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二進法原初魔法  作者: lukecat
スローライフの終わり
73/207

アメリア(1)

ここからは、スピンオフ「モブ令嬢はお邪魔な王子を殺したい」の主人公アメリアが登場しますが、読んでいなくてもわかるようにしております。

▼▼▼







⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

 現代日本で制作されたゲームを元にしているらしいこの世界は、歴も時間制度も地球と準じたものを使用していた。


 月の呼び名は違うが、1年は365日で12ヶ月からなり、1ヶ月が30日もしくは31日、1日が24時間、1時間が60分で1分が60秒なのも、地球と同じだ。

 全ては『アレシャト』の定めだと、エルフ族では伝えられている。

 モスタ王国でも、年始めの冬月1日0時にモスタ神が誕生し、1秒、1分、1時間、1日、1月、1年が過ぎるごとに歴を定めたと、伝承にはある。


 この世界の裏側で、地球と同期した時計がカチカチと音を立てている図をクロエは想像した。別世界の存在を知らないこの世界の住人達には、太陽暦の由来がわからず、神が定めたと考えるしかなかったのだろう。


 クロエが卒業式パーティで婚約破棄されてから、9ヶ月以上が経過した。

 共和国で迎えた新しい年は、特に何のイベントもなく始まる。

 日本で正月が祝われたのは、確か神様が下界に降りてくるからで、祝い箸の両端が細くなっているのも神と共に食すという意味があったはずだ。


 共和国では、アレシャトは神ではなく万物に宿る摂理のようなものだと考えられていた。

 年初にアレシャトが天界から降りてくるという概念は、共和国にはない。

 モスタ王国でなら、冬月1日はモスタ神が生まれた日だとして花火を上げる習慣があったが、共和国で他国の神を祝うはずもない。


 他の月の1日と同じように冬月の1日を過ごしながら、味気なさをクロエは感じていた。

(あちこちにしめ縄を飾って、初詣に行って、おみくじを引いて、吉だとか凶だとか言い合って……)


 共和国には神社も寺もない。

 遺骨はモンスターに漁られないよう、地中深くに埋められる。この拠点では、地下洞窟の一画で壁に横穴を掘り、火葬した骨を入れて塞ぎ、蓋の上に名前を刻んで墓とした。その墓を、彼岸に参る風習もない。


(前世で特に何かの神様を信仰した記憶はないけれど、日本って生活の中に宗教儀式がたくさんあったのね)

 異教の救世主生誕日まで祝ってしまう日本人の気持ちが、クロエにはわかる気がした。

 宗教を信じるかどうかではなく、それを口実に盛り上がりたいだけなのだ。

(何もないのは寂しい。初詣に行きたい。露店でたこ焼きを食べたい。一緒におみくじを引いて、吉だとか凶だとか言い合う女友達が欲しい……)




 共和国では、12月、1月、2月に相当する冬初月、冬月、冬終月は冬三月と呼ばれ、朝と夜はコートが必要なほど冷え込む。

 ユージーンはその日、クロエが選んだ細身のコートを着てルキルスと買い物に出かけた。


 軍隊にも月に八日は休みがあるらしい。

 ホワイト過ぎる軍隊だ。

(軍隊なんだからもう少し厳しめに、休みなんて月一日でいいのに)

 クロエは、軍用コートを着たルキルスと銃器や弾丸の話をしながら門から出ていく兄を、玄関の扉を少しだけ開けてこっそり見送る。


 本来なら誘拐に手を染めるような男と仲良くするなんてとても容認できないが、友達と一緒に外出するなんて生まれて初めてだとユージーンが嬉しそうに話すので、クロエには止める事ができなかった。


(本当に『友達』のつもりかしら、あの男?)

 手を繋いだり、肩を抱いたりするようなセクハラ行為がないか、暴力を振るう兆候はないかと、クロエはルキルスの行動に厳しいチェックの視線を注ぐ。


 ユージーンが、すれ違った誰かに挨拶した。

 見覚えのある、黒狼獣人の保安官(ガーディアン)だ。兄と二言三言話した保安官がこの家に真っ直ぐ向かって来て門扉の前で立ち止まるところを見たクロエは、そっと玄関を離れて居間に向かった。


 居間では、さっき見た保安官がローテーブルの真上に投影されていた。宙に浮かぶやや縮小された保安官の画像相手に、妙な会話をしているのはマクシミリアンだ。

「アメリア? エロイーズじゃなくて? 間違ってない? 僕はアメリアからは何も盗ってないよ?」

 その台詞は、エロイーズという人からは何か盗ったように聞こえる。

 ザイオンが彼の横に立って、頭痛を堪えるような顔をしていた。


『お前じゃなくて、お前の嫁に用があるんだってさ』

 保安官の言葉に、クロエは驚いた。

「……私?」

 何の話で、何に巻き込まれようとしているのか、全くわからない。痴情のもつれか? それとも冤罪?

「私も、何も盗ってないわよ?」


 ザイオンの居る方角から小さい声で、馬鹿? という突っ込みが聞こえたのをクロエは聞き逃さなかった。後で何かぶつけてやろう、と決意する。


『ただ会って、話したい事があるらしい』

 保安官は簡単に説明する。

 モスタ王国から来た役人の補佐官がアメリア・カラドカスという女性で、今朝首都からこの拠点に到着して、知り合いのアレクサンドラ・ルグウィンを探していると保安官事務所を訪ねてきた。それで、クロエ達の事情を知っている黒狼型獣人のイザンが、来てもらえるかどうか確認しに来たという事だった。


 アメリア・カラドカス、という名前に、クロエは心当たりが無かった。というか、王国に居た頃は周囲の人間に関心が無かったので、元婚約者の名前もうろ覚えだ。兄ユージーンの名前さえ忘れていた事に関しては、思い出す度に胸が痛む。

 そのアメリア・カラドカスが本当に知り合いだとして、名前も覚えていない薄情者だと悟られる事はできるだけ避けたい。

 顔を見さえすれば、どこで会ったか思い出すかも知れないので、それまで余計な事は言わないことにする。


「わかった。すぐに行く」

 そう言って、クロエは再び玄関に向かった。

(アメリア・カラドカス……名字があるという事は、貴族よね。女性で役人の補佐官を務めているというなら、相当な地位にある人に違いない)


 マクシミリアンも知っているような口ぶりだったので、高位貴族として名の知れた人なのだとクロエは考えた。クロエは、貴族然として一族を取り仕切る、矍鑠とした老婦人を想像する。もしかしたら貴族学園で教師をしていた人達の一人かも知れない。それならマクシミリアンが知っていても不思議ではない。それが正解だという気がしてきた。


 玄関ポーチに出たクロエが、気配に気づいて振り返ると、すぐ後ろにマクシミリアンが居る。

 上機嫌で彼は、門扉の向こうに居る黒狼型獣人に言った。

「この()が、僕の嫁のクロエ」


「知ってるよ。何度も会っているだろ?」

 獣人の答えに、マクシミリアンはニコニコしている。

 一緒に来てくれるのは心強いけれど困ったな、とクロエが思ったのは、アメリア・カラドカスに会っても誰だか全く思い出せないところを、彼には見られたくなかったからだ。


 冷たい女だと気づかれて幻滅されないだろうかと、心配だった。

 つい九ヶ月前まではマクシミリアンの存在をすっかり忘れていた事まで、ばれるかも知れない。彼は、クロエは自分を追ってこの国にやってきたのだと思い込んでいるらしい。

 結果的にはその通りなのだけれど、この家を用意してずっと待っていてくれた気持ちを考えると居たたまれない。


 一人で会いに行ってくるから、家に居てくれる? と切り出そうとして、クロエは気づいた。

 マクシミリアンの後ろにザイオンまで付いてきているのは、どうして?

 視線を遠くに向けているのは、理由を訊かれないようにこちらを避けているとしか思えない。


「この人が、僕の兄のザイオン」

 マクシミリアンが、自慢げに言った。そう、彼にとっては自慢の兄なのだ。健気に兄を慕うマクシミリアンを、クロエは温かい目で見上げる。同時に、今更何を言い出してるんだと言わんばかりに、そっぽを向いているザイオンが憎らしい。


「それも知ってる。海の民事件で会っただろう?」

 そう答えた黒狼型獣人は、そういえばユージーンが荷物を盗られそうになった時に駆けつけてきた保安官でもある。

「あれ? そうだっけ?」

「お前……もしかして、俺の事を認識していないな? 俺の名前、知ってるか?」

「……イザン」

「覚えていたか。良かった」

 黒狼型獣人イザンは、大げさに制服の胸辺りをさすった。


 ルファンジアが三人分のコートを手に、玄関から出てくる。勢いで出てきてしまったけれど、風が冷たいと思い始めているところだったので、クロエはほっとした。

「マシューの散歩は、傍系のアンドレアが請け負いますのでご心配なく。私は後ほど合流します」

 コートを配りながらルファンジアが言う。


「そんな大げさな。大丈夫、私、一人で行けるよ。みんな家で待ってて?」

 クロエはようやく、そう切り出す。

「お前の心配をしている訳じゃない」

 ザイオンは、ようやくクロエに視線を向けたかと思えばそう冷たい口調で言う。


「僕はクロエが心配だ」

 マクシミリアンは行く気満々に、コートのボタンを留めている。

「アレシャトの思し召しのままに、この機を捉えるべきなのです、クロエ様」

 よくわからない事を言いながら、ルファンジアがコートを手渡してくれた。


 事態はクロエの意思とは関係なく進んでいるようだ。

 いったい、アメリア・カラドカスとは何者なのか?

 早急に、可及的速やかに、思い出さなくては。


「しまった……」

 コートを着ながらふと下を見ると、ズボンに数カ所、穴が空いていた。狩りの途中低木などに引っ掛かってできた鉤裂きを、ダメージパンツみたいで格好いいなどと思ってそのままにしていたのだが、モスタ王国の人相手には通じないかも知れない。

「ちゃんとした服に着替えてこようかな?」


「何を着ても一緒だろう」

 ムカつく答えを返したのはザイオンだ。


「クロエは何を着ても可愛いから大丈夫」

 マクシミリアンは、意味は真逆なのに結果的には同じ答えを口にする。

(ま、いっか……)

 クロエはそのまま二人を引き連れ、黒狼型獣人の後について、保安官事務所に向かった。











次回話から予定では3話ほど、番外編置き場に掲載している『モブ令嬢と悪役令嬢』の改稿版投稿となる予定です。

⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

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