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Something failed(6)

この作品には、暴力的な描写が含まれています

免疫のある方のみ、お進みください▼▼▼







⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

「ユージーン・ルグウィン様。私はラシエ侯爵家令息ハノク様の侍従兼護衛を務めております、ブランドンと申します」

 ユージーンの傍に立って恭しく頭を下げた壮年の男は、モスタ王国の私兵によく見られるチェーンメイル姿で、ベルトには長剣を提げていた。


「我が(あるじ)であるハノク・ラシエ様が、ご友人のルキルス・ライオと共に貴方様をお待ちでございます。どうかご同行ください」


 ルキルスが追って行ったあの太った男は、やはりハノク・ラシエだったのか。

 座ったままユージーンは、ハノクの侍従を見上げる。


 男は半ば白くなりかけたグレーの頭髪を丁寧に整えて後ろに流し、鎖でできたフードのような兜をその上から被っている。細かな金属製リングで織られたニットのようなチェーンメイルが顔以外の上半身を覆い、攻撃しても致命傷を与えるのは難しそうだ。


 少し前のユージーンなら、ハノクの名前を聞いただけで何も考えられなくなって、この男の言いなりに後をついて行っただろう。

 ユージーンは手に持っていたハンカチを丁寧に折りたたんで、ポケットにしまう。


(ハノクは自分の恥ずかしい行為や、父親であるラシエ侯爵の秘密を言い触らしたりしないし、クロエやザイオンは、もし知ったとしてもそれで僕を嫌ったりしない)


 自分がいかにクロエ達に支えられて今を生きているか思い返すと、ユージーンは冷静さを保つ事ができた。

「僕はここで、ルキルスを待ちます」

 ルキルスがハノクと仲良く待っているなんて想像できない。ルキルスなら、よほどの事情がない限り自分で迎えに来るはずだ。


 つまり、よほどの事情があった、という事か。

 苛立ちの表情をかすかに見せたハノクの侍従を見返し、ユージーンは考える。

(ハノクのような貴族は、この侍従のような護衛を何人も連れているだろう。ルキルスはその護衛達に捕まっているのかもしれない。どうしたらいい……?)


「我が(あるじ)は、第二王子の処遇に対する調査員として、モスタ王国から正式に遣わされてきたのです。貴方は第二王子の投獄に関わった者として、呼び出しに応じる義務があります」

 ハノクの侍従がもっともらしく言う。


 本当かも知れないし、嘘かも知れない。

「ルキルスが一緒なら行きますので、迎えに来てくれるように彼に伝えてください」

 そう言い続けて、彼らが諦めてルキルスを連れてくるのを待つしか無い、とユージーンは思った。

 男が剣の柄にそっと手をかけたので、ユージーンも銃の上に手を置く。


「大人しく来ていただいた方が良いかと思います」

 侍従が丁寧な口調を保ったまま言う。

「ルキルスは、過去の行いで我が主を苦しめました。今はその報いを受けています。ご友人が無事に戻って来られるかどうかは、貴方の行動にかかっていると言えるでしょう」


「報いって。ルキルスに、何かしたの……?」

 過去の行い、という言葉はおそらく、貴族学園時代にユージーンを助けようとした時の、教師への密告を意味しているのだろう。

「貴方自身が、ルキルスの状態を確かめに来られた方が良いかと思います。目上の者に逆らって敗北した哀れな男の、惨めな姿をね」

 ハノクの侍従は、煽るような口調になる。


「ルキルスに、何かしたんだな?」

 ユージーンは一瞬、目眩のようなものを感じた。

 それが強い怒りと、ルキルスの身を案じる気持ちだと気づくまでに、一呼吸かかった。


「ちょっと殴っただけです」

 ハノクの侍従は、引き抜かれてあっという間に装填された銃を間近に見返しながら、宥めるように言った。

「貴方が来てくだされば、彼は無事解放されるでしょう」


 今この侍従の眉間を撃ったぐらいで、ルキルスを救い出せるとは思えなかった。要求に応えて一緒に行けば、引き換えにルキルスを解放してくれるというのなら、応じるしかない。

 銃口を下げて、わかった、とユージーンが言おうとした時、食堂の外から怒号のような、悲鳴のような大声が聞こえてきた。


 ルキルスがハノクとその護衛達に対して反撃したのかも知れないと、ユージーンは最初考えた。

 だが、数人分の男女の悲鳴が響いた後で、食堂の開け放たれた出口からハノクが突っ込んできた時、ユージーンは考え違いに気づいた。

「助けてくれ!」

 怯えきったハノクの後ろに、何か異常なものが見えた。


「坊ちゃん!?」

 呼びかける侍従に向かって、ハノクは全力疾走しようとして、足をもつれさせた。普段走る事に慣れていないのか、身体が重すぎて脚が体重を支えられなかったのか。

 派手に躓いて、ハノクは腰が抜けたらしく、そのまま身体を引き摺って進もうとした。

 そのうしろに、人間を継ぎ接ぎして作ったような、白っぽい怪物の姿があった。ハノクを捕らえようとしたらしい二対の腕が、空を抱き締めている。


 食堂にいた少年少女達数人が怪物に気づき、どよめいた。

「何あれ?」

 無言でさっと立ち上がり、急いで逃げ出す者も少数いたが、食堂にいる殆どの者が、テーブルに着いたまま固まっていた。


「おい、逃げろ!」

 友人を急かすために言ったのであろう誰かの叫び声が、恐慌状態を引き起こした。

 安全地帯である食堂に武器を持ち込んでいる者は、ほとんどいない。食堂にいる人々は、怪物の入ってきた扉とは別の扉を目指し始めた。

 あっという間に、食堂前方に人が殺到して大混乱になる。

 悲鳴と怒鳴り声、食器の落ちる音、椅子の倒れる音が、食堂に響き渡った。


 この時ユージーンが素早く立ち上がって、そちらに向かって走っていれば、逃げられたかも知れない。

 だが、自分にはあの人混みをかき分けて進むのは無理だと、ユージーンは咄嗟に判断する。


 ハノクの侍従は(あるじ)を守るために長剣を抜き、怪物に斬りかかっていた。

 剣が一対の前肢に阻まれる。

 人間に似た前肢は骨張っていて、刃を掴んで止めても傷一つついていない。指先に付いているのは鋭い鉤爪だ。


 怪物のもう一対の前肢が、ハノクの侍従を引き裂こうとして、爪をチェーンメイルに引っかけた。

 膠着状態に陥ったのは一瞬だった。

 剣を掴んでいた手の一つが振り上げられ、鋭い爪が侍従の顔に叩き付けられた。

 這いつくばっているハノクの上に、血肉と血飛沫が降り注ぎ、彼の侍従が崩れ落ちる。

 退避途中の人々から、悲鳴が上がった。


「あああ、そんな」

 ハノクが弱々しく呻いている。

「ブランドン……!」


 怪物は後ろ足を使ってバッタのようにジャンプすると、ハノクとユージーンの中間辺りに降り立ち、しきりに頭を振っている。

 獲物を見失って、探しているように思えた。


 人間そっくりの頭部の左右には尖った耳があり、目は白く濁っている。

 怪物の目はよく見えておらず、音に反応しているのだとユージーンは気づいた。

 食堂内に響く悲鳴のせいで、ハノクの位置がわからないのだろう。


 小刻みな動きは虫にそっくりで、三対の肢が付いているところなど、身体全体の造りは昆虫のようにも見える。節くれ立っていて硬そうなところも、甲殻類や昆虫の外骨格に似ている。

 ユージーンは、銃を構えた。(ペレット)は軽すぎて、あの硬そうな身体を貫けるとは思えない。

 それでも、試すしかない。


 ハノクを諦めたらしい怪物が、逃げようとして食堂前方の扉に殺到している少年少女の方を見定める。

 半分以上が、まだ先に進めていない。揉み合っている彼らの中に、さっき話しかけてきた少女の姿もあった。


 怪物が大きく口を開けて、そちらに飛ぼうと、予備行動に入る。

 このままだと誰かがあの怪物の餌食になってしまう。


 ユージーンは怪物の頭に狙いを付けると、銃のトリガーを引いた。











⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

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