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14:過激なキッス

狩猟生活四日目(2)

「地図を少し外れて、かなり下った地下水路手前の崩れた壁からは、龍紅玉と呼ばれる石が採掘できる。これが、この拠点では高値で売れる」

 五体投地君は、私の出した地図の上で、狭い通路の先にある空白を指し示した。

「それなりの硬さがありつつ、魔法術式を書き入れる事ができて、魔道具の素材に最適な鉱石だ。受注リングも、防御結界基も、龍紅玉から作られるんだよ」


 私も家を買いたいです、と、本音半分の余計な相づちを打ったせいで、どうやって効率良く稼ぐかという話になった。五体投地君は、私の持っている地下地図に鉱石採掘場所を書き入れていく。ついでに、地図の裏には、石を売りさばく店の情報を、綺麗な字体で記してくれた。


 親切心からなのか、それとも他に意図があっての事なのか。五体投地君の端正な横顔をじっと見つめてみたが、真剣な表情からは、何も読み取れない。


「安全圏で人と同じ事をしていては、人と同じ程度のモノしか手に入れられないからね。それにリスクと言っても、地図が作られておらず、灯りが無いという程度だから、自分で灯りを持っていき、その場で地図も書き込んで迷わないようにすれば良い事だ」


 前世で言えば、レッドオーシャンとかブルーオーシャンという話に通じるのではないだろうか。貴族は領地の経営にも携わるので、考え方が企業の社長さんに似るのだろう。


「そんな大事な情報を、わたくしに無料で教えてしまってもよろしいのですか?」

 微笑みを浮かべながら、私はそう尋ねた。

 礼儀正しい微笑みが返ってくる。


「大事な情報、というほどのものではないよ。上位ハンターには知られている情報だ。内陸部に行けば龍紅玉の大きな鉱脈があって、上位ハンター達はそちらで採掘する方を選ぶ。一度にたくさん採れて、効率が良いからね」

 五体投地君は、左手の中指にあるリングを見せた。シルバーリングの周囲に、四つの紅い石が嵌め込まれていた。

「これが、龍紅玉から作った護石だ。それぞれに、防御、攻撃、自動回復、致死回避のスキルがある」


 護石についての蘊蓄が始まろうとした時、五体投地君の従者である五臓六腑君がすっと近づいてきて、一礼した。

「もう時間か。すっかり話し込んでしまったな」

 五体投地君は立ち上がると、優雅な所作で、通りすがりの狸型使役魔獣に空のコーヒーカップを渡した。


「それでは、健闘を祈る」

 そう言って去って行く五体投地君に、礼を言って見送りながら、私は地図を畳んで腰回りに巻き付けているポーチに入れた。

 私も、休憩時間を多く取り過ぎてしまった事に気づく。あまり目にしたくない人物が、いつの間にか食堂にいた。


 食堂には出入り口が二つある。

 お食事用コイン販売機の置かれている側が入り口として使われ、暗黙の了解として、もう一つの扉が『出口』として認識されていた。


 その出口側にあるテーブルに、いつの間に来たのか、マクシミリアンと紅ガニ女の姿がある。

 紅ガニ女の姿に重なって、マクシミリアンの様子はよく見えないが、仲良く並んで座って額を寄せ合い、真剣な話し合いをしているようだった。


 人の流れに逆らわずに食堂を出るためには、彼らのすぐうしろを通らなくてはならない。 

 使役魔獣が、空になった私のコップを回収して行ったので、席を占有し続ける訳にもいかず、私はそっと立ち上がる。

(気づかれませんように……)

 静かに、流れるような動きで、移動を開始した。


「そんな言い方、酷いわ」

「お前が悪い。お前しか悪くない」

「さっきからそればっかりね」

「いい加減、離れろよ」


 近づくに連れて聞こえてきた会話によると、紅ガニ女とマクシミリアンは、痴話喧嘩の最中らしい。

 私が彼らのところにさしかかる少し前のタイミングで、人族狩猟民三人が丁度食事を終えて、テーブルから立ち上がった。そのグループの一員のような顔をして、歩調を合わせ、紅ガニ女のそばを通り過ぎようとした時。


 グループに知り合いかがいるかどうか、確かめようとしたのだろう、紅ガニ女が、チラリと視線を上げた。


「うっわ」

 彼女はせせら笑いを浮かべる。相変わらず紅いゴツゴツした鎧を着ていた。

「この前のブスがいる」

 紅ガニ女の前には、ほとんど空になった食器と、デザート皿の上で揺れるプリンがあった。


 急に、私の中に殺意が湧いた。

(私はこの間、生まれて初めて食べるはずだったバナナを踏みにじられたのに、この女はのうのうとプリンを食すのか)


「え、なになに? この雑魚、やる気?」

 私の表情を見て、煽る紅ガニ女。


 先手必勝。

 幼き頃より反復横跳びで鍛えた、この身の軽さを実感せよ!

 彼女が身構えるより先に、私はそのすぐ横に立った。

 左拳を振り上げる。


 周囲の狩猟民達の動きが、止まった。

 制止するような声も聞こえたが、知らん。


 出遅れて、とっさに防御の姿勢を取る紅ガニ女。

 振り下ろした私の拳の下、爆散するプリン。


「は?」


 飛んできたプリンの欠片を顔にくっつけたまま、紅ガニはぽかんと、私を見返していた。

 拳が自分に向かって来ると思っていたようだ。飛び散ったプリンの一部が、赤い鎧にもくっついている。

 これ見よがしに私は、プリンで汚れた左拳をベロンと舐めた。

 後でテーブルの上を掃除しなくてはならない小型使役魔獣達の事を思うと、申し訳無さに心が痛む。


 私は、頬のガーゼを引き剥がし、左拳をそれで拭いて、女の顔に向かって投げつけた。軽過ぎて、バナナの皮のように飛んではいかず、少し手前に落ちたけれど。

「わたくしが食べるはずだった、バナナの仇よ」

 そう言って私はニッコリ笑ったが、頬の傷が引き連れて痛い。


「お前!」

 紅ガニがぱっと立ち上がり、手を振り上げた。

「そっちの頬も抉られたいの?!」


 私が身を引くよりも早く、振り上げられた彼女の左手を、マクシミリアンが後ろから掴んだ。

 そのまま、彼は憤怒の表情で、私の顔を睨んでいる。その顔や髪、それから紅ガニ女とお揃いの黒鎧に、プリンのドロッとした破片が飛び散っていたので、怒るのも仕方が無いのかもしれない。


 でも今はわたくし、素直に謝る気にはとてもなれませんのよ?


 相手は、あの愚かな元婚約者の兄でもある。

 私は、渾身の目力を込めてカッと睨み返した。

 悪役令嬢という、与えられた役割に相応しい大きな目で、つり目気味でもあったから、殺人光線を飛ばすほどでは無いにしても、かなり圧のある眼光である事は自負している。


 睨み合い対決は一瞬で終わった。

(私の勝ちね)

 負けてよほど悔しかったのか、マクシミリアンは盛大に涙ぐんでいる。


 一方で、紅ガニ女は急に攻撃モードを失速させていた。 

「マックス……」

 目を潤ませ、掴まれた左手に右手を重ねた。うっとりと男を見つめている紅ガニ女の様子は、私に向けてくる敵意や荒い言葉からは想像ができないほど殊勝だ。


 ギャップ萌えなのか、マクシミリアン。


 ラブシーンの展開される予兆に、私は急いで彼らの横をすり抜け、食堂から出た。

 無視すれば良かったのに、余計な事をしたな、と反省する。

 ライオン団長とは、泳がせておくという話をしたのに、嘘を吐いたことにはならないだろうか? 逆に、陽動作戦としては良かったのかもしれない、うん、そういう事にしておこう。


 足早に去る私の背後で、感情的な声が響いていた。愛を語り合っているにしては、破壊音や悲鳴まで混じっている。

「やめて! やめてよ!」

「よくも、あんな、……キズを!」


 距離が開いた事もあり、半分泣いているようなマクシミリアンの怒号の最後は、何かを叩き付ける音でよく聞こえなかった。

 あんな……キス?

 なかなか派手なキスをやらかしたようだ。愛情表現も過激なのか。さすがだな、紅ガニ女。











⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

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