表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/119

16:風神雷神

狩猟生活五日目(1)

『鏡見て一生泣き暮らせ!』

 そう赤い髪の女は言った。


 今私は、クローゼットを開け放ち、扉裏に設置された姿見の前に立っている。

 新調した黒い革鎧は、ふわふわレース満載のドレスなどよりもよっぽど私に似合う。日々の筋トレで引き締まった私の体の線が際立っていた。


 防具屋の店主によると、革鎧の随所に彫られた文様は、防御と、身体能力強化の魔法術式だという。

 これがあるから、盾を持つ必要はなく、両手を攻撃に使える。

 私は、ベルト部分に固定された左右の二つの鞘から、両手を交差させて短剣を抜くと、鏡に向かって構えた。


 黒ずくめで、短髪黒髪の女が、吊り気味の大きな目をギラつかせ、凶悪な笑みを浮かべている。


「なかなか良い兄弟剣だ。風神、雷神と名付けよう」


 革鎧にコストをかけたので、二つの短剣は安物だった。いずれは、もっと丈夫でユニークな武器を手に入れなくてはならない。

 私は鏡に向かっていろいろなポーズを取ってみた。


 指先の無い黒手袋もなかなか格好いい。手甲も黒で誂え、表面に防御の魔法術式を彫っている。

 残念な事に、拠点の防具屋に眼帯などの小道具は売っていなかったが、とりあえずはほどほどの厨二病感。


 笑みを大きく広げると、頬の傷を覆う瘡蓋が引き攣れた。

「クッ……左頬の傷が、今宵も疼く……」

 疼く、というか、痒い。

 バリバリとひっかいて、瘡蓋を取ってしまいたい衝動を耐える。


「フッハハ、ハハ……」


 反り返って笑いながら、そういえば部屋の入り口の鍵、かけたよな? と急に不安になる。一時使用の宿舎なので、鍵をかけていないと、掃除係の使役魔獣が突然入って来ることがあるのだ。

 今誰かが『話は聞かせてもらった!』とか言いながら入って来たら、私死んじゃう。


 二つの短剣を素早く鞘に仕舞って(練習した)、クローゼット横にある出入り口の前に、跳躍する。

 扉に取り付けてある小さな掛け金式の鍵を目視で確かめると、確かに閉まっていた。


 そういえば、窓もあったな!

 と、背後を振り返る。


 ベッドの足下にあるカーテンは閉まっていた。

 でも、ほんのわずかな隙間から誰かが覗いていたとしたら……?


 ベッドの長辺をなぞるようにして、素早く移動する。

 壁際に張り付いて、カーテンをそっと浮かし、できた隙間から外を覗き見た。


 宿舎を取り囲む低木と、その上にある空が見える。

 一気にカーテンを全開にしたが、人の姿は無い。


(杞憂だったか)


 カーテンを開ける直前、さっと退いて低木の陰に潜み、見つからずに済んだとほっとしている何者かがいるかも知れない、などという妄想に取り付かれて、しばらく外をしつこく眺めていた。


 ジジジジ


 と虫の鳴く音がするので、振り返ったら、ベッドのヘッドボードに置かれている光虫籠が倒れていた。通り過ぎる時にぶつかったらしい。


 カーテンを念入りに閉めてから、光虫籠を立てなおした。

 再び、クローゼットの扉の裏にある姿見を眺める。

 口元を歪めると、黒ずくめの女は、再び凶悪な笑みを見せた。


「……行くぞ、風神、雷神。今日からが、本物の狩猟生活だ」


 せっかく名付けたが、二つの短剣の外観はどちらも全く同じなので、落としたらどちらがどちらか自分でもわからなくなりそうだ。余裕ができたら、飾りを買わなくては。






 朝には、食堂は復旧していた。

 壊れたテーブルの代わりに、山小屋にでもありそうな、やたら重厚な木製テーブルが置かれていた。買ったら数十万しそうなやつ。


 運ぶの、重かっただろうな。

 猩猩達の労働力に感謝を捧げたい。

 今日もまた、配膳は狸型使役魔獣達だった。


 新しい防具と武器に相応しい狩猟を、と意気込んで、『巨大鳥ラピュラオス討伐』という木札を窓口に持って行ったら、拒絶された。


 草食獣シゲラの卵採取クエストを済ませていないと、大型モンスター単体の討伐は受注できない。


 うん、すっかり忘れていました。嫌な事は忘れるようにしているからね。

「小型モンスターの多頭狩りなら行けますよ」

 とアヌビス君(真名は知らない)が言うので、カリオネの二〇羽狩りを受注した。




 カリオネは、鶏の倍ぐらいの大きさの丸みを帯びた胴体と、細長い首と鋭い嘴を持つ黒いモンスターだった。主に死肉を喰らい、森の掃除屋の役割を担っている。


 食堂のメニュー解説にあった通り、二本の足は人間そっくりだ。筋肉が発達していて、逃亡する時にはアスリートのような走りを見せた。


 一匹ずつ追いかけていては、時間がかかって時給が下がるばかりだ。

 両手に短剣を構えて、私は渾身の踏み込みでカリオネの群れに飛び込んだ。


 右手の風神で一匹目の首を薙ぎ、左手の雷神で二匹目の嘴を受け流す。


 嘴で突かれる寸前、横に飛び、剣で突く。

 身体強化の魔法は確かに効いていた。


 常人ではあり得ないジャンプ力、あり得ないスピード。

 双剣を手に、鬼神のように舞いながら、私は虐殺を続けた。


 カリオネは死肉を喰らって生きており、攻撃能力はそれほど高くない。嘴でつつかれたら痛いが、革鎧がダメージを防いでくれた。

 切りつけて、切りつけて、切りつける。


 死肉に頭を突っ込んで喰らうための細長い首は、狩る側にとってはちょうど良い標的となった。一〇分ほどで、二〇羽以上を狩る。初めての小型モンスターの多頭狩りにしては、無難に終えられた方ではないだろうか。


 茂みに隠れていたトカゲ型使役獣達が、ナイフを片手に飛び出してきて、獲物の解体に取りかかる。

 ほどなく、私のIDタグを取り付けたカリオネが、あちこちの木で血抜きのため逆さづりになった。


 トカゲ達の、硬い鱗に覆われた顔が緩みがちで嬉しそうに見えるのは、解体の報酬が一部現物支給だからだろう。どの個体をもらうか、チュッチュッと短い鳴き声を交わしながら見て回っている。


 近くの木に巻き付いている葛の葉を取り、風神と雷神を丁寧に拭いてから鞘に収めると、私は右手を高く掲げて親指を立て、帰還の合図をした。


 近場の止まり木にいた、大型犬ほどもある大きさの鷲型使役魔獣が、翼を広げて飛び上がる。

 革鎧の両肩部分を鷲掴みされ、私はモノみたいにぶら下げられて、空を運ばれていった。


 上位の狩猟民は、小型飛竜の背に乗って狩り場を移動するらしい。草食獣シゲラのように小型飛竜の卵を採取して、使役獣として育てるところから始めるそうだ。


 更にベテランになると、大型の竜を卵から育てるという。小型飛竜も、大型の竜も、卵の採取はかなり困難なクエストのはずだ。一匹が相手でも、爪でひっかけられ、上空に攫われて落とされたら死ぬ。それがシゲラのように、多頭で攻撃してきたら、卵を持ち運ぶどころではないだろう。


(お友達を作らなければ……一緒に卵クエストをこなしてくれるお友達を……)


 足下を、木々の梢が通り過ぎる。低空をゆっくりと進んでいくので、それほど恐怖心はない。身体を撫でていく風も、心地良いくらいだ。そのうち、高度がいきなり落ちて、私はリムの南門の前に落とされた。


 格好良く落ちたかった。

 例えば一回転して、「トウ!」とか言いながらポーズを決めるような余裕を見せたいところだ。


 けれど、門を守る番人達の目前で、「トウ!」ではなく「ズドンッ」な感じで、私は両手を高く広げて両足を踏みしめ、ウンコ座りしていた。

 格好悪いとまでは思わない。


 器械体操の選手が、技の最後に決める態勢のまま、身体を低くした時と同じだ。着地の際膝にかかる負担を軽減するため、総合的に判断した結果である。ちっともおかしな格好なんかじゃない、と自分に言い聞かせた。


「お」と言ったまま、人族の門番の表情が固まった。

「……つかれ様」と、狼顔の獣人族が続けた。


「お疲れ様! 早かったね」

 エルフ族の門番が、自分の指輪に手を置いてから、私の方を指さすような仕草をした。カリオネの虐殺で返り血だらけだった私の身体が、鎧ごと綺麗になった。


 この魔法、画像加工ソフトで、指定した部分に効果フィルター『ノイズ軽減』や『ゴミ除去』をかけるのと同じ仕組みだろうか。


「初回無料だよ。次からは三〇〇プリコ」

 と言ったエルフの頭を、後ろに居た竜人族が無言ではたいた。

「うそうそ、毎回無料です。どうぞお通りください」

 エルフは金色の瞳を面白そうに揺らめかせ、胸に手を当てて恭しくお辞儀する。


「まあ。ご親切に、ありがとうございます」

 私はさっと立ち上がり、令嬢モードに切り替えて、品のある微笑みを浮かべながら急ぎ足で門を通り抜けた。




 まだ午前も早い時間、大通りは人もまばらで、八百屋には誰もいなかった。


 大通りからハブ広場へ入る入り口は、両側に石灯籠が設置されている。

 前世の日本にあったような風流なものではなくて、石柱の上に火袋を置いただけの簡素なものだ。

 左の石灯籠の前に、黒髪の男が立っていた。


 腕を組み、不機嫌そうな顔で、私を睨んでいる。とても目立つ、綺麗な容貌をしていた。

 一瞬、金色の瞳と目が合ったが、そ知らぬ顔をして通り過ぎた。


 知った顔だ、と思った。

 向こうも、私を知っている。


 関わってはいけない。

 アレは私の天敵だと、本能が告げていた。











⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ