22:黒歴史は具現化する
狩猟生活五日目(7)
長い一日だった。
双剣に名前を付けたのが今朝の話で、初めて多頭狩りをして、帰ってきたらザイオンと遭遇した。
顔を見た途端に、過去を思い出し、ガーディアンの事務所でマクシミリアンと会って、彼らの事情を知った。
王城には、第二王子と婚約中訪れる事はあったけれど、いつか国外に逃げ出すつもりでいた私は、面倒だなと思いながら適当に過ごしていた。そこで繰り広げられる権力争いや、権謀術数には無関心で、元婚約者の母に当たる王妃との会話も、特に印象には残っていない。
己の権力のためには、我が子も殺すような人間だったとは。第二王子の後ろ盾となっていた私の生物学的父親も、企みに加わっていた可能性はある。
私が何も気づかずに、自分のことばかり考えて過ごす間、この二人の兄弟は支え合って生きて来たんだな、と思う。
私も、自分の生き方を少しは見直してみた方がいいだろうか。
他人に関心を持ち、心配したり、されたりする人生。
少し想像しただけで、無理だと思った。
(きっと、相手が私をどう思っているか、離れていかないかが気になって、ずっと不安で仕方がなくなる)
耐えられそうにない。
(だから今まで、誰とも関わろうとしなかったのに)
ガーディアンの事務所を出る頃には、陽が朱く染まり始めていた。
ヨアン保安官が別れ際に言った。
「マックス。理由はわかっていると思うけれど、ガーディアン活動は無期限休職だ。対外的には、容疑者を逃がした責任を取るという形になる」
どうやらマクシミリアンは、保安官助手のような事をやっていたらしいのだけれど、今回の騒ぎの責任を取って馘、という事らしい。
「すみませんでした」
と、神妙な顔をしていたマクシミリアンは、事務所を出た途端にニコニコしながら言った。
「無職になっちゃった」
なので、じゃあ私はこれで、と笑顔で離脱するタイミングを逃した。
当たり前のように繋がれた手を、どうやってさりげなく解こうかと思いながら私は、導かれるままに歩く。
ハブ広場とは逆の、居住区への緩やかな勾配を、夕陽が沈みつつある西へ上っていった。
土で固められた道は中心部分がわずかに盛り上がり、低くなった両側には溝があって、雨水の逃げ道を考えて町の設計をしている事がうかがえる。広場の周囲にも溝が掘られていたので、そこに雨水を集めて地下へ排水するのだろう。都市全体の清潔さから考えて、上下水道も整備されているようだ。
首都とは違って、高い建物はない。
木造、石造り、レンガ造りが混在し、高くても三階建てまでの町並みが続く。
幅の広い道が広場からリム方向に伸び、ハブ広場を同心円状に取り巻く道がその左右に広がっていた。全体的に蜘蛛の巣のような造りだが、弧を描く道が四角い建物に遮られている箇所も多く、変則的だ。
「無職といっても、狩猟で稼げるから、食費と固定費と固定資産税分、月に数回上位モンスターを狩れば充分かな」
マクシミリアンは指を折って、計算していた。
「狩猟民生活もなかなかシビアなんだね」
町のインフラと安全性を維持するためにかかっているコストを考えれば、固定資産税があるのは、当然だろうなと思う。
「家を買った後は、そんなに働かなくていいと思っていたのに」
マクシミリアンは、やや不満げな口調になる。
「お前は食費がかかるから、稼いで来いってザイオンが言うので、仕方なくバイトしてたんだ。保安官助手は、割が良かったから」
「元王子様が、バイトかぁ」
思わず、口元を緩めてしまう。
思っている事をそのまま口に出せるのは、楽だ。
いつもなら心の中で突っ込むだけだったのに。
「クビになったって言ったら、怒るかな、ザイオン」
マクシミリアンは不安そうな顔になる。
「多分、それぐらいは予想していると思うよ」
慰めにもなりそうにない言葉を、私はかける。
「そうだ、私のクエストに付き合ってくれない?」
あまり稼ぎにならなくて、悪いけど、と付け足す前に、マクシミリアンが答えた。
「付き合う!」
悩みの種だった『お友達』問題が、こんなに簡単に、解決するなんて。
「ありがと」
嬉しくて、思わずニッコリと微笑んでしまった。
「ずっと、一生付き合う」
と、マクシミリアンが顔を赤らめながら言うので、もしかしたら違う意味に捉えたんじゃないかと、不安になってくる。
緩い坂道の途中で、マクシミリアンは右に曲がり、同心円状の道に進む。ここまで広場から離れると、弧を描いているはずの道は、ほんの少し歪んで見える程度だ。
(さっきは、ハブ広場から夕陽の方向に進んでいて、右に曲がったという事は、今北向きなのよね?)
「あれが僕達の家。わりと大きいでしょ」
マクシミリアンが指さす方向を見て、私は、じんわりと汗をかき始める。
ああ。
ソレがそんな形でそこにある理由が、わかるような気がする。
十年前の私は、よく覚えていないけれど、ケガもしていないのに包帯を巻いて、一緒に走っているマクシミリアン相手に、厨二病的妄想を垂れ流したのだろう。
本当に、何て事をしてしまったのか。
近づくに連れてその姿を明らかにしていく、私の罪の具現化。
「クロエの部屋は、最上階の三階にしたよ。防犯上最上階がいいと思って」
マクシミリアンの恋人繋ぎが振り払えない事さえも、些末事だ。
「お風呂や洗面は一階だから、ちょっと不便かも知れないけれど」
なぜか一緒に住む前提で、マクシミリアンがうきうきと話している事も、逆に、申し訳ない。
「もしかして、食堂で黒いマントを着て現れたのは、私が魔王の話をしたから……?」
道を遮るようにして建つその建物の、正門玄関らしい黒塗りの鉄の扉は、髑髏で飾り立てられていた。
「うん。『いつか魔王と結婚する』って言っていたから、好みに合わせたくて」
ぐはっ!
それは、よく覚えていないけれど多分、ラスボスの魔王を倒した後、惹かれ合って結婚するストーリー展開を妄想したものだから!
という事を今更言っても、過去に犯した罪は消えてくれない。
「髪も黒く染めたかったんだけれど、そうすると僕が誰だかわかってもらえなくなりそうだから、やめたんだ」
いや本当にごめんなさい! すっかり君の存在を忘れていました。心が痛いです……
「ザイオンが、魔王は実在しないって言うから、じゃあ僕が魔王になっちゃえばいいかなって」
それは、どうなんだろう。
黒レンガで形作られた屋敷は、全体的にトゲトゲしかった。比喩ではなく、尖った爪や牙などのモンスター素材が、塀や屋根の上など至る所に埋め込まれている。
鳥が羽を休める場所もない。モンスターが上空から侵入しようとしたら刺さりそう。
壁のあちこちに目玉が張り付いていて、生きているかのようにギョロギョロと動いていた。
「あれはね、ザイオンの作った魔道具。部屋の中から、外が見えるんだよ」
「もしかして、侵入者が来たらあの目玉が捕捉して、勝手にトゲトゲを飛ばしてやっつけるとか?」
「よくわかったね!」
なんと自動迎撃システムつきである。
異様な雰囲気のその邸宅は、どう見ても魔王城だった。
心底、五体投地したい気分。
こんなモノを見せられて、私関係無いわ~なんて去っていけるほど、人でなしではありません。全ては過去に患っていた私の重度厨二病のせい。元凶の私が、住みたくないなんて言い出せるはずがない。
ザイオンは、なぜ何も言わなかったのか。
どういうつもりで、自宅がこんな風になるまで放置していたのか、問い詰めなければ。
私達が近づくと、魔王城の扉は自動的に開いた。
「これも魔道具?」
「そう。目玉で見て、住人だと判断したら解錠して通してくれる」
「すごい」
素直に感心していると、マクシミリアンは満足そうに笑う。とてもいい笑顔だ。
ふいに視線を感じて、振り返る。
周囲には、レンガ造りの邸宅が並んでいた。
左手に、白いレンガ造りの二階建て邸宅がある。
魔王城からみて斜め向かいだ。
夕陽を背景に、キラキラと美しく輝いていて、その神々しさに一瞬城かと思った。
白レンガの間には、美しい文様が描き出るように生成りのレンガが配置され、随所に花や太陽をモチーフにした彫り込みがある。
一階と二階には、上下で入れ違いとなるように、窓が設けられていた。全て同じ形に揃えられ、上部がアーチを描いていて、ガラスを支える白い木枠もアーチ型だ。
白い邸宅の周囲には、綺麗に手入れされた緑豊かな庭があった。女神や軍神だと思われる等身大の彫刻が、散策を楽しむかのように並べられている。こちらを向いて微笑む、葡萄を抱えた女性像と目が合った。
「あんなにたくさん像があったら、夜に動きそうで怖いよね」
私の視線に気づいてマクシミリアンはそう言うが、壁に張り付いてギョロギョロ動く目玉の方が怖いと思う。
「あの家、天使の館って呼ばれているんだよ」
「天使の館……」
何となく察した。
きっとこの屋敷との対比でそう呼ばれているのだろう。
天使の館と魔王城。
マクシミリアンに手を引かれて、魔王城に入る時、もう一度振り返る。
天使の館の二階の窓で一瞬、何か紅色のものが動いた気がした。目をこらしたが、夕陽を受けて朱くなった東の空の雲が、窓に反射しているだけのようだった。
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