11:そんなバナナ
狩猟生活三日目(2)
医療センターを出た後は、食堂に向かった。
昼食のピークタイムをやや過ぎていたが、メニューを選ぶ機械にはまだ竜人族、獣人族の十人ほどが列に並んでいた。
小型使役魔獣が食堂を利用しないのは、食性の違いらしい。私達が食べて大丈夫なものでも、たとえばタマネギやトマト、牛乳などは、小型使役魔獣達には毒になるという。これは、彼らの下僕たる者にとっては最重要事項だ。魂に刻んでおかなければならない。
食堂内に十卓ほどあるテーブルは、八割方埋まっている。声が重なって聞き取りにくいが、皆昨夜の火竜襲撃の話をしているようだ。忙しそうに行き来するのは、信楽焼型……いや、狸型小型使役魔獣ばかり。
美少女ビジュアルの兎型と、ペルシャ猫型の子はいない。夜のシフトなんだろうな。
私のすぐ前に並んでいるのは、灰色狼型と白狼型の獣人カップルだった。
落ち込んでいる様子の白狼ちゃんを、灰色狼君が励ましている会話が聞こえてくる。
「大丈夫、次は成功するって、俺に任せろよ」
「でも、私、足も遅いし」
「気にするなって。とことん付き合うよ」
「卵、落としちゃったし」
「カリオネやヒョタカが来て、あっという間に食い尽くしていただろう。地面に落ちた残りは昆虫たちの餌になるし、殻は土に混じって肥料になる。何一つ無駄にはならない、自然の摂理だ」
大型草食竜シゲラの卵を採取するクエストに失敗したようだ。採取した卵から生まれる草食竜シゲラは、子象ほどの大きさまで育って、力持ちで、馬に代わる貴重な家畜となる。カプリシオ大陸では、首都バシンから各拠点を繋ぐ街道で客車や荷車を牽いたり、農耕や建築分野においても活躍する重要な存在だ。
大型草食竜シゲラの卵採取は、大型モンスター討伐前に、必ず一度はクリアしなくてはならないと決められている昇級クエストだった。
「卵を盗った途端、あんなに大人しいシゲラが、一斉に向かって来るなんて」
白狼の耳は垂れ、尻尾は、スカートのような形をした革鎧の下で、しょんぼりと下がっていた。
薄緑色の硬い皮膚を持つシゲラは、頭部に角のような硬い突起が三本ある。草食で、自分から攻撃する凶暴性はないけれど、あの大きさで何匹も迫ってきたら、車に轢かれるぐらいの衝撃は覚悟しなくてはならない。
「私、狩猟民には向いてないのかも……」
「みんな、このクエストには苦労するんだよ。次は作戦を変えよう。途中でスタミナが切れるようだから、囮役を交代制にしてみるといいかも」
灰色狼の尻尾が、元気にブンブン振れていて、楽しそうだ。
いいなぁ、私も混ぜて欲しい。
このクエストは、私もいつかやらなくてはならないのだから。
待てよ? もしやこれは、チャンスではないのか?
ぼっちの私がクエストをやるとして、一人で卵を持って、猛り狂うシゲラ達の一斉攻撃を躱しながら長距離を走って逃げて……うん、無理。卵を落とすか、三本角に跳ね飛ばされて突かれまくって血ダルマになるか、スタミナ切れで卵を置いて逃げる事になりそう。
盾になってシゲラ達から守ってくれるような『お友達』がいなければ、卵クエストを成功させるのは、ほぼ不可能だ。受注時の詳細には明記されていないが、『誰かと一緒に行って協力する』ことが、このクエストの隠れた成功条件なのだろう。
そして今、目の前に卵クエストに失敗したものの、再び挑戦しようとしているカップルがいる!
(あくやくれいじょうが、なかまになりたそうにそちらをみている)
念を送ってみたが、狼カップルは二人とも振り返る事なく、どのメニューにしようかと話し合い始めた。
私は物語の登場人物なのだし、その気になれば少年漫画の主人公のように明るく、「オッス! オラ、悪役令嬢!」とか言いながら仲間を増やしていけるはず。
さあ、今よ!
馬に蹴られても良い勢いで、まずは自己紹介を!
と自分を励ますも、無表情のまま、注文用機械の横にぶら下がった『今日のお薦めランチ』の詳細を見つめ続ける私。
食券を手に、狼カップルはテイクアウト用の窓口へ向かう。私が、厨房窓口にいる信楽焼君に今日のお薦めランチ用食券を渡す頃には、二人はブリトーをそれぞれの手に持ち、食堂を出て行ってしまった。
私にも尻尾があったら、ションボリ垂れていただろう。退化していて良かった。
その午後は、超初級用のクエストを幾つか手際良くこなして、まだ日が高いうちに、今日貯めようと思っていた目標金額に達した。
あと一つぐらい行っておいて、貯金にするかな、と掲示板の前に立つ。
広場に建てられた木製掲示板は、前世のバス停のような簡素な屋根はあるが、風雨に晒されるので、防水用の茶色い塗料が塗られている。
木目の目立つ表面に、等間隔に打ち付けられた釘があった。そこに、クエストの詳細が書かれた木札がかかっている。
薬草やキノコ採取、卵採取、害虫退治等のクエストは常設のため木札は使い回しで、大型モンスター討伐は、出現した時に、その都度出される。
クエストを選んで、木札を受付窓口に持って行くが、一人でクリアが難しい場合は、複数人で受注する事もできた。
報酬は基本的には等分だ。下位の大型モンスター討伐の報酬は、だいたい三千プリコ、上位ならその倍は稼げる。
上位モンスターを一撃で倒せるようになったら、時給は万単位じゃなかろうか。
そんな高給取りになれたら、小さな家を買って、猫型の使役魔獣を一人雇って、傅きたいな!
掲示板前で皮算用していると、人の気配が近づいてきて、隣に並んだ。
頭一つ分高いところから、恥じらう乙女のような表情で見つめてくるのは、昨日話しかけてきた銀髪の男、マクシミリアンだった。
なんでそんなに顔を赤らめているんだろうと不思議に思ったが、そういえば成人男子が泣き顔を晒したのだから、恥ずかしいのも当然か。
こうして並んで立つと、マクシミリアンって背が高いなと、実感する。筋肉質の体で、腕も肩もがっしりしている。顔もいいし、男女関係なくモテるのもわかるよ。
今日は黒マントはなくて、黒い甲殻系の鎧だけだった。突起はかなり削られて尖ってはいないが、あれだ、紅ガニ女の鎧の色違いだっていうクンシマッカチン鎧。
前世では、お揃いのTシャツをカップルで着るリア獣、いやリア充いたっけ。
同じノリでの、お揃いの鎧って何なの?
命懸けで上位モンスターを狩る理由が『お揃いの鎧を着たい』っていう馬鹿ップルリア充、ちょっと理解できませんわ、わたくし。
わたくしには恋人どころか、一緒に卵クエストに行ってくれる『お友達』の一人もいませんのに。鎧ごと爆発しろ!
黒い瘴気が、私の醜い心からシューシュー出始めた。
「やあ……久しぶり」
おずおずとようやく話しかけてきたマクシミリアンの言葉が、それだった。
いや、昨日会ったばかりですが、と、私は黙ったまま見返す。
「どうしたの、それ? ……昨日は無かったよね?」
マクシミリアンが、私の頬に貼られたガーゼを指さす。
誰のせいだと思ってやがる。
と言いそうになるのをこらえて、私は悪役令嬢モードを維持する。
「話しかけないでいただけますか?」
冷ややかな口調でそう言うと、彼は目を瞠った。キョトンとしたような表情が、子どもっぽい。
「……えっ」
「昨日はあれから酷い目に遭いました。貴方が話しかけてきたせいで、わたくしはバナナを失ったのです」
「バナナ」
呆然とした様子で、マクシミリアンはそれだけ口にした。そんなバナナとでも言いそう。
「母国に居る時には、第一王子マクシミリアン様の恋人は男性だとお聞きしていたのですが、女性の恋人もいらっしゃるのですね」
目に見えない瘴気を口から吐きながら、私がそう詰ると、マクシミリアンは、バナナの口のまま動かなくなった。
「わたくし、人様の恋路に口を挟むほど暇ではございませんの。でも、貴方のあの赤い恋人の凶暴さ、嫉妬深さは、尋常ではございませんわね」
バナナの最期の姿を思い出して、私の声は怒りで震える。
「……あの、僕は」
「お話しにならないで。さっき、話しかけないでと、お願いしましたわ。わたくしもう二度と、あなた方の痴話げんかに、巻き込まれたくないのです」
実は私は諦めきれずに、今朝早く食堂の厨房にまで乗り込んで、余ったバナナがないか確認したのだ。バナナは一つも残っておらず、しばらくは提供される予定もないそうだ。八百屋にもなくて、当分私は、バナナを食べる事ができない。
この男と、あの紅ガニのせいで。
不覚にも滲みかけた涙をなんとかやり過ごし、私はできるだけ悪役令嬢らしい威厳を保った足取りで、掲示板の前を離れる。
しばらく歩いてから、振り返ると、マクシミリアン元王子は掲示板の前にヤンキー座りして項垂れ、両手で頭を抱えるようにして、自分の髪の毛を引っ張っていた。
かみはだいじに。
年取った時に後悔するよ。
そういえば、今度会った時はもう少し優しくしようと思ってたんだっけ、と思い出す。悪いのはあの凶暴な紅ガニなのに、八つ当たりしちゃった。
罪悪感がチクチクと胸に刺さった。
⋈ ・・・・・・ ⋈ ・・・・・・ ⋈