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07:その者白き毛皮をまといて

狩猟生活二日目(1)

 二日目が終わる頃には、クエストをこなす狩猟民生活にかなり慣れて来た。


 私が純粋に貴族のお嬢様だったら、この順応の早さはありえない。一人では、服を着る事もできなかっただろう。


 自分で稼いだ金で宿舎の滞在料金を支払い、食堂でご飯を買う。

 なんて尊い一日なのだろうか。

 国外追放で罰を与えたつもりの連中に、今私がいかに充実しているのかを、知らせてやりたいぐらいだ。


 そして食堂は、癒やし満載なのだった。


 夕食時の忙しいこの時間帯には、狸型以外にも、揃いのエプロンをした針鼠型、兎型、それに猫型の使役魔獣が、食事を運んだり、空容器を回収したりと、忙しなくテーブルの間を行き来していた。


 兎型使役魔獣は、その愛らしい大きな黒目と垂れ耳のせいで、思わず、美少女に擬人化したビジュアルを想像してしまう。雄かも知れないけれどな!


 だが一番モフモフ度が高いのは、長毛種の猫型使役魔獣だ。ペルシャっぽい威厳を感じさせるその白猫ちゃんは、今日のおまかせ夕食(お食事コイン一枚分)を、私の待つテーブルまで運んできた。


「ナーゥ」

 声までが甘美だ。



 その者白き毛皮をまといて

 我が糧を与えたもう

 青き瞳 この胸を射貫き

 恍惚の極みへと導かん


 

 怪しいポエムを心の中で押し殺しながら、私は盆を受け取ってテーブルに置いた。

 ほんの少しだけ手が重なった時に触れた柔らかい感触は、肉球だろうか?!

 立ち去る愛し子の白い背中を見送っていたら、変な物体が遮ったせいで、隠れてしまった。


(ナンダアレハ)

 長身に、黒いマントをまとった怪しい男がいる。

 私の視線を捉え、おもむろにバサッとマントの裾を後ろに投げると、近づいてくる。


(コッチクンナ)

 黒い鎧はおそらく上位の甲殻系モンスター素材から作られた超絶丈夫なもの、手甲も服も黒く、ブーツまで黒い。


 まさか、今になって魔王イベント発生か?!


 と一瞬思ったけれど、怪しい男の髪色はアッシュブロンドで、瞳の色は紫に近い青だった。物語として描かれた世界での魔王イベントなら、髪も瞳も黒が定番だから、この男は魔王などではなく、……ただの厨二病患者?


 それにしては雰囲気が変だ。


 厨二病患者なら、自己に陶酔した表情が必須だと思うのだが、魔王チックな男は表情の端々に恥じ入るような色を浮かべ、喩えるなら狼の皮を被った兎のように、とてもチグハグで、見ているこっちが恥ずかしくなる。どうせやるなら、もっと振り切るべきなのに。


「我が名はマクシミリアン……」

 魔王っぽい男は、私の前に立つともう一度マントの裾をバサッと後ろにやってから、おずおずとそう言った。


「……は?」

 二オクターブ低い声で思わずそう返してしまう。

 男は目を見開いて私を見ていた。


 今にも泣きそうに見える。困ってしまって周囲を見渡すと、何事かとこちらを見守る狩猟民達の視線が多数あった。私と同じで、この茶番に戸惑っている様子だが、誰か何とかしろ。


 男は赤くなりながら俯いて、言い直した。

「俺はマクシミリアン……親しい人はマックスと呼ぶ」


 見上げながら私は、彼の顔に、何となく見覚えがあるような気がした。

 好きなタイプの顔だから、どこかで会ったら、名前は忘れても顔は忘れないと思うんだけれど、と考えていたら、その男は、急に芝居がかった話し方をやめて、心配そうに言った。


「大丈夫? 顔も手も、テープだらけだけれど」

 そして、同意も得ずに、私の隣の席に勝手に座った。


 確かに見覚えがあるのに、眺めているうちに自信がなくなってきた。

 警戒して答えないでいると、男は距離を詰めて、声を潜めて言った。

「……新人虐めでもあった? 助けが必要なら、相談に乗るよ?」


 ナンパか、と思ったけれど、そんな軽薄さは感じられない。

 他に何か、目的があるような気がした。鍋セットや洗剤、布団、曰く付きの水やありがたい壺、二束三文の期限切れポーションなどを、高額で売りつけられないようにしなければ。


「ちょっとかぶれただけですわ。何かわたくしにご用ですか?」

 男は、一瞬考える様子を見せた後、作り物の笑みを浮かべた。


「……僕は、マクシミリアン。その……君の、……狩猟民になりたての人の相談役になれればいいなと思っていて……えっと、君は、モスタ王国から来たご令嬢だと聞いているけれど、あってる? できればその……名前を教えてもらってもいい?」


 銀色に近いアッシュブロンドの髪を揺らし、整った顔をさりげなく寄せてきた男に対して、私は眉根を寄せ、椅子を移動させて適切な距離を取った。


「初めまして、わたくしは、クロエです。よろしくお見知りおきください」

 以前会ったことのある誰かだったらここで、その事を言うはずだと思ったのだが、ちょっと慇懃丁寧過ぎただろうか。

 銀髪の男の作った笑みが、一層作り物じみる。

「……クロエ? もしかしたら、王国では違う名前ではなかった? ……どうしてその名前にしたの?」


「わたくしをご存知ですの?」

 口調がひんやりとしてしまった。できれば王国時代の名前は、言って欲しくない。


「あ……」

 男は笑みを消し、失敗した、という顔になる。

「僕も、……同じ王国の出身だから」


 王国出身者で貴族だったなら、高位貴族子女の名前を知っていてもおかしくはない。


 マクシミリアン。銀に近いアッシュブロンドの髪は、そこそこの太さがあって、多分、おそらく、確信は持てないけれど将来的には衰退の心配は無さそう。鍛えた体つきから見て、少年期は脱していて、多分二十歳代になったばかり。


 そういえば、この顔。

 元婚約者の面影がある。

 だから見覚えがあるように思ったのか。


 三年前に、第一王子が愛する人と駆け落ちしたので、あの駄目駄目な第二王子が立太子して、公爵家が後ろ盾となり、私が王妃候補に選ばれるという、苦々しい経緯を思い出す。


 以来、第一王子の存在は王城ではタブー扱いだったが、名前はマクシミリアンだと聞いたことがあった。その愛する人というのが見目麗しい護衛の一人だったらしく、少し腐った傾向のあるご令嬢達が前のめりで情報のやりとりをしていたのだ。


 駆け落ち先はこの共和国だった訳ね。

 同性カップルが結婚可能な法整備をしているのは、この世界ではこの国ぐらいだろうし。


 つまり、私があのような不愉快な男と婚約する羽目に陥ったトリガーは貴様か、と一瞬責める目を向けてしまったが、結果的に自由を得たので許そう。


 名前を何回も繰り返したのは、以前会ったという事ではなくて、母国の第一王子だから知っているだろう、という事だったのか。まさか王子様扱いしろという事ではないよね?


「同郷の方ですのね? それは心強いですわ」

 素知らぬふりをして笑みを浮かべた私を、マクシミリアンは何か言いたげに見ていた。


「どうしてクロエという名前にしたかというと、昔の友……文通相手にクロエという子がいまして、彼女を偲んでこの名前を使うことにいたしました」

 おそらくマクシミリアンは、王国時代とは違う名前にした理由そのものを知りたかったに違いないが、わざと質問の意味を取り違えてみせる。


「……そうなんだ」

 マクシミリアンが、再び嘘っぽい笑みを浮かべて、またちょっと顔を近づけてくる。

「よほど仲の良い友達だったんだね、わざわざ同じ名前にするなんて」


 まだ続けるのか、この会話。偲んで、という言葉が出た時点で気遣って引いて欲しい。

「友達、……ではありませんのよ。わたくしは」

 あの子の友達を名乗る資格なんて、ない。


 一瞬、言葉を途切れさせてしまった後、幾分強めの口調で続けた。

「わたくしには、友達はいません。ぼっちが好きなので」

 だから、そろそろ一人にして欲しい。

 という言外の意味を込めたのだが、あまり効果は無かったようだ。


「……うーん、それは……」

 マクシミリアンは、戸惑う様子を見せながら言った。

「そういう個人的趣味は、いいとして。狩猟は大人数で行った方が効率も良いから、友達は作っておくべきだと思うんだけど……」

「そういうものなんですの?」


 ぼっちって趣味なのか。

 そんな訳ない、性格的なものだと思うんだけれど。名前もなかなか覚えられないほど、他人への興味が皆無なのだから。


 今だって本当は、『まあ、もしかして第一王子のマクシミリアン様ですの?』『侯爵令嬢とのご婚約直前に駆け落ちされたとお聞きしておりますが、この地へは恋人とご一緒に?』『恋人は、男性でありながら大変な麗人だとか』『どっちが受……いえ、なんでもありませんのよオホホ』などと、会話をつなげるべきなんだろうけれど、とてもそんな気にはなれない。


「ごめんなさい、わたくし、これまで一度も、お友達がいた事がなくて、よくわかりませんの」

 正直にそう言うと、マクシミリアンの顔色が、青ざめた。


「友達が……一度も、いた事がない……?」

 いや、なんでお前がそんなにショックを受けたような顔をしているんだ。


 内心むっとしながら、私は愁いを帯びた表情を作って、しおらしく頷いた。

 意見が対立する時は、反論しても長引くだけなので、できるだけ相手の意に沿った形で収めるに限る。


「でも、おっしゃりたい事はなんとなく理解しました。今後、善処いたしますわ。ご指摘ありがとうございます」

 私は会話を終わらせると、椅子を動かした事で少し遠くなった食事プレートを引き寄せ、肉を切り分けて、口に運び始めた。


 冷めちゃったじゃん。











⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

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