お進みください。
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カウザン第一拠点を管轄とする師団は、サムシングフェイルドの襲撃を受けて地下洞窟の封鎖を決定した。
その前に、どの地下道が異界に繋がっているのか、こちらに侵入したサムシングフェイルドはあれだけなのか、それとも他にいるのか、詳細な調査をする必要があった。
サムシングフェイルドの襲撃にあった食堂に小隊を待機させ、師団長が調査場所の割り当てを説明する。食堂の隅には、落ちて割れた食器の破片が掃き寄せられたまま放置されていた。
壁や床に残る赤黒いシミを見て、ルキルスは昼間マクシミリアンに振り回されていたサムシングフェイルドの姿を思い出した。
人に似た顔に、人体を組み合わせて作ったようなカマドウマに似た怪物。
その不健康な肌の白さと、虫のような仕草は、思い出しただけでもぞっとする感覚がルキルスの背中を駆け抜けた。
「サムシングフェイルドは魔法障壁を使うことで知られている。二百年前は攻撃が通らずに多くの犠牲が出たと聞いているが、今の私たちにはこれがある」
スラン師団長は、ルキルスたちに配給したものと同じ銃器を高く掲げた。威力は弱いが、連続射出が可能なものだ。火薬方式で、魔力がない者でも扱える。
「魔法障壁は連続攻撃に弱い。ダメージが蓄積すると、魔力切れで障壁を保持できなくなるはずだ。連中に出会ったらとにかく銃を撃ち続けろ! 敵の大きさによって魔法障壁解除までの時間は異なるが、障壁さえ解除できれば、我々の敵ではない!」
攻略方法は理解できても、あのようなモンスターと遭遇して咄嗟に動けるかどうかはその時になってみないとわからない。
食堂周辺が襲撃された昼間の状況を、ルキルスは思い出してみる。
モンスター退治には慣れているはずの狩猟民たちが、見慣れない人型モンスターに出会って恐慌状態に陥った。全員が冷静に退避できていたら、負傷者はもっと少なかっただろう。
今回の任務はルキルスにとって、初めての実戦となる。
小隊は五人組で、新兵をメインに結成されたルキルスの隊に任されたのは、行き止まりだとわかっている比較的安全な地下道ばかりだが、油断はできない。
すでに侵入した人型モンスターが移動し、行き止まりの道の奥で待ち受けている可能性もあるからだ。
準備のできた小隊から順番に、地下洞窟へと投入された。
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ルキルスの小隊隊長は、狐型獣人だった。
彼はルキルスが同じ隊だとわかった時、露骨に嫌な顔をした。
個人的な嫌悪ではなく、体力的に獣人や竜人に劣る人族は軍隊で嫌がられる傾向にある。
同じ隊には他に、ワニ型竜人、蛇型竜人、虎型獣人がいた。
五人は地下の分岐道を辿っていって、行き止まりとなっている最奥の安全を確認できたら入り口に封印用の魔石を配した。そして、入り口の地面に調査済みの印を付けた。
三個セットの楔形魔石には封印の魔法陣が刻まれていて、三角形を作るように置くと、その三角形は形あるものを通さなくなる。道を塞ぐように打ち込むには場所を工夫する必要があったが、逆に言えば、打ち込む場所を変えれば三角形を小さくも大きくもできた。
基本的には、入り口の天井近い岩棚に一つ。足下に二つを打ち込むことになっていた。
ルキルスたちの小隊はその作業を地道にこなし、調査済みの印を増やしていった。
八つ目の分岐道の奥を確認した彼らは、掌ほどの大きさがある楔形の赤い魔石を入り口に打ち込んで封じた。
割り当てられた分岐道は十なので、八割方作業を終えたことになる。
身体の大きな虎型獣人が塗料で地面に大きな×をつけ、隊長の役割を割り当てられた狐型獣人の男が、地図にも×印を付けた。
あと二つだな、と狐型獣人が呟いた時、それまで隊に漂っていた緊張感がやや緩んだ。
サムシングフェイルドの気配はどこにもない。
あの一匹だけがたまたま迷い出てきたのだ、という楽観的な希望を皆が持ち始めていた。
もうすぐ日付が変わる。
数時間歩き通しだったが、早く済ませて地上に帰りたいという気持ちからか、誰も休憩を言い出さなかった。
(ユージーンはしっかり傷の手当てをしてもらえただろうか……?)
今心配しても仕方がないので考えまいとしていたことを、ルキルスはつい考えてしまう。
ユージーンには、人を押しのけてでも生きようとする気持ちが微塵もない。
(人間なんだから、もっと自己中心的でいいのに……)
以前追い詰められたユージーンがあっさりと海に飛び込んだ時のことを思い出して、ルキルスは苦しくなる。あの時、ルキルスは追い詰めた側だった。『ユージーンに服を盗まれた』と従兄弟に嘘を吐かれたせいだが……そんな言い訳が通るはずもない。
軍からの緊急召集が来て、家に帰るまで付き添えなかったことが心残りだ。
そんなルキルスの気持ちも知らず、狐型獣人の男がルキルスに話しかけてくる。
「今日は非番だったらしいじゃない。休みが潰れて残念だったねぇ」
粘着質的な口調だ。
「あの騒ぎじゃ仕方がない」
ルキルスは、手に持った光虫籠で周囲を丹念に照らし出す。
大昔はエルフが住居として使用していたという洞窟のあちこちには、かつて灯り用の魔石が埋まっていた穴が空いていたが、今は何も無かった。
蠅に似た光虫が、籠の位置を変える度に羽を震わせて音を立てた。
「おっと、ここだ」
九本目の道を地図で確認しながら、狐型獣人は中へと足を踏み入れた。他の四人がその後ろに続く。
「妙な匂いがしないか?」
蛇型獣人が言った。
「そういえば」
ワニ型の竜人が鼻をヒクつかせる。
「ゲロの匂いがするような……」
確かに、微かに異臭がする。
「誰か、飲み過ぎたの?」
厳つい風体のわりに、子どもっぽい声でそう尋ねたのは虎型獣人だ。
「竜人族は、そのような不摂生な真似はしない」
蛇型獣人は、チロチロと不安げに長い舌を出した。
「異形の怪物は臭うらしいぞ。気を付けろ……」
「やめてよ」
虎型獣人は、気弱そうな声で言う。
「本当に出て来ちゃったらどうするの」
不安げに顔を見合わせて、彼らは歩くスピードを緩める。
ルキルスは光虫籠を洞窟の天井に向けた。
狭い道で上から落ちてこられたら、避けようがない。
九本目の道を終端まで確認して、入り口に戻る。
楔形魔石で封鎖し、塗料で×を付けると、彼らは最後の分岐道に向かった。
「どうやら無事地上に帰れそうだな」
ワニ型の竜人が歯を剥き出しにした。多分笑顔なのだろう。
「また臭うぞ……さっきよりも強い。胃液のような酸っぱい匂いだ」
蛇型竜人は舌を出し入れし続けた。そういえば、とルキルスは思い出す。蛇は舌で匂いを嗅ぎ分けるのだと聞いたことがあった。
「ほんとだ」
虎型獣人も鼻をスンスン言わせている。
「死体でもあるんじゃないだろうな?」
ワニ型竜人が長い口吻をあちこちに向けた。
「……嫌な予感がするぞ」
蛇型竜人は、不吉な予言でもするかのように言った。
ルキルスだけは人族の鈍感さからなのか、異臭についてはそれほど気にはならなかった。
狐型獣人は地図と周囲の地形を見比べ、最後の分岐道の方向を見定める。
彼はそちらに向かって歩き出しながら言った。
「スラン師団長から、王国出身者がサムシングフェイルドを倒したって聞いたんだけれど、君のこと?」
狐型獣人の後に、他の四人が続く。
「俺じゃない」
敵の情報は多い方が良いだろうと思って、ルキルスは説明した。
「俺の友人が、銃弾が魔法障壁で弾かれることに気づいて、手を銃ごと奴の口に突っ込んで内側から撃った。氷結弾で奴が凍り付いたところを、マクシミリアンが振り回して、叩き潰した」
「ふわあ」
狐型獣人は、感嘆なのかあくびなのかわからない変な声を出した。
「あいつかぁ。確かにあいつなら魔法障壁とか関係なく、サムシングフェイルドを叩き潰すこともできそう。でも俺たちには無理だからねぇ。出会ったらすぐに撤退しよう。撃退しろという指令は出ていないからさぁ」
ルキルスはこの拠点で暮らすようになってまだ短いが、『マクシミリアン』あるいは『マックス』という名前が、まるで固有名詞のように通じることに気づいていた。
ユージーンの妹の彼氏は、この拠点では相当に有名なようだ。
「ふっ。僕にだってできるさ。人型モンスターを叩き潰して、伝説になってやる。姉ちゃんが、虎型獣人は獣人族でも最強だって言ってたぞ!」
虎型獣人が本気かどうかわからない台詞を吐いて、光虫籠をブンブン振り回した。
予想外に長くなったため、一旦切ります<(_ _)>
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