34_33:僕が死ぬ日の青い空(1)
【前書き】
今まで、本編は原則クロエ視点で、幕間編以降、少しずつ他者視点の話も混ぜてきましたが、今回初めてユージーン視点のみとなります。
ユージーンの過去回想部分は、暗いです。
痛い話、暗い話が苦手な人は、ページを閉じてください。
免疫のある方だけお進みください。
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【登場人物】
ユージーン:
元はルグウィン公爵家の嫡男だったが、妹クロエの後追いで亡命
クロエ:
本編主人公
マクシミリアン:
クロエの彼氏。
ザイオン:
マクシミリアンの異母兄で、古代エルフ王族の直系の子孫。
ルファンジア:
ザイオンの従者・守り役
その日の朝食は、スモークされたサーモンとこんがりベーコン、潰した卵、野菜がサンドされた細長いバゲットだった。
以前、パンを手作りできるなんて凄いとユージーンが素直に感動を伝えたところ、「まあな」とザイオンは少し遠い目をした。
その後でクロエに教えてもらった話では、ザイオンの元カノがパン屋で働いていて、一緒に住んでいた頃に習い覚えたらしい。きっと彼は、まだその娘に未練があるのだろう。
思い出させるような事を言ってしまって申し訳ないという気持ちを抱いたユージーンは、以前にも増して、作ってもらったものを丁寧に味わいながら食べている。
パンと一緒に提供された葡萄ジュースは、エルフの里にある果樹園で作られたものだ。
初めに一箱分の瓶詰めをルファンジアが持ち込んで、ザイオンが「美味いな」と褒めた直後、一〇箱追加で空輸されてきた。瓶詰めは日持ちするらしく、今後は毎朝葡萄ジュースになりそうだ。
葡萄ジュースを運んで来た魔導飛行船は、それ以来魔王城の庭にある。ルファンジアとマクシミリアンで飛行実験した後、クロエが、いざという時安全に脱出できる仕組みが必要だと言い出し、それもそうだなとザイオンが同調したために、設計に携わった竜人達とルファンジアで連日魔王城に集まっては改良を検討している。
竜人やエルフが簡易ベッドを持ち込んだ空き室に泊まって、一緒に朝ご飯を食べる機会も増えた。
ユージーンの対面、ルファンジアの隣に座っているのは、青みがかった緑色の鱗を持つ竜人で、十数センチ突き出たマズルを上下に開いて、骨まで砕きそうな鋭い歯でパンを噛み千切っている。
緑がかった襟無しシャツは、彼の鱗の色とマッチしていた。ズボンの後ろには太い尾が突き出て、彼のために用意された背もたれのないスツールから真後ろに垂れており、時々ぐるんと持ち上がっては、また静かに床に下ろされる。その動きがパンを齧るタイミングに同期しているので、『美味い』の身体的表現の一つに違いなかった。
「そういえば、一度訊きたいと思っていたんだけれど」
食卓に全員が揃い、食べ始めてからしばらくして、ルファンジアの向こう隣に座ったザイオンが口火を切った。
「マクシミリアン、お前は貴族学園で、……その、通ってて楽しかったか?」
「楽しくなかったよ?」
ザイオンの前の席に座ったマクシミリアンは、当時の事を思い出したのか普段浮かべている人の良さそうな笑みを消して、そう答える。
「でも、学校に行くとザイオンの機嫌が良くなるから、行ってた」
「え……」
ザイオンがほんの少し、狼狽えた様子を見せた。
「そりゃまあ、馬鹿が少しは治るかと思ってたからな」
「言い方!」
ユージーンの隣でクロエは、大好きなマクシミリアンが貶されて、怒り顔になる。
(僕の妹は、怒った顔も可愛い)
「治らなくてごめんなさい……」
「……少しは治ったんじゃないか?」
「その前提条件のまま会話するのやめて?」
「話が進まないな……っと」
ザイオンは、バゲットを傾けて、落ちそうになっていたスモークサーモンを留めた。
「とにかく、俺が訊きたかったのは、貴族学園で虐められていたんじゃないかっていう事だ」
(貴族学園で虐め……)
会話を聞いているだけのユージーンに、過去の記憶が蘇った。
マクシミリアンとは学年が違うが、ユージーンも同じ貴族学園に三年間通っていた。痩せていてほとんど喋らず、目立たない彼は、初めのうちは誰にも意識されない存在だった。
学内では教育の効果を促進するため、身分よりも実力を重んじるという、王国のシステムをある意味無視した校風が罷り通っており、王子であろうと、子爵家子弟であろうと家名を気にせず対等にクラスメートとして話す事ができた。ユージーンは、親しく会話する相手がいなかったので公爵家令息だとわざわざ名乗る必要もなく、名前もよくわからない陰気なクラスメートという立ち位置で、教室の片隅に居た。
ルグウィン公爵は、高位貴族としての体面のためだけに息子を学園に通わせた。人望のない公爵は傘下の貴族達をつなぎ止めるため、請われるままにユージーンを『貸し出し』ていた。その闇深い秘密がたとえ噂程度でも生徒達に漏れた時、ユージーンがどんな目に遭うかなんて、公爵は気にも留めていなかったのだろう。
いつか誰かに公衆の面前で、穢らわしい、汚らしいとなどと罵られる時が来るのではないかとユージーンは怯え続けたが、一年半は、何事もなく過ぎていった。
『お前さぁ、アレが超絶に上手いんだってな』
二年生になってしばらく経ったある日、同じクラスの男子学生に、そう耳打ちされた。
『この間、父上の部屋から出ていくのを見たぞ? 同じクラスだって父上に言ったら、取り引き相手の息子だが、娼館の女よりアレが上手いって褒めてた』
全身の血の気が一気に引いていく感覚に襲われる。
ユージーンが見上げると、大柄な茶髪の男が、ソバカスだらけのふくよかな顔に嫌な笑いを浮かべて立っていた。
第二王子派のラシエ侯爵家三男、ハノクだ。
父親のラシエ侯爵には、父に命じられて何度か会っていたが、同じクラスにいる彼の三男とは話した事もない。下位貴族達とよくつるんでいるハノクは、声高に侯爵家の財力を自慢したがる性格で、ユージーンは彼を徹底的に避けていた。
おそらくユージーンを、格下の貴族家子弟だと思って話しかけてきたのだろう。ユージーンの姓がルグウィンだという事も、それが公爵家の家名である事もハノクは知らなさそうだ。
『そんな顔をしなくても、学校で言い触らしたりしないさ。父上の醜聞にもなるからね。僕は父上と違って、男なんか抱く気にもならない。でも、アレには興味あるんだよな……』
それから時々、鍵のかかる部屋に呼び出されては、ユージーンは侯爵家三男の前に跪いた。だらしなく膨らんだ腹の下にぶら下がっているソレを舐めるぐらいで事が丸く収まるのなら、卒業までの間我慢すればいい。そう考えて、ユージーンは彼に大人しく従った。
半年ほど経って、この関係は破綻した。
二人の妙な雰囲気に気づいた同級生がいたのだ。
教師達が密室の鍵を開けて乱入してきた時、侯爵家三男はユージーンの頭を鷲掴みにして、達しようとしているところだった。
『普段それほど親しい感じでもないのに、ユージーンが無理矢理連れて行かれるところを見てしまったんです。気になってあとをつけてみたら、密室に籠もっていて、泣いているような声も聞こえたので、これは何らかの虐待が進行しているのではないかと思って、先生方を呼びました』
侯爵家三男が喚き、教師達の怒号が響き、ユージーンが声も出せずに震えている横で、飄々とそう証言したのは、ライオ男爵家の次男、ルキルスだ。
校内の管理体制に言及される事を恐れたのか、学校側は侯爵家三男を厳重注意した上で別のクラスに振り分け、この件を他言したり同じ事を繰り返したら次は退学、という処分で済ませた。箝口令は敷かれたものの、最終学年が始まったばかりで突然クラスを移った理由として、『同性を強姦した』という噂が付き纏い、侯爵家三男は孤立し、婿入りするはずだった良縁も駄目になった。
踏み躙られる事に慣れ過ぎて感覚が麻痺しているのかも知れないが、あれは虐めとまでは言えないとユージーンは思っていた。だから当時は、助かったという気持ちは皆無で、嘘を入り混ぜて証言したライオ男爵家次男の思惑の方が恐ろしく、恩に着せて何か無体な要求をしてくるのではないかとユージーンは警戒し、彼を避け続けた。幸い卒業まで何事もなかったので、純粋に、正義感から動いてくれたのかも知れないが。
「虐めなんかなくて、みんないい子達だったよ」
と、マクシミリアンはザイオンに答えていた。
「僕が何か言うたびに、笑ってたし」
「それは……」
馬鹿にされていたんじゃ、と言いかけたらしいザイオンは、クロエの目付きに気づいた。
「……いい友達ばかりで、良かったな」
「友達じゃないよ? あの子ども達は、親に言われて仕方なく、僕に近づいてきただけだから」
「子ども達って……お前も、その子ども達のうちの一人だろうが」
「えっ? そうなの?」
マクシミリアンの驚いた表情を見て、ザイオンは呆れたように言う。
「お前は、何様のつもりで学校に通ってたんだ?」
「……王子様」
マクシミリアンは、なぜそんな事を今更訊かれるのかと不思議そうな顔をしている。
クロエが突然ジュースに咽せて、咳き込みながら慌てて洗面の方へ逃げていった。
「そういえばそうでしたね、マクシミリアン元第一王子殿下」
ザイオンは諦めたような声でそう応じた。
⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈




