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20:馬鹿って言う奴が馬鹿

狩猟生活五日目(5)

 ヨアン保安官が、小声で呟く。

「変だなぁ。魔道具は、原則エルフにしか作れないはずなんだけれどなぁ」


 ザイオンは反応を返さず、マクシミリアンは目を泳がせている。


「君達は全員、モスタ王国からの亡命者だよね。王国では、魔法は存在しないものとされていたはずだ。三人とも、亡命書類の備考欄に『意に沿わない婚姻が原因で、迫害され、場合によっては命を失う可能性あり』となっているけれど、これは正しい?」


 そういえばマクシミリアンの『駆け落ち』は、噂でしか知らないが、どこかのご令嬢との婚約を目前に控えていた時だと聞いた。


「クロエも……? 無理矢理結婚させられた……?」

 マクシミリアンが、悲しげな目で私を見る後ろで、ザイオンが拳を握りしめている。


「大丈夫。その前に逃げ出して、ここに来たから」

 私がそう言うと、マクシミリアンは安心した様子を見せたが、その頭をザイオンが拳の先で小突いた。


「そういうのは後でいいんだよ。お前はもう喋るな」

 ザイオンは、ヨアン保安官に向き直って言う。

「マクシミリアンは、王国では王位継承者だ。婚姻の問題は継承権や権力に関わっていて、命を狙われる事が日常的にあった。実際に、一度死にかけている。勝手に結婚を決められそうになって、側近を務めていた俺と一緒に、命からがら亡命した、という経緯で間違いはない」


 一度死にかけている。


 という言葉に、私は衝撃を受けた。

 ヨアン保安官も同じだったのか、それ以上の追求はしなかった。


「ところで、発端となった火竜の襲撃についてだが」

 と、獅子団長が切り出す。

「あの混乱の中で、使役魔獣達が何匹か行方知れずになった。我々は火竜の襲撃が、奴隷商人達と繋がっている拉致犯人の陽動作戦だと見ている。レナと奴らの接触がないか監視していたが、残念ながら確認できずに終わった」


「最近食堂にいる使役魔獣達に猩猩が多いのは、拉致を警戒しているからなのですね」

 気になっていた事だったので、発言してしまった。


 もしかして行方知れずになったのは、垂れ耳ウサギちゃんとペルシャ猫ちゃんでは……と続けそうになって、私は自制する。下手な発言をして拉致犯との関連を疑われると、次に牢に入るのは私だ。


「猩猩達は素早くて知能が高いから、他の使役魔獣達よりは自己防衛力が高い。だが彼らも、拉致される可能性はある。最近、大陸の中央で猩猩の村が襲撃され、大勢が連れ去られたばかりだ。他国で、農耕や単純作業をこなす奴隷として売るためだろう」


「モスタ王国は、奴隷売買に関わっていると思うか?」

 ヨアン保安官が尋ねた。

「さあな」

 ザイオンは無表情に答えた。


 ヨアン保安官の視線が、マクシミリアンに向く。

「君はどう? ……マックス?」


「えっ僕?」

 私の方を見つめながら、上の空で聞いていたらしいマクシミリアンは、キメ顔で答えた。

「僕は、とてもお腹がすきました」


「……でしょうね」

 ヨアン保安官はため息を吐く。

「昨日から、何も食べてないって聞いてる」


 彼女は、外に待機している部下に声をかけて、昼食の手配を頼んだ。

「一旦休憩にしましょう」

 緩んだ空気が流れ、私はあまり広くない会議室を見回す。


 人が十人も入ればいっぱいになりそうな狭い部屋で、窓は、扉とは反対側に一つしかない。入って来る光の角度から考えて、昼時を過ぎていた。


 ザイオンは、マクシミリアンを連れて一旦外に出た。トイレ休憩がてら、さっき口を滑らせた件も含めて、小言をたっぷり浴びせかけたようだ。

 ションボリした様子で帰ってきたマクシミリアンは、個別の紙皿に載ったサンドイッチと飲み物が運ばれてくると、もの凄い勢いで食べ始めた。


「……で?」

 と、ザイオンが、自分のサンドイッチを半分マクシミリアンの前に置きながら言う。

「拉致の疑いが晴れないうちは、俺達をここにずっと足止めするつもり?」


 獅子団長は、オーバーリアクション気味に両手を振る。

「いやいや、疑っているという訳じゃないんだ」


「でも」

 と、後を引き継いだのはヨアン保安官だった。

「ザイオン。君の出自に、私達は疑問を持っている。その瞳の色に加えて、魔道具を作る能力がある、ということは、エルフの血を引いているのでは? 公式には、エルフが王国に渡った記録はないので、君の両親について詳しく話を聞きたい」


 ザイオンは、苦い顔をしたまま黙っている。


 出自といえば。

「マクシミリアンは……」

 と、言ってしまってから、しまったと思ったが、私はそのまま疑問をぶつけることにした。

「どうしてザイオンを、兄上と呼んでいたの?」


「それは……僕は小さい頃、なかなか言葉を覚えなくて、母上からお馬鹿と呼ばれていて」

 マクシミリアンが『お馬鹿』と口にした時、ザイオンの口元に嘲笑が浮かんだ。

 手元に消しゴムでもあったら、ぶつけていたところだ。


 マクシミリアンが話を続ける。

「それで、その……いろんな場所に隠れていたら、洗濯の係の人達がこっそりと、父上にもう一人、子どもがいるという話をしていたんだ」


「その調子で一日中、自分の身の上話をするつもりか? 本当に馬鹿だよな、お前」


 ザイオンが、派手な音を立てて椅子を動かしたので、私が投げたグレイの欠片は彼には当たらなかった。私は彼を睨みながらポーチをまさぐって、以前フィールドで拾っておいたグレイの欠片第二弾を取り出す。


「必要最低限の事実だけ言えばいい。詳細は不明だが、王国では秘密裏に奴隷を売買している組織があり、エルフの奴隷を国王がもらい受け、手を付けた。それで生まれたのが俺だ。存在がばれると、奴隷売買の話まで公にしなくてはならないから、俺は城の敷地内にある離宮に幽閉されたまま育った。その後貴族の養子に出され、第一王子の婚約問題をきっかけに、一緒に亡命した。第一王子は馬鹿なので……イテッ」


 私の投げたグレイの欠片第二弾が、ザイオンの側頭部に当たって、テーブルの上に落ち、跳ね返って、獅子団長の手元に落ち着いた。


「……そのまま王国にいたら確実に、第二王子側の勢力に殺されていたはずだ」


「馬鹿って言う奴が馬鹿っていう名言を知らないようね?」

 私はポーチを探って、もう一つ欠片を取り出した。


「王国に探りを入れるよう、王都にある大使館に依頼を出そう」

「そんなに昔から、エルフまで拉致されていたとはね。特にエルフは、魔法を使えるはずだから、黙って奴隷扱いされる事など考えられないな。赤ん坊ならともかく」

「兄上は北の離宮から王城の外に出る秘密の道を知っていたので、僕も一緒に出て、そこで」


「おい」

 ザイオンが手を上げて、言った。

「話したくも無いことを言わせておいて、一番肝心な事を聞かないつもりか? それからマクシミリアン、何度も言うが、兄上とは呼ぶな。俺はあの男を、父親とは認めていない」


 冷たい沈黙が下りるのを待ってから、ザイオンは続ける。

「なぜ、エルフが大人しく奴隷になっていたか、という事だが」

 ザイオンは、竜人がテーブルの上に広げていた筆記用具を奪って、何やら描き始めた。


 それは、いくつかの宝石を繋ぐようにして二重三重に螺旋を描いた輪っかのようだった。


 描き終わったものを、彼はテーブルの中央に投げ出す。

「俺の母親に、子どもの頃から付けられていたという首輪だ。成長すると大きさも変化する。隷属の魔法が込められ、死んでも取れない」

 ザイオンの表情が、微かに歪んだ。


 死んでも取れない。


 という言葉の意味を全員が心の中で咀嚼し終わってから、ヨアン保安官が言った。

「隷属の魔法は違法であり、これは違法な魔道具だ。奴隷商売に関わっているエルフがいるという事だろう」


 首輪の絵を手に取った保安官が、竜人に渡した。

「首都に情報を送っておいてくれ」

 竜人が書類の束を持って、部屋を出ていく。記録係というよりは、秘書のようだ。


「おっと、これは」

 獅子団長が、私の投げたグレイの破片を顔の前に高く掲げる。

「どこで拾ったんだろうか?」


「あー、えっと」

 私は記憶を辿る。

「確か、火竜の襲撃があった辺り、かな? 虫が大量に集っていまして」


「なるほど、ありがとう! 確かめてくるよ」

 サンドイッチを口に押し込むと、獅子団長も部屋を出ていった。

 あれ?

 もしかして重要なものだったりするのかしらん。報奨金って幾らって書いてあったっけ。


「もういいよな」

 ザイオンが立ち上がった。


「話しておかないといけない事は、他にない?」

 保安官の問いかけに、彼は簡素に答える。

「ないな」


「隷属の首輪の実物は、手に入りそうにないか?」

「戦争をしかけて、王都の城を落としてから、離宮にある墓所を掘り返せば手に入る」

「君ねぇ。君の存在が広く知れ渡ったら、あるいはそうなるかも知れないんだよ?」

「そりゃいいな。奴隷商人ごと殲滅すればいい」

「本当はそう思っていないから、今まで黙っていたんじゃないのか?」


 何やら物騒な話をしているが、多分これで解散という事だろう。

 今からなら午後のクエストに二回ほど行けそうだなと、私は窓の外の明るさを見計らいながら、サンドイッチの最後の欠片を平らげた。


「待て待て。交代だって言ったじゃないか」

 立ち上がろうとした時、ザイオンが私の肩に手をかけて、阻止する。

「交代?」


「二十一歳児の世話係だよ。俺と違って、温かく受け入れるんだろう?」

 ザイオンが、落ち込んだ様子で俯いているマクシミリアンの方を、親指でさし示した。


「じゃね~後はよろしく」

 にこやかに手を振りながら、ザイオンは一人で部屋を出て行く。


 振り返ると、置いて行かれたマクシミリアンが、空になったサンドイッチの紙皿を握りしめながら、声もなく、とても悲しげにボロボロと涙を零していた。











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