29:鎧は経費で落ちません?
狩猟生活六日目(7)
「我が帝国内では、憎むべき犯罪行為が増加傾向にあり、使役魔獣の奴隷売買が密接に関連している現状があります。私は女王陛下の命を受けて、我が帝国に仇なす奴隷商人達を潰すため、この地にやってきました」
五体投地君改めアルス・ディラ捜査官が私をじっと見ているのは多分、正体を明かした事に対する反応が欲しいのだろう。
今の私は疲労感半端ないので、できればスルーしたかったが、ここは期待に応えるしかないのか。
「やっぱり捨て垢だったんですね」
と、正直な感想を述べておく。
「ステアカ?」
ゲームやネットでは、メインではなく、一時的に作って、目的を遂げたら捨てるアカウントを『捨て垢』と呼ぶ。あまり良い目的ではない事も多いが、新しいシステムを試したいとか、使う予定のないサービスに付き合いでアカウントを作りたい時には便利だ。
「本気で移住したい人なら、自分の名前はもっと真剣に選ぶはずです。五臓六腑さんも丁々発止さんも皆、仮で作った身分なんですね」
「ああ、そういう事。捨ててもいいアカウントね。その通りです」
ディラ捜査官は頷いた。
「移住者を装ってここへ来た私と部下達は、この地で使役魔獣達を攫い、帝国へ売却するルートを仕切っている者が誰なのかを突き止めようとしていたんですよ。だが、拉致の実行犯には、困窮した本物の移住希望者が雇われており、早ければ一月程度で拠点を移動して入れ替わってしまう。長期定住者の中に彼らを取り纏める黒幕がいるはずなのに、なかなか証拠を掴む事ができませんでした。そこへあの、火竜襲撃事件です」
気取った身振りで、ディラ捜査官は人差し指を立てる。
「拉致実行犯の容疑者の一人を追っていた私達は、火竜襲撃の混乱の中で、後れを取ってしまいましてね。拉致はすでに行われた後で、クロエ嬢、貴方だけが犯行現場近くの食堂にいました。あの後しばらく、犯行を目撃されたのではないかと疑心暗鬼になった連中が、貴方の後ろにつきまとっていたんですが、知っていましたか?」
「……そうなんですか? あの時、物陰から誰かが、ハンドサインを送っているのは見た気がしますが」
そんな危険な状況に陥っていたのか私。
誰とも目を合わさないように俯いて歩く事が多いので、周囲はよく見ていなかった。
あの時の、影が映るほどキラキラした派手な鎧を思い出す。
(あれ、捜査の経費で落ちるんだろうか──帝国の捜査機関の経理システムは知らないけれど、請求された担当者の心中お察しします)
「ああ。潜伏していた部下が、姿を消した子達の特徴を伝えてくれていたんですよ。あの日、実はクロエ嬢の事も疑っていました。その後、貴方を付け回している容疑者達の動きを見ていて、それはなさそうだなと思い直しましたが」
私も五体投地君を疑っていた事は言わないでおこう、と思った。
地図をもらった時は、地下で、殺されるかも知れないと警戒していたっけ……。
「ああ」
と、思わず声が出た。
「もしかして、龍紅玉を取りに行くように仕向けたのは、私を囮に使うため?」
「そこに気づいてしまいましたか……」
芝居がかった仕草で、ディラ捜査官は頭を振った。
「つけ回している連中の一人を地下に誘き寄せて、怪しまれないように、うまく捕獲しました。幸運な事にその男から、再度火竜襲撃を引き起こし、混乱に乗じて攫った使役魔獣達を海に移送する計画があるという情報を得られたので、今回の救出作戦の成功に繋がった訳です。彼はクロエ嬢に使う目的で違法な武器を所持していましてね、ガーディアン側がそれを理由として勾留したため、黒幕にも怪しまれずに済みました」
ディラ捜査官は、殊勝な様子で続けた。
「もちろん、貴方の事は絶対に守るつもりでいましたが、黙って囮に使った事は申し訳なかったと思っています」
「あの子達を助ける役に立てたのなら、いいです」
囮になるぐらいでしか、役に立てないし……うん、かなり自信喪失しているな、私。
逃げるばかりじゃなくて、何かできるようになりたい。
「それに、私を危険から、密かに守っていてくださったんですね。ありがとうございました」
「我々も、クロエさんのおかげで、連中の先回りをする事ができた」
獅子団長は、グレイの破片を指に挟んで、振って見せた。
ディラ捜査官が話している間、ほんの一瞬寝落ちしたように見えたのだが、復活したらしい。
「この殻を見つけてきてくれたおかげで、火竜達が卵によって呼び寄せられたのだとわかった。上位モンスターの生息地からこの拠点まで、火竜に追いつかれずに卵を運ぶ人間がいるとは思っていなかったので、想定外だったが、まさか猩猩を使うとはな」
少しばつの悪い表情を、モフモフの顔に滲ませながら獅子団長が言った。
「あれは確か、キノコ採りクエストの途中で、偶然見つけたんです」
グレイの欠片は『物語』上、誰かが見つけなければならなかったのかも知れない。たまたま私に、その役割が振られたのだろう。
「おかげで、火竜の卵のある場所を全て監視させて、襲撃のタイミングを知る事ができた。昨日知ったばかりの隷属の首輪を付けた猩猩が現れて、驚いたが」
獅子団長がとても眠そうなのは、徹夜で監視の指揮を執っていたためらしい。
ヨアン保安官が、その後の説明を引き継いだ。
「ディラ捜査官から、使役魔獣達の移送の情報を得ていた我々は、スラン団長から連絡を受けて、救出作戦を最優先とした。地下水路、カウザン川、ギガテス大河の近隣流域でガーディアン所属の保安官を待機させ、無事発見、救出に至った。人質を取られているようなものだからね、できるだけ犠牲者を出さないように、慎重に事を進めたんだ」
一呼吸置いて、ヨアン保安官は告げた。
「そのため、火竜への対応を後回しにせざるを得なかった」
獅子団長のばつの悪そうな顔の意味がわかった。
「図らずも、囮の役割を押しつけてしまって、申し訳なかった」
ヨアン保安官が頭を下げようとしたので、私は思わず、降参するかのように両手を挙げた。
「あー、さっきも言いましたが、あの子達を助ける役に立てたのなら、いいです。それに、囮になるという話は先に、獅……いえ、スラン団長に私から申し出ていた事です」
囮になるぐらいでしか、役に立てないし……(以下略)
「では、謝罪ではなく、お礼の言葉を尽くそう。囚われていた使役魔獣の子達を全員無事に助け出せたのは、クロエさんのおかげだ。カウザン第一拠点を代表して、礼を言う。ありがとう」
ヨアン保安官の差し出した手へ、私が遠慮がちに手を差し出すと、力強く掴まれて上下に振り回された。
(全員ということは、黒猫の子も見つかったという事よね)
私の容疑も晴れただろうけれど、今後どういう顔をして道を歩けば良いのかと考えると、気が重い。
「私からも、礼を言わせてくれ」
スラン団長も手を差し出したので、握手した。ほんの一瞬ではあるか、彼の肉厚な肉球に触れる事ができて、幸せだった。
「もちろん、報奨金も期待してくれていい」
その言葉に、私の死んでいた表情筋が復活した。
「マジですか! やった!」
やや遅れて、火竜を三匹も屠ったのはマクシミリアンなのだから、自分だけお金を受け取るのはおかしいよね、と気づく。
「では、それはマックスにあげてください。火竜を三匹も、あっという間に倒したのは、マックスなので……」
隣を振り返った私は、思わず言葉を途切れさせた。
妙に静かだとは思っていたのだ。
幼馴染みとはいえ、久しぶりに会ってみたら随分大きくなっていて、中身は一緒のようでも、見知らぬ他人と言ってもいいぐらいに、マクシミリアンは強かった。大人になった彼には会って間もないのに、泣き顔なんて見せてしまったので、私は恥ずかしさのあまり、そちらを見ないようにしていた。
だから、今まで全く気づかなかった。
マクシミリアンは押し黙ったまま、不穏な空気を漂わせている。
ここまでの何かが彼を、怒らせたようだ。
(魔王モード再び……?)
南門で彼を置いて勝手にフィールドに出た挙げ句、探しに来させてしまった事に、怒っているのだろうか。
それとも、火竜を倒した自分よりも、私がやたらと感謝されてしまったために、ふてくされているのかも知れない。
助けてもらったのに、まだろくに礼も言えていなかった。
心当たりが幾つもあり過ぎて、私は彼になんと声をかけていいか、わからなかった。
長くなったので分割




