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12:なんだかとても眠いんだ

狩猟生活三日目(3)

 広場から見える大通りに、荷車が数台並んでいる様子が見えた。

 各商店に、商品が到着したらしい。リーダーらしい犬型獣人や、使役魔獣達が、荷を下ろしている。


 荷車を牽引しているのは、草食竜シゲラだ。

 三本角の生えた頭の部分は魔獣素材の革で覆われ、巨大なラグビー選手用ヘルメットを被っているように見えた。そこから、荷車の方へ手綱が伸びている。


 耳は小さ過ぎて、どこにあるのかもわからない。目は大きく、斜めに付いていて、少し邪悪な顔つきに見える。

 一台の荷車に一匹ずつ繋げられたシゲラは、大人しく立ったまま、短い尾をゆっくり上下させていた。


 荷車の御者台に当たる場所には、疲れた様子で姿勢を崩しているエルフ族の男の姿がある。

 昨日初めて、エルフが魔法を使うところを見た事を思い出した。モンスターの出没する森を通ってくる間、エルフの防御魔法で荷車を守っていたに違いない。

 ダンジョンはなくて、魔王もいない世界だけれど、魔法はある。ファンタジーらしくて、とても良い。



 私は、八百屋に向かった。

 朝会った小柄なエルフが、相変わらず気だるそうにしていた。


「バナナの入荷はなし」

 と、尋ねる前から宣言された。

「近場の農村から、野菜類が届いただけだから」

 背後に立つ影を感じて振り返ると、荷箱を抱えた小型使役魔獣がいた。


 私の肩ぐらいまでの大きさがある、黒猫型使役魔獣だ。

 可愛いというより、筋骨逞しい。むき出しの肩から腕にかけて、筋肉がたっぷり付いているのが、毛皮越しにも見て取れる。


 左右で半分ずつ模様の違う丈の長いノースリーブを着ている。ブーツも、その模様に合わせて左右で違う。お洒落だ。


 私が搬入の邪魔になっていたようなので、道を空けると、黒猫型使役魔獣は「ニャ」と鳴いて店の中に進み、土間に、キャベツの入った箱を置いた。


 その後ろを、チョコチョコとついていく小さな黒い塊があった。

 キャベツを運んだマッチョ黒猫の、服装まで同じミニチュア版使役魔獣だ。

 私の腰までの高さしかなく、歩くリズムに合わせてふわふわと細い黒毛が動いている。小さな手に、ミニトマトの入った籠を幾つも下げていた。


 モフモフの幼い顔つきに、宝石のような碧眼が無垢に輝く様を見た瞬間、そのあまりの愛らしさに、私の胸は射貫かれた。

「ニ」

 と短く鳴く声の、なんと可愛らしい事。


(撫でたい抱きしめたい抱き上げたいあのふわふわの毛に顔を埋めて吸いたい)


 という犯罪者まがいの欲望を、必死で押しとどめる。


 あの子は猫に似ているが、生物学的には猫じゃない。直立歩行が可能で、手が器用で、物を掴める構造になっていて、この国の法律に守られた子猫型使役魔獣という名の天使だ。決して汚れた大人の手で撫でたり抱いたりしてはいけないのだ。


 私は理性を持つ大人の域に、どうにか止まり続ける。


「ニ」


 籠を誇らしげに掲げて、エルフに手渡しする、天使ちゃんの可愛い仕草に、声が漏れそうになって思わず口を押さえた。

(はうぅぅ)


 籠を店頭に並べながら、ふっと、エルフがこちらを見て嗤う。

 その手が、天使ちゃんの頭を愛おしげに撫でた。


 嫉妬と羨望にまみれながら見ていたら、背の高い金髪碧眼の男が視界の端を掠めて大通りを通りすがった。

 五体投地君と同じ王子様っぽい外見で、金属製の鎧も装飾重視のピカピカしたものだが、全体的に横幅がふっくらした別人だ。


 もしかしたらベリシュテ神聖帝国出身の人かも知れない。また『酒池肉林』とか『臥薪嘗胆』などという名前を聞かされそう。絶対にお知り合いにはなりたくはないな。


 そのふっくら王子様が、ちらっと天使ちゃんを見た。

 去って行く間際のほんの一瞬だった。

 頭の片隅で、何か引っかかるものがあった。


「奥におやつ用意してるよーおいでーこんなところで可愛さを晒していると変態に攫われちゃうよー」

 エルフがニコニコしながら私の視線を遮り、猫型使役魔獣親子を追い立てるように店の奥の扉へ連れていったので、期せずして訪れた私の癒やしタイムは終わってしまった。




 日が暮れて来たので、クエストに行くのは諦めて、食堂で晩ご飯にする。

 その夜は兎型使役魔獣の子も、長毛種の猫型使役魔獣も見かけなくて、寂しさが募った。厨房の窓口で食券を受け取るのは信楽焼型使役魔獣、配膳と掃除は猩猩ばかり。何故だ。


 食事をしている狩猟民にも、見知った顔は一人もおらず、今度こそ声をかけようと思っていたあの狼カップルの二人もいなかった。卵クエストは、クリアできただろうか。


 その日は早めにベッドに入った。


 防災のため、屋内の灯りは炎ではなくて、暗闇で光る性質のある虫を利用している。

 毎日夕方に、掃除係の使役魔獣が光虫籠を置いてくれて、朝出かけた後、ベッドのシーツ替え担当の使役魔獣が引き取っていく。


 人の拳大の、あまり直視はしたくないが、蠅に似た姿のその虫は、止まり木の蜜を吸いながら腹の部分から発光していた。本来なら、この光で雌を引きつけて、交尾するのだろう。


 この灯りの欠点は、虫が身動きすると光源の方向が変わる事と、虫の体調や気分、個体差によって光の強さが変わる事、それから、スイッチがない事だ。

「おやすみ」

 窓のカーテンを閉じて、光虫籠に覆いをすると、部屋が暗くなる。

 覆いが不完全で、微かな光が漏れていた。


 昨日から、気になっている事がある。

 ベッドに仰向けになったまま、両手を上げると、その影が壁に落ちた。


 右手で左の掌を掴み、親指を立てると、犬。

 親指だけを絡めて、両手を広げて、鷲。

 片手だけで、中指と薬指を親指にくっつけて、スタンダードな狐。

 狐の形を崩して握り、人差し指と小指を半分に曲げてみると、猫っぽい。


 それから、ピースサインをして、ちょっと指を曲げ、小刻みに上下させる。兎だ。

 昨夜食堂で動いたように見えた影は、これだったような気がする。




 それにしても卵クエスト、どうしようか。

 私のようなぼっちにはクリアは無理だろうな、とうつらうつらしながら考えた。


 家族も誰もいない。友達もいない。誰かに声をかける勇気もない。

 もっと身体を鍛えて、早く走れるようにすれば、一人でもクリアできるだろうか。

 クリアしたら、大型モンスターをたくさん討伐して、儲けて、大きな家を買おう。


 猫型使役魔獣の執事を雇って、正装させたい。素敵だろうな。

 長毛種の猫型使役魔獣を侍女頭に迎える。二匹が惹かれ合って結婚する、という展開になれば嬉しい。

 天使のような子猫型使役魔獣が生まれたら、いっぱい撫でて、すごく可愛がってあげよう。


 ぼっちのまま、猫型使役魔獣の一家に看取られて死ぬのも、悪くない。家は彼らに遺そう。そうしたら、私も家族の一員だって、ずっと一緒だって思ってくれるかな。そうだったら、幸せだなぁ、凄く。


 わかってる。

 全部私の、妄想。

 疲れてるみたい。

(……なんだかとても眠い、…………天使ちゃん……)






「僕達、友達になろう!」

 と、その子は言った。

 青紫色の瞳が、真っ直ぐ私を見ていた。


「うん」

 あまりにもいきなりで、直球な申し出だったので、考える間もなくそう答えていた。

 男の子が満面の笑みを浮かべた。


 私は 恥ずかしくて、俯く。

 嬉しくて、悲しかった。


 よくわからない。

(私なんかが、友達になれるはずない)


 友達がいて、楽しい。

 誰かと普通に話す事が、こんなに楽しいなんて。


(この子はいつか、私にがっかりして、離れていくだろう)

 楽しければ楽しいだけ、別れの時の事を考えると、悲しくなる。


「初めての友達だ!」

 わーい、わーいとグリコサインのような格好で走りながら踊って、男の子は転けた。

 今度は、痛い、足に穴が開いたと泣いている。


 よく喋るし泣くし笑うので、余計な事を考える暇がない。立ち上がらせて、緑地帯の休憩所にあるベンチまで連れていき、水筒の水をかけて傷を洗ってやる。

 年上のはずなのにちょっとお馬鹿で、明るくて、元気で、優しい子。




 狩猟生活四日目の朝。

 何の夢を見ていたのかは忘れたけれど、温かいような、泣きたいような感情は残っていた。











⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈

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