34_21:冬が来る前に(2)
「とってもお似合いですわ」
コート売り場で、緑色のタイトなスーツを着た竜人の女性が、ザイオンに微笑みかけている。細やかな銀の鱗に覆われた彼女は、蛇のようにしなやかな動きを見せながら、ザイオンの右から左へと回り込み、試着したコートの襟を整えた。
「お世辞はいい」
ザイオンはそう言ったが、ファーの付いた黒のロングコートは店員の言う通り、本当に彼に似合っていた。
おそらくモンスター素材の本革製で、暖かそうなファー部分もモンスター素材だろう。
胴部分が細く、裾がやや幅広になっているデザインは、子分をたくさん従えたヴィランの頭目やSF映画の主人公にありがちなイメージだ。
それを黒髪金眼のザイオンが着て、不機嫌オーラを放ちながら仁王立ちしている姿は、どう見ても魔王だった。
……背中に、値段の付いたタグがぶら下がってさえいなければ。
(うわっゼロの数多っ)
一瞬のチラ見で、クロエは値段を見て取る。
この拠点の食堂でマクシミリアンと再会した時、彼は魔王のコスプレをしていたが、あの時のマントの何十倍もの値段だろう。
「なんだ?」
金色の瞳でじろっと睨まれて、魔王コートのせいでいつもの五割増しになった迫力に、クロエは思わず後退りしそうになった。
「お礼を言おうと思って。ユージーンの服の」
「ああ? 昨日、俺が金を払うって言っただろう?」
それがどうした、と言いたげな顔。
確かに、『金は俺が出すから、一緒に行こう』と言ってはいたけれど、あの流れだとマクシミリアンのコート代だと思うよね?
(まさか、全員分のつもりだったとは……)
ツンデレか?
ツンデレなのか?!
クロエは、とりあえず感謝の言葉を口にした。
「ありがとう。助かる」
ザイオンはふっと、嘲るような笑みを浮かべる。
「金に困ってる癖に、見栄を張ってるんだろうなと思ったがその通りだったか」
クロエはスンッと表情を消した。
ツンデレだとしてもやっぱり、一言多いこの男に、素直に感謝はできない。
「そうね。とにかく、ありがとう」
無機質な声で、クロエはもう一度言った。
「それよりユージーンはそろそろ限界じゃないのか?」
そう指摘されて、クロエは気づいた。
こんなに長時間、休憩を取らないで歩いているのは、退院してから初めてじゃないだろうか? 彼女が慌てて振り返ると、店舗の外にあるベンチに座っているユージーンの姿が大きな窓越しに見えた。
買ってもらった服の入っているバッグを、大事そうに抱えている。
見える場所にいてくれたのでクロエは安堵したが、早めに合流しなくては、と思う。
「あら」
同じ方向を見た、店員が言う。
「店内でも、ご休憩いただけますのに」
「ねえ」
マクシミリアンがなぜか上半身裸のまま、黒いシャツと焦げ茶色のシャツを掴んでこちらに歩いてきた。
「どっちがいいと思う?」
クロエが黒、と答える前に、ザイオンが言った。
「迷うぐらいなら両方買え。……それで、自分の服はどうしたんだ?」
ロングコートを着たまま怒りオーラを纏い始めるザイオンを見返し、マクシミリアンは二、三歩後ろに下がった。
「……どっかに行きました」
「またそれか!」
店員が、マクシミリアンの手から商品を受け取りながら、微笑む。
「試着の服を脱いだ時に、一緒に脱いでしまったのですね。大丈夫、私が探して参りますわ。そちらのコートもご一緒の精算でよろしいですか?」
(なんという商売上手!)
クロエは彼女の美しい鱗を、感嘆の想いをこめて見つめた。
(これは断りにくい! でも、あの金額をザイオンが支払うかしら?)
ザイオンは、数秒考えた後、何か言いかけた。
「どろぼう!」
店の外から、叫ぶ声が聞こえた。
はっとしてクロエがそちらを見ると、赤髪を鶏冠のように逆立てた若い男が、ユージーンのバッグを引っ張りながら叫んでいる。
「どろぼう、放せよ、どろぼう!」
肩から両袖を千切り取ったような青地のノースリーブジャケットを着ていて、突き出た男の両腕には、隙間無く入れ墨が彫られていた。その派手な見てくれで、どろぼう、と物騒な言葉を連発するので、周囲にいた買い物客は戸惑ったように距離を取る。
ユージーンは必死に、持ち去られそうになっているバッグにしがみ付いていた。
どろぼうが、どろぼうと叫んでいる?
クロエが状況を把握しようとしている間に、マクシミリアンは店の外へと向かっていた。
慌ててクロエも、彼の後に続く。
「これは、妹が僕に選んでくれたものだから」
必死に抵抗するユージーンの、震える声が聞こえる。
相手の男は、大声で怒鳴りつけていた。
「俺が買って、そこに置いてたんだよ! 手を放せ、どろぼう!」
あまりにも堂々としていて、まるでその言い分が正しいかのように響く。
増えていく野次馬の向こうに、こちらに走ってくる黒狼型獣人の姿が見えた。マクシミリアンの知り合いの保安官だ、とクロエは思い出す。
「違う……僕のなんだ!」
ユージーンはバッグにしがみ付いて、放すまいとしながら言う。
「買ってくれたのは、ザイオンで……」
「しつこいんだよ、どろぼうが!」
男は怒声を上げ、バッグを思い切り引っ張った。
ユージーンが引き摺られ、体勢を崩したところに、男が蹴りを入れる。
マクシミリアンが間に合って、自らの身体に蹴りを受けた。
彼はわざと大げさに倒れながら、僕今、蹴られました! という顔を駆け寄ってくる黒狼型獣人に向けている。
それに対して、いや待て! ちょっと待て! と言いたげな顔を、獣人はしている。
ようやくクロエも間に合って、体勢を崩して膝を突いているユージーンの身体を抱き取った。
「僕は……怖くて」
ユージーンは、震えていた。
「手を放してしまった……」
「それでいいのよ、お兄様」
クロエは彼の背をさすりながら、言った。
「ここは共和国だもの。バッグは後で取り戻せるわ。怪我がなくて良かった!」
「どろぼうの仲間が増えたぞ!」
奪ったバッグを後ろに隠して、後退りながら赤い鶏冠男がマクシミリアンとクロエを指さした。
「俺のバッグを奪おうとした! 捕まえてくれ!」
周囲に集まった野次馬達の視線が、冷ややかにクロエ達を捉える。
彼らは足を止めた当初、どちらを信じていいかわからない様子だったが、繰り返し主張する男を信じ始めているように見える。
大声で叫んだ方の主張が通るのは、ネットでも現実社会でも同じだ。
少し前のクロエなら、視線に怯んで、この場から逃げ出したかもしれない。でも今は、そんな自分の些細な感情などに構ってはいられず、どうやってユージーンを守ろうかと考えている。
起き上がったマクシミリアンの前には、黒狼型獣人のガーディアンが立ちはだかっていた。
「手を出すなよ? また大事になるぞ?」
彼はおそらく、マクシミリアンが食堂で大暴れして捕まった時の事を言っているのだろう。それは困る、とクロエは思う。
「あいつ、悪い奴だよ?」
マクシミリアンが心外そうに言う。
「殺しちゃ駄目なの?」
「駄目なの!」
黒狼型獣人は、両腕で大きな×を作った。
「さっき応援を呼んだから、ちょっと待ってて」
止めてくれてありがとう、狼の人、とクロエは心の中で手を合わせた。
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