31:王の血筋
火竜の二度目の襲撃から、数日が経った。
魔王城の南にある天使の館も、家宅捜索が落ち着いてきたらしい。頻繁に出入りしていた金髪長身の神聖帝国捜査員達の姿は、殆ど見かけなくなった。
狩猟生活も十日を過ぎた私はついに、卵クエストに成功した!
同行してくれたのは、白狼ちゃんと、灰色狼くんと、マクシミリアンの三人。
「僕一人でいいのに」
と不満たらたらのマクシミリアンは、迫り来るシゲラ達を大剣で蹴散らす担当。
私と白狼ちゃんと、灰色狼くんは、ラグビーの選手のごとく卵を互いに渡し合い、時には右へ行くと見せかけて左へいき、急に右へ全力で走っては、ゆっくりと後退し、というフェイントを駆使しながら、フィールドを走りきった。
白狼ちゃんと、灰色狼くんが地道に、シゲラの巣の場所をマーキングし、ルートを確保した成果に乗っかった形なので、私にしてみれば感謝しかないのだが、マクシミリアンは最後まで、彼らの手を借りた事に納得しなかった。
「シゲラの巣の情報だけもらって、私だけクリアする訳にはいかないでしょ?」
そう言って説得したのだけれど、マクシミリアンは、巣が移動したのは彼らカップルが何度もクエストを失敗した結果だから、気を遣う必要はないと言う。
灰色狼くんも、何となく不穏な空気を纏っていたが、クエストクリアに大喜びしている白狼ちゃんの前ではニコニコしていた。
「やっとクリアできた~嬉しい~」
クエスト受付窓口を出たところで、尻尾を嬉しそうに振っている彼女を、灰色狼くんが優しく抱擁する。
「これで、一緒にクエストに行けるね!」
「うん! 鈍臭い私に、ずっと付き合ってくれてありがとう、ロッシ!」
ギュッと抱き締め返した白狼ちゃんは、さっとその手を放して、マクシミリアンの方へ駆けていった。
「ありがとう、マックス!」
彼を一瞬だけハグした後で、白狼ちゃんは私の方へも突進してきて、抱き締めてくれた。
「クロエ! 誘ってくれてありがとう! また一緒にクエスト行こうね!」
「うん」
なんていい子なんだろう!
これは、私にもついに、女の子の『友達』ができたという事だろうか!
「私、みんなにも言ってくる!」
そう言って、彼女は、嵐のように去っていった。
「メイミィ、待って!」
彼女の後を、灰色狼くんが追いかけて行く。
その様子を、マクシミリアンがじっと見送っていた。
「どうかした?」
と私が訊くと、彼は両手を広げた。
「ハグしていい?」
あ、そうですね。白狼ちゃんの派手なリアクションに飲まれて、マクシミリアンにお礼を言うのを忘れていました。
「うん。手伝ってくれて、ありがとうね、マックス」
ギュウギュウと抱き締められて、気づいた。
少しだけご褒美を与えて、さっと身を翻して、他の人も平等に抱き締めた白狼ちゃんは、相当な手練れだ。
あれは、手伝ってくれて感謝はしているけれど、灰色狼くんに特別な関係を許したわけじゃないのよ、という意思表示をするための高等技術だったのだ。
(私と『友達』になりたかった訳じゃないのかぁ)
ちょっとがっかりした。
あ、やばい。
顔を近づけて来るマクシミリアンを間近に見て、胸の苦しさに、これ以上は耐えられそうになかったので、無理矢理に話題を振る。
「昼から、一緒にクエストに行く?」
「行く……」
マクシミリアンの接近が止まった。
「でも、クロエ。……武器を取りに帰らないと」
「ああああ」
頭を抱えて、海老反りした。
「落としたんだった!」
正確には、ガーディアン事務所に落とし物として拾得されている。
公的書類にも、拾得物名『闇より出でし暴虐の暗黒棍』として記載されているはずで、今更落とし主として名乗り出る勇気はない。
「落ち着いて、クロエ」
マクシミリアンが私を支えながら言った。
「落とした武器は、ザイオンが持って帰っているはずだから」
「持って帰ってぇぇえ……?!」
というタイミングで、ザイオンが現れた。
「卵クエスト、終わったのか?」
手に持っているのは、私の飛翔棍、別名『闇より出でし暴虐の暗黒棍』だ。
「終わった!」
と明るく答えるマクシミリアンだが、私には悪い予感しかしない。
「ザイオン、ソレ……何て言って引き取ってきたの?」
「普通に、クロエが落としたって言ったが」
「……終わった」
この拠点の行政と治安を仕切るガーディアン事務所で、私の人物評定は今頃取り返しのつかない事になってしまったのではないか。
「もうあそこには、二度と足を踏み入れられない……」
「そういえば、さっきガーディアン事務所で聞いたんだが」
飛翔棍を私に渡して寄こしながら、ザイオンが言った。
「モスタ王国から何人かこの拠点に来ているらしいぞ。王位継承権を巡って、何か動きがあったという噂があるから、念のため刺客には注意しておけよ」
「まだ狙われる可能性があるの?」
私は急に不安になる。
マクシミリアンには、屋内では上半身裸でうろつく癖があるので、酷い傷痕が幾つもある事を知っていた。そのうちの幾つかは、子ども時代に高い場所から落ちたせいだというが、明らかに刃物跡だとわかるものもあった。
「大丈夫だよ」
マクシミリアンが、私の頭をよしよしと撫でて言った。
「僕、強いから」
最近彼は、私の頭をよく撫でる。
『実の母親に殺されそうになっているなんて、可哀想な奴だなぁ』
ザイオンが言ったという台詞を思い出す。
あの刃物痕が、最近じゃなくて子どもの頃のものだと思うと、より一層、煮えたぎるような怒りを覚えた。
「相手が人間なら、やりようはあるわ」
私は、飛翔棍を構える。
「そいつは、人には刃が立たないようはなっているが、鈍器としては使える」
ザイオンは上着を探って、小型のナイフを取り出した。
「これも持っていろ」
私は、掌サイズのナイフを受け取って、ベルトの内側に挟み込んだ。
ザイオンは今日は、職人服のようなポケットの多い黒色ジャケットを着ていたから、いろんなところから工作用の道具を出してきても違和感はないが、暗器に近い武器を持ち歩いているという事は、普段から警戒しているのだろう。
魔王城が目玉だらけで自動迎撃付きなのも、納得だ。
飛翔棍を背中のホールドに取り付けた時、どこからか甘い匂いが漂ってきた。
その覚えのある香りに、私は顔を上げる。
小柄なエルフが、紙袋を手にやってくるのが見えた。
マクシミリアンが警戒しながら前に出ると、エルフはその場に跪いた。
「テイユが無事に戻ってきました。あなた方のおかげだと聞いています。まずはお礼申し上げます」
エルフは丁寧に頭を下げた。
いつもの、少し小馬鹿にした態度は微塵もなかった。
適当に括って後ろに流していた長い髪は、綺麗に結い上げており、エプロンも着けていない。礼服とも軍服とも取れる浅葱色の上下服を着ていた。
「そして、この度の私の愚行、申し訳ありませんでした。簡単にお許しいただけるとは思っていませんが」
彼女は、紙袋の中身を出して、頭上に恭しく掲げた。
甘い匂いが、香る。
「どうかこれにて、購いをさせていただけないでしょうか」
それは、黄金色に目映く輝く、見紛いようもないバナナ一房。
「ゆ……」
私は彼女のそばに駆けつけて、跪くと目線を合わせました。
「許します! 許しますわ……!」
私のその言葉に、エルフの美しい金色の瞳が潤みます。
彼女の手に掲げられた一房は、すべすべした黄色い肌が魅惑的に光り、数メートル先にいてさえその芳醇な匂いを感じ取れるほど、高い品質のものでございました。
南の国の強烈な太陽の光を凝縮し、内包された甘味エネルギーは、黄色い皮を突き抜けんばかりに、私を射たのです。
これは、運命の巡り会い。
私はそっと、両手を差し伸べました。
あの日、私の手元から旅立ったファーストバナナは、こうして再び、私の元に回帰したのでした。
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私がバナナの房を掻き抱いて、感傷に浸っている間の事。
「あらゆる聖霊の祖にして我らが始祖、アレシャトに繋がる王の血筋の方に、傍系のルファンジアがご挨拶申し上げます」
エルフは胸に手を当て一礼すると、ザイオンに言った。
「このたびはお身内の方に大変な無礼を働いてしまい、言い訳のしようもございません。今後は、ザイオン様に命を賭してお仕えさせていただきます所存にございます。いずれまた、エリクシャナ様と共に改めてご挨拶に伺いますので、本日はこれにて失礼いたします」
再度一礼して去って行くエルフ、ルファンジアの後ろ姿を、ザイオンは無言で見送っていたという。
バナナは三人で美味しくいただきました。




