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15:汚れた心

狩猟生活四日目(3)

 私はその日の午後早速、地図に従って龍紅玉を探しに行くことにした。


 受付窓口で借りた光虫籠を腰のベルトに結びつけ、角度を調整する。

 餌になる蜜の予備は、ポーチに入れていた。


「蜜が少なくなってくると、光度が落ちるので、早めに補給してくださいね」

 貸し出しを担当してくれた、アヌビス神のような顔をした多分犬型獣人担当者に、丁寧な口調でそう念を押された。

 地下の灯りの無い場所で光虫の蜜が切れたら、真っ暗闇の中に取り残されてしまう。場所によっては、自力で生還するのは難しいだろう。


 だが、部屋の常備灯として用いられているように、一回の補給で一晩は持つので、地図に書かれた情報が正確なら心配は要らないはずだった。

 書き足された地図では、地下水路までは一本道で半時間ほど歩けば良い。採掘にかかる時間と往復で、半日とかからない計算だ。情報が正確なら。

 

 間違っていたら?

 危険な道に誘導されて、二度と帰れなくなる可能性だってある。

 止めるなら今だ。

 それなのに私は、自分を止める事ができないでいた。


『人と同じ事をしていては、人と同じ程度のモノしか手に入れられない』


 その言葉に、なるほどと思ったせいもあるし、善意で教えてくれたのだと、信じたい気持ちもある。

 反面、理性的に、これは罠に違いないと考えていた。


 人目につかない場所へおびき出すための為の罠で、本当は龍紅玉なんて埋まっておらず、辿り着いた途端殺される可能性だってある。


(罠かどうかは、行ってみればわかる)


 命懸けで確かめに行くなんて、馬鹿げていた。

 けれど、自分を止められない理由が、もう一つあった。


 転生して以来初めて、私は、宝探しに行くようなワクワクした気持ちでいたのだ。

 一歩間違えば死ぬかも知れないが、もしかしたら、お宝を手に入れられるかも知れない。


 遊園地のコースターに乗って、上昇している時と同じだ。

 この先、心臓が止まりそうなほどの恐怖が待っているとしても、途中下車なんて考えられない。


 私は、左手中指のリングを撫でた。クエストの受注はしていないから受注リングというわけではないが、受付窓口で、リングも一緒でないと光虫籠や道具は貸せないと言われたのだ。死なずに地上に戻りさえすれば、リングのリセット効力で身体の損傷は戻せる。


 受付窓口から直接、食堂の裏手に回ると、地中から斜めに突き出た円筒のような形のトンネルの入り口がある。

 そこから、地下へと、急な階段が続いていた。冷たい空気が吹き上げてくる中、私は、片側だけピッケルの形状をしたハンマーを、暗器のように手の内に握りしめながら降りていった。


 長い階段を下りると、広い部屋のようになった場所に出る。


 地下避難所も兼ねた洞窟の壁には、等間隔に設置された光源があった。

 外観はランプのようだが、熱はなくて、紅い石が柔らかな光を周囲に投げかけている。


 岩肌は暗く、ゴツゴツしていた。元々ある程度の広さがあった地下洞窟を、人の手でなるべく部屋のように整えて、崩れてこないように樹脂のようなもので固めてある。


 階段を下りてすぐの壁際に、ロッカーに似た用具入れが幾つか置かれていた。

 私の他には誰もおらず、歩くと、足音が反響する。バイオハザード無印版の、寂寥感溢れるBGMが今にも聞こえてきそうだ。


 これがゲームなら、用具入れを全て検めて使えそうなものは奪って行くが、リアルでそんな事をすれば窃盗である。


 避難所から亀裂のように、幾つもの道が延びていた。

 私は、地図と見比べながら、道を選んだ。両手を広げると辛うじて触れない程度の道幅だ。先へ行くとすぐに背後の光源が遠のいて、光虫籠の光が辺りを照らす。


 冷たい風が、道を遡って、奥から吹いてきていた。湿り気があることから、水路に繋がる道だとわかる。

 進むにつれて、壁の手触りが、途中で何度か変わった。すべすべしたり、ざらざらしたりした後で、大きな礫の混じった土壁になる。うっかり、壁に張り付いている小虫やクモに触れて、悲鳴を上げてしまう事もあったが、概ね無事に長い坂を下っていけた。


 地下避難所の光は、振り返ってももう全く見えない。


 次第に道幅が狭くなり、足下も平らではなくなって、道と言うよりは、地中にできた割れ目に近くなっていった。

 前後を暗闇に支配され、孤独感が増してきて、引き返したい衝動に駆られる。


 更に進むと、流れる水の、サァァ、という連続した音が聞こえるようになった。

 空気に、強い水の匂いが混じり始め、気温はますます下がって、肌寒いぐらいだ。


 その先で、地下道は抉り取られるように唐突になくなっていた。

 大きな水路と合流したようだ。


 光虫籠の光が向こう岸に届かなくて、全容は見えないが、かなり大きな地下水の流れが左から右へ走っている。


 抉られた壁の端を掴むようにして、暗い水路に向かって少しだけ頭を突き出す。

 足下は崖になっていて、簡単に転げ落ちそうだ。


 少し下に見える黒い水面に、光虫籠の光が反射して、ゆらゆらと揺れていた。

 流れまで、手を伸ばせば届きそうなほどに近い。深さは全くわからなかった。


 流水の音に混じって、かすかに泣き声のような音が聞こえた気がする。

 息を詰めた。

 子猫の鳴き声のようにも思える何かの音が、確かにもう一度聞こえた。だがそれきりだった。


 数分間、水路に頭を突き出したまま耳を澄ませていたが、不意に、手をかけていた壁が崩れ落ちた。

 ほんの一瞬、バランスを崩して、ぞっとした。


(今後ろから押されたら、水に流されて確実に死ぬ)


 慌てて身体を引く。

 崩れた壁に、赤い礫がいくつも見えていた。

(これか?)

 私は半分ピッケルになったハンマーで崩れた壁を更に砕き、お宝を掘り起こし始めた。


 ガサッ


 背後で響いた音に、さっと身を屈める。

 ハンマーを構えて待ったが、それきり何の気配もない。


 周囲の闇が深過ぎて、じっとしていると、異界に身を置いているような気分になってくる。

 死者の白い顔が、つつっと目前に浮かび出て、こちらをじっと睨んだら、などと余計な妄想が膨らみ始めた。

 黒い水面から、手がゾロゾロと突き出されるシーンを想像してしまう。

 その手が足首を掴んで、深い水底へ引き込もうと……。


 ハンマーを壁に打ち付けて、変な想像を打ち砕く。

 音が反響した。


 しばらく待っても、何の動きもないので、そのまま壁を崩し続けた。

 転がり落ちた、幾つかの紅い礫をポーチに入れて、離脱する。

 帰りは坂道だったが、無我夢中で登った。




「これは一万。こっちは三万。このでかいのは、五万出す」

 竜人族の買い取り業者は、金貨を九枚出してきた。

「運が良かったな、あんた。こんなにでかいのは珍しいぞ。護石用素材の注文は多いから助かる。できたらまた頼むよ」


 ありがとう、五体投地君。

 罠だとか疑ってごめんよ、五体投地君、いや五体投地様。

 買い取り店を出て、暮れなずむ空を仰ぎ見る。


 金髪碧眼の王子然とした五体投地様が、空から、微笑みながら私を見守っているような気がした。

 私の心は、どうしようもなく汚れていた。

 もう人を疑ってかかるのはやめよう。




 龍紅石を売ってすぐに、装備屋と武器屋に寄ると、全ての金貨を使って武器と装備を買い揃えた。これで明日から私は、本格的な狩猟クエストに取りかかる事ができる。


 ハブ広場に入る時、八百屋の前でシゲラに牽かれた荷車を見た。


 マッチョな黒猫型使役魔獣が、ジャガイモの入った木箱を運んでいる。ふわふわ黒毛の子猫型使役魔獣の形をした天使が、真っ赤な苺の入った平たい箱を大事そうに持って、その後をついていく。じっくりと眺めようとしたら、小柄なエルフが視線を遮るように店から出てきた。


「バナナの入荷はありません」

 さっさと行け、とばかりに不機嫌そうな顔で手を振る。

 不審者扱いである。




 受付窓口に借りた装備を返してから、食堂に行くと、使用禁止になっていた。

 昼に何か事件があったらしく、テーブルの幾つかがへしゃげていて、猩猩達が運び出しているところだった。


 厨房と機械類は無事で、テイクアウトならできるというので、サンドイッチとブリトーを頼んだ。注文の列に並んでいる間に小耳に挟んだ噂話によると、食堂を破壊した男が、器物破損と殺人未遂の疑いで捕まったそうだ。

 治安悪いな!











⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

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